20.平日の夜
「私たちの~勝ちだよね~?」
「いや、割ったらお前らの勝ちだが最後の攻撃は通らなかったから俺の勝ちになるだろ。『契制約書』だって効果を示してない。」
「でも皹は入ったわよ?一日はダメとしても半日デートくらいの権利はあるはずだわ……!」
「負けは負けだろ。俺の勝ちだから俺は自由。」
「くぅ~ん……」
最後の方で初手で戦闘不能になったはずのフィトの奇襲により不意を打たれた今村がフォンと相討ちに近い形で戦闘を終え、その協議で揉めながら帰ってくると既に帰宅していたらしい華凜が突撃して来た。
「父様!華凜、悔しいの!」
「そうか……流石に今はキツい……後、折角の制服が血塗れになるから離れた方がいいぞ……溶けるし。」
「にぎゃああぁぁっ!父様ぁ!?にゃ、な、何を……?」
「戦闘。」
今村が何気にボロボロであることを認識して華凜は背後からきゅうりを忍び込まされた猫のように跳ね上がった。
それとほぼ同時に誰かが来る気配がして今村は怪我状態を視られたら面倒だとすぐに体の表面とローブの状態を治す。
「あ、お帰りなさいませ……食事にしますね?」
「……まぁ、うん。」
何故祓が自宅にいて食事の準備までしているのかはもう一々突っ込まないことにして今村がそう言うと祓はフィトの方を見て言った。
「薬膳料理にしないと……フィトさん霊薬草をお願いします。」
「……ちょっと~無理かな~?」
祓が何故と訊くより前にフィトは眠りに就いた。それを見て術を掛ける余裕もなく地面に落ちそうになったフィトを抱えたフォンが肩を竦めて呟く。
「まぁ、相当頑張ったから……仕方ないわ。私も食欲ないし……」
「私も眠いから寝る……おやすみのキスして「嫌だ。」……きゅーん……」
フォンと安善も相当疲れているらしく月美を呼んで開いている部屋を借りることにして消えて行った。
「……戦ってすぐ食わんと力にならんのにな。無理にでも食わねば。」
滅ぼした世界が再融合した際に生まれた放出エネルギーも無理矢理呑み込んだ今村はそう言ってるぅねに霊薬草を持って来させてソファに横になった。
その開いている空間に華凜とザギニが座り、日香理や優也、龍一などが集まってアズマもやって来る。
「……で、華凜は何が悔しかったんだ?」
「ムカつく奴に負けたの……初めての授業で、何か前回の確認テストがあったんだけど……そいつ満点取って、華凜一問間違えた……」
「へぇ、テスト。」
日香理も同じクラスだったよな?と視線を向けると日香理は俯いて自分の点数を言った。
「……82点でした……うぅ……ごめんなさい……」
「いや、それまでの授業をそこで受けてなかったのにいい点数だろ。よくやれてると思うよ?それでも納得いかないなら次、頑張れ。」
別に悪い点数じゃないと宥める今村。優也と龍一はクラスの教員が明日テストと言っていたことを思い出して日香理から内容を少し教えてもらうことにした。
「アズマたちはどうだった?」
「……何か、ファンクラブが出来たみたい……アズ兄ぃの。」
「……正直、邪魔いんだけどアレ……まぁ、テスト勉強の時に役に立ちそうだからいいけど……」
アズマの疲れたような溜息に今村は何となく調理場に立っている祓や今日は何故かいるヴァルゴ、マキア。それに月美と百合の親子と次々に材料を持って来るるぅねを見て溜息をつき、アズマに生暖かい視線を向けた。
「……成程、嫌な遺伝だ……」
その視線を追ってアズマはげんなりしたように呟く。そして誰にも聞こえないように続けた。
「ズルいなぁ……この人は可愛い人とか美女ばっかりで……何で僕のところには微妙なのばっかり集まって……」
聞く気がないので聞こえていない今村はアズマににっこり笑って告げる。
「ザマァみろ……」
「?どうかしたんですか?」
料理が出来上がったらしくエプロンドレスを身に纏った祓が術を使いながら料理を運んでくる。それを見てアズマは全っ然同じ苦しみじゃない……と呟きつつも自分の位置に移動して席に着いた。
「ザギニ、華凜ちょっと退いてくれ。」
「はーい。」
今村も上体を起こしてソファに座り直し、両脇に素早く華凜とザギニが腰かけるとその更に隣に4人ずつ程度並んで座る。
「……2人までにしろって……狭いだろ。」
ぎちぎちに詰め、手掛けに座ってでもその場を確保しようとする面々に呆れたように今村はそう言って退かす。
「……今日は最強組がいないからチャンスと思ったのに……」
「う~席を取れた皆さんには貸しがないですか~……」
「皆さん食事が出ているので埃を立てないでくださいね?」
席を確保している百合がにっこり笑ってそう告げる間に席は全部埋まり、椅子取りゲームに負けた祓たちが席に着いて行く。
「じゃあいただきましょうか……」
食事が開始するとまず女性陣たちの視線は今村に集まり今村はそれを嫌そうに受けながら食べたい物から食べて行く。子どもたちは大皿に乗った料理を勝手に取って行くが、女性陣たちは今村が取った料理を順に取って行く。
(……寒々しい……)
今村が別の料理に手を出せばその料理を作った誰かの緊張が生まれる。それが嫌で基本的に食事は一人でしたいのだが、今回はそんな気力もないので一応批評や褒めたりしてから料理の話題を避けて食べ続ける。
「そう言えば華凜は編入初日からムカつく奴がいるって聞いたが……何でムカつくんだ?」
「華凜のことファザコンキモいって言って来るの。物理的に黙らせようとしたけど硬くてあんまり効かなくて……近付いたら顔真っ赤にして逃げるし……」
華凜の最後の一文を聞いて今村の表情は変わった。邪悪な笑みが一瞬だけ顔を染めるが思い止まってわくわくしながら尋ねる。
「そうかそうか……ふふっ……」
「学校内での殺傷は出来るだけ禁止らしいけど……ムカつくの。」
今村の様子が変わったことにも気付かずに華凜はフォークで肉の塊を突き刺して文句を言い、今村は何があったのかの好奇心を掻き立てられた。
「自分に身の危険もないのに殺したらダメだからなー?華凜は良い子だから出来るだろ?」
そう言って今村は華凜の頭に手を当てて撫でると見せかけて巧妙に術式を行使し、何があったのかを見た。そして内心で忍び笑いする。
(中々、宝岩族としても美形だな……あの種族は相手に合わせて外見を変化させるが……同族以外じゃ初恋なのかな?まぁ相手が初恋にしても華凜には流石にまだ早すぎるか。現段階じゃ一応止めておくが……後の対応次第じゃ……)
微笑ましいと言う感じで今村はそれを見てから周囲のじとりとした目線に気付いて何事もなかったかのように居住まいを正した。
そんな今村の様子を受けて華凜の隣に座っている月美が華凜に注意を促すが、華凜は良く意味が分からないとばかりに首を傾げただけだ。
「おい、何に気を付けさせるんだ?」
「いえ……」
今村に注意されて月美は華凜から離れる。この日はそのまま特に何も起こることもなく更けて行った。




