9.真面目にやれ
「…おかしい。」
一夜城を作り上げた翌日。ローゼンリッターの動きが急に活発になっている情報が各地から入った。今までの指揮官からは考えられない速さで軍備が進み、各地の貴族たちが結託して攻め込む用意をしているのだ。地方貴族の総合軍は5万。革命軍全体の5倍で、今度は彼らの方にも能力者がいる。
「…う~ん…5倍か…何とかならんレベルじゃないが…こんだけ早い動きだとなぁ万が一の保険は入れておきたいよなぁ…草を戻すか…?首都の動きは大事だけど遠くを気にして近くにやられたら話になんねぇし…」
今村は一夜城の自室に当てられた部分で頭をガシガシ掻いて呪具でどこかに連絡を入れる。そして溜息をついた。
「な~んか変なんだよな~…おれの予想と違う気が…まぁ最初から予想外の事ばっかりだったが…まぁ全部想定内ってわけにはいかんよね。」
「先生…お茶が入りました。」
背もたれに体重を投げて今村が天井を仰いでいると祓がお茶とお茶菓子を持って部屋に入って来た。
「…ん。ありがと。」
「どうなされたんですか?」
祓は今村の方に寄って来て机の上にある地図を眺めた。今村は気分転換に祓に説明を開始した。
「えーと、もういいや。『起動』」
今村が何かを諦めて地図に呪力を流しんだ。すると地図に描いてあるものが立体化してその周辺に数字とグラフが浮かび上がった。
「さて、現在ロリどもがここ目掛けて5万で進行中です。」
「5万…!?え…こっちには1万人しかいないと…」
「治安とか防備とか考えたり斥候の事も考えると実質7千人だ。」
「7千対5万…」
祓は今村の話したことを自分の中で整理しようと努める。
「…勝てるんですか…?」
「ん?あぁまぁ…ただ、どう勝つかが問題なんだよなぁ…薙ぎ払え!ってのが一番簡単なんだが…まぁ戦後処理のことを考えるとそうもいかんし…」
「?何かあるんですか?」
「そりゃ勿論。戦争に駆り出されてるのは若い男たちだぞ?それを全滅させれば人口はもちろん労働力も減少。…あ、まぁその他にもいろいろあるんだが説明してたら侵略される。今回は省略する。帰ってから教えるよ。」
「はい。」
帰ってからも一緒と言うことを暗示させる今村の言葉に祓は自然と安堵する。今村の方は侵略と省略が何か韻踏んでるなとかどうでもいいことを思っていてそんな祓の様子に気付かない。
「あ、話が逸れすぎた。で、問題としてこちらの兵が本当に戦闘できるのかが…ね…」
今村は砂糖菓子に羊羹を追加して緑茶を啜った。祓はそんな今村の様子に疑問を持つ。
「今までは普通に戦えてたじゃないですか…?」
そんな祓の問いに今村は苦笑いをしつつ羊羹を術で切って爪楊枝で刺して食べた。
「…違うんだよ。今回は今までの雑魚馬鹿と違って結構死ぬだろうしな。…知り合いが死んでからが本当に戦えるかどうかなんだよ。…まぁ大丈夫なように鍛えたつもりだが…」
「先生なら大丈夫じゃないんですか…?」
「…はっ。まぁねぇ…」
今村は歪んだ笑みを浮かべた後しばらく当たり障りのない話題をしながらお茶と茶菓子を堪能した。
「ご馳走様。」
「あ、はい。」
祓はそれらの食器を片づけて部屋を出て行った。今村はその姿が見えなくなって呟いた。
「俺だからってねぇ…俺を何だと思ってるのか…」
その濁った目はどこか遠いところを見ていた。
「今村様。ただ今戻りました。」
「おう。ご苦労。」
翌日、一睡もしていない今村の下に二人の赤髪の美青年が音もなく現れた。
「…首尾は?」
「その…現在攻めてきている貴族連合軍なんですが…」
今村の問いに長い赤髪の男が言い辛そうに報告を入れた。今村の顔が険しくなる。
「…どうした?」
「あ奴ら…愚かにも程があると思うのですが…仲間割れを起こしながら進攻しております…」
「はぁ!?…馬鹿なの?死ぬの?」
今村の顔は驚愕に染まった。短めの赤髪の男が引き継いで報告をする。
「いえ…予想外の速度とのことでしたので…流言をして…少し混乱して足止めを…と思っておりましたが…まさか1時間足らずで殺し合いにまで発展するとは…」
「…こりゃ圧勝だな…心配して損した。…まぁ何かに気付いての行動かもしれないからあんまり過信はしないが…マジかー…」
昨日の感傷をどうしようかと思う今村。そこに忍び装束を着た人物が現れた。
「…第一防衛ラインにそろそろ到達しそうです。」
「…速度だけは一丁前だな。あ~まぁせっかく作った農地を荒らされるのもアレだし出陣。…なるべく城の有力者に気付かれないよう隠密に指示を出せ。」
「はっ。」
忍び装束の人物はスーッっと音を出して次第に消えて行った。
「さて、お前らも出陣準備を。」
「「はっ!」」
全員音もなくこの場から消えた。
「…真面目な話さ…俺もう帰っていい?」
今村は出陣して小高い丘から遠視を行い敵の陣容を確認すると肩を落とした。
「マジで真面目にやれよ馬鹿ども…まぁそしたら俺らがやばいからいいんだけどさぁ…」
ローゼンリッターの軍は縦に長い列を作って騎馬、歩兵、工作兵の順番で行軍スピードが速い順で来ており、そしてその間はバラバラだった。
更に今村の下に黒装束の人間が運んできた情報を見て今村は溜息をつく。
「…なるほど、行軍スピード順で来たと思っていたが違ったみたいだな。それぞれの貴族順か。因みに騎馬兵主体の貴族は得意満面で歩兵主体の貴族に空を飛ぶ能力者を使って自慢の文を送ってる…と。馬鹿にも程があるだろ…」
(何と言う無駄遣いをするんだ?空を飛ぶ能力者がいるのなら偵察に出せよ馬鹿…まぁ来たら来たで生きて戻すことはないだろうが…まぁいい。とりあえず馬殺杭を打たせるか。)
「おい。なだらかな丘の所に馬殺杭準備。そして弓の殺傷範囲に土嚢を。で、向こうから見えない高めの丘陵地の裏側に穴掘って伏兵準備。ついでに伏兵と逆の平野に遠隔式爆弾を誘爆しない距離で横一列にセット。」
「「「はっ!」」」
今回編成した3つの軍の部隊長が速攻で伝令をして作戦を実行する。そしてそれが完了した。
「じゃあ、どれぐらい隠れれそう?」
「弓の扱える幅となりますと1000が適当かと…」
「じゃあそこはアルテミス部隊と破砕部隊ね。敵が混乱したら丘に登ってアルテミスは人に射掛けろ。破砕部隊は馬をなるべく後続にぶつけるように戦え。そんでもって残りは俺に付いて来い。」
そして今村は馬殺杭の真正面にある土嚢の前に整列した。
「さてさて…どう出てくれるかな?」
今村は敵兵を待った。
待つこと十分。敵兵の先鋒隊が見えてきた。今村はそれを見てちょっとだけ別のことを考えた。
(…普通いきなり戦闘しかけてくる馬鹿はいないと思うが…まぁこいつらはアホだから来ると踏んでるんだよなぁ~)
そして今村の考え通り先鋒隊は馬に乗った状態で武器を構え突撃して来た。そして…
「なっ!どうし…うぐっ!」
「急に落がはっ!」
馬の脚が胴体から切り離され次々とローゼンリッターは落馬。その直後体がぶつ切りになる。そして後続は勢いが止まらず前の馬を踏み、馬が暴れたりそれによってさらに混乱が拡大していく。
「…伏兵を。」
「はっ!」
今村の指示で丘陵地に伏せていた兵の斉射が始まる。それで更に混乱が深まるローゼンリッター。
今村としては予想をはるかに下回る指揮能力で逆に困っていた。
(…もう少し突破できると思ってたんだが…これじゃ届かん。だからと言って土嚢なしで歩兵が騎兵に勝てるとは思わないし…)
回り道すらしないローゼンリッターを土嚢の前でじっと待つ本軍。回り道をすればそちらに行き、轟音に驚き混乱する馬ごと射殺すつもりだ。だがその機会は訪れなかった。
「た…退却ー!退却じゃーフギョッ!」
敵軍の先鋒隊が大混乱に陥って、中軍がそれに巻き込まれないように急に止まることで後軍にぶつかり混乱に陥っているところで騒いでいた男がアルテミスの矢で撃ち抜かれたのを見て混乱していなかった辺りまでが狼狽え始めた。
今村は上空から見ていた烏の目でそれを確認すると隣で主要貴族の氣を感知していた長い赤髪の青年に訊く。
「あれ…今もしかして…」
「騎馬軍団を統括しておりました貴族…」
青年がどこか嬉しそうに、しかし表面上は冷静に報告を入れようとする。
「あー名前はいい。覚えられんから。やっぱあれか。」
そして総大将が殺られたことが全軍に知れ渡るとローゼンリッターは勝手に瓦解した。今村は追撃する気にもならなかった。
ここまでありがとうございます!
今回使用した「馬殺杭」は杭の間にワイヤーブレード(今村特製、血を弾く)を張り巡らせたものです。




