23.反抗期に反抗
「ちょ、華凜……どうしたんだよ……?」
下校時、一緒に帰っていたアズマは周囲の意見を代表するかのようにそう言った。これまでのどこか幼げな雰囲気はいきなり冷たい物に変えられ、目つきも冷たくなった華凜は一言答える。
「この中で長女として、自覚したから……」
「……まぁ、確かに長女だけど……んー……こう来られるとムカつくな……神時歳の成長が遅れたら本当に僕が年下みたいになる……ちょっと訓練室に精神修行しに行こうかな……」
華凜の変わりようにアズマは兄としての危機感を覚えてすぐに行動に移すことにした。ザギニは華凜の様子の変化に付いて日香理に尋ねる。
「華凜ちゃんどうしたの……?」
「分かんないです……母様たちが、結界張って守ってくれてた間に何かあったと思うんですが……」
そんな姉たちの同行を見つつ末っ子兄弟は今村が間に合わなかったか……と華凜を見ながら思った。
そんな一行を見守りつつ芽衣とキバは子どもたちを連れて屋敷に戻る。
「……華凜、ちょっと話があるから来い。」
屋敷に着いてから今村は華凜の状態の変化についてあまりにも急すぎるので問題視し、話をすることにした。
周囲の子どもたちも、母親たちも華凜の変わり様は目にしたので何も言わずに今村は別室で華凜と二人きりになる。
「えへー……華凜、頑張った……」
瞬間、華凜は空気が抜けたかのように表情を柔らかくし、ソファに座った今村に飛びついて押し倒し、強く抱きしめて来る。
「……?」
今村は華凜の変化に次ぐ変化によく分かっていない顔をして術を掛けて内面を見ようか考えるまで少し困った。
だが、華凜の方から自分の努力に付いての説明があり、褒めてほしいと言う視線を全面的に押し出しているのを見て今村は理解した。
(……公的に、ってことだけ切り出してんのか……)
「父しゃま~……」
我慢した分、いつもより楽しいらしく若干退行しているようにも見えかねない様子の華凜を見て今村は困る。
(……神時歳が上がったから若干体つきに変化は出てる……が、内面は幼くなってないか……?)
そんなことを考え、華凜の成すがままに頭を撫でつつ華凜の身の回りの大人たちを想起すると仕方ない気がしてきた。
(……あいつらが手本だ……その中でもフィトが母親ともなるとこうなるか……そりゃそうか……取り敢えずどうしよっかなぁ……)
「はぁ……堪能……学校とかなくなればいいのに……ずっとこーして寝て」
華凜がご満悦の状態でノックが鳴り、すぐに華凜は上体を起こして別のソファに座り直した。そこに祓の声がする。
「あの、お茶を……」
「あぁ。」
この部屋で二人きりになるまでの表情に戻っている華凜を見て今村はそういうことか……と納得しつつ祓がお茶を置いて行くのを待った。
その間、華凜は気にしていない風を装いつつも今村が割と真面目に氣を辿ると恐ろしい程の敵愾心を祓に向けていることが分かった。
祓が退出すると華凜は再び甘えモードに戻る。
「はぁ~……邪魔だったぁ~……」
喉を鳴らさんばかりに甘える華凜に今村は何と言ったらいい物か考えて取り敢えず口を開いた。
「そんなに急に態度を変えなくても自然と……そうだな……しばらくすれば反抗期になって距離感とか勝手に分かって離れると思うから、そんなことしなくてもいいぞ?」
「反抗期?華凜はそれに徹底反抗したい!……あ、でも母様たちには反抗期するかもしんない。父様盗るし。」
「……俺は別に誰の物でもないんだが……」
困る今村。ある程度は子どもの戯言と思いつつ接しているのだが、華凜にはそれだけでは済まないような雰囲気が漂っているのだ。
一言で言えば、地雷臭。
しかし、まだ子ども、ましてや自分の子どもなのでそういうことは言えない。仮にそうだったとしても親として自分で教育しなければダメなのだ。
(……さて、どうやって説明したものか……俺の直観が間違いだといいんだけどな~まだ子どもだし、悪いことをしてるわけじゃないからな……取り敢えず保留と言うことで。)
今村は今どうこうする問題ではないとしてこの件を先送りすることに決めた。
「まぁ、華凜は今から反抗期だから大丈夫。生れて来る時に立派な第一次反抗期だったし、もう少し神時歳が上がれば第二次反抗期になるさ。」
「あれは、ごめんなさい……何か、声がして華凜は騙されたの……でも、もう騙されないから大丈夫!反抗期に徹底反抗し隊を結成して全力で」
室内の観葉植物に外部からの力の気配を感じ取った華凜はすぐに言葉を止めてしばし考える。
「……お父様。お母様を呼んでもらえますか?直接お話をした方がいいと思うので。」
「難儀やなぁ……ま、いいだろ。フィト、来な。」
観葉植物にそう声をかけるとそこからフィトが現れる。華凜はそれを見届けるとその他の全ての力をこの場から排除した。
「華凜~?」
「なーに?……説明するから父様の膝から退いて?そこは華凜でもあんまり座れない特等席なんだから。」
フィトは華凜の外の様子との違いに首を傾げながら今村とソファの間に無理矢理入り込んで今村の膝の上に移動した華凜と顔を合わせる。
「……真面目に話をする気あんのか?」
「母様ー真面目な話するからせめて父様の肩に乗ってよー」
「え~こっちの~方が~いいのに~」
「普通に座れや。」
今村に言われて仕方ないと言った風にフィトは退いて華凜の隣に座る。それを見て今村は少し顎に手を当てて考える素振りを見せた。
「ど~したの~?」
「……いや、とうとう華凜に背とか抜かれたなお前……」
今村の何気ない一言に華凜が目を光らせて勢いよく立ち上がった。
「母様立って!」
「は~い~」
「浮くの禁止!……父様、どうかな?」
「……ちょっと待ってろ?……華凜のが大きいか……」
「勝った!」
勝利してご満悦で見下してくる華凜にフィトは視線を少し下げて心なしか小馬鹿にするように笑った。
「でも~おっぱい~ないね~?」
「にゃっ!?…………せ、成長期、まだだし……!」
大きく背伸びするかのようにしていた体を折り曲げて胸を押さえるようにして下がる華凜。そんな二人を見て今村は呆れたような顔をする。
「何アホなことやってんだ……そんな事より華凜は……」
「そんなことじゃないよ?父様がお風呂の時に揉んでくれなかったから華凜は母様に負けたんだから……」
「世の中にそんなイカレた父親はいねぇよ……あ、ちょっと待て……少し訂正しておく。あんまりいねぇよ。」
負の世界のことなどを思い出して訂正する今村に華凜は声を大にして言った。
「少数派に大きな声を!マイノリティの声にも耳を傾けよう!」
「お前はいつから市民団体になったんだ……いいから、公私のことで心配かけてるんだから、その説明。」
「はーい。全部華凜が父様のこと好きでなったの。」
「……おい。」
華凜の雑な説明に今村は頭を押さえてそうとだけ言った。どんな顔してこんなこと聞かされるんだこいつ……とばかりにフィトの方を見ると彼女は天使を超越した美貌で微笑んでいた。
「じゃ~しょ~がないね~」
「通じてねぇだろ……」
「クーデレが~好きって~ことだよね~?」
「案の定全然伝わってねぇ……こいつが学校で俺と結婚するとか公言してるからそういうのは止めなさいって言ったら、周囲に人がいる場では我慢する代わりに家では甘えさせるってことだ。一応内緒にしてやれ。」
「は~い~」
取り敢えず今回の件はこれまでと言うことにして華凜とフィトにしばらくくっつかれてからお開きとなった。




