9.越境
「呼んだ~?」
「呼んだ。」
突如出現したフィトに対して今村は普通にそう答えつつ同時に現れ、飛びついて来た華凜を抱え上げる。
「あ~い~な~……私も~」
「お前はダメだ。きちんと自分で動け。」
「ケチ~……」
そういいつつ抱き着いて来るフィトを軽くローブで抱き締めてから今村は手の中にいる華凜とフィトを見比べる。
(神時歳で5歳の華凜とフィトの大きさがあんまり変わらん……まぁまだ結構差はあるが……フィト小さっ……)
一応何億年単位で生きているであろうフィトのことを見下ろしつつ今村はそう思った。
「で~このまま~いちゃいちゃしてて~いいの~?わ~い~」
「……お母様……よーちえんの見学です……」
精神面では華凜の方が年長なのではないかと思い直しつつ今村は華凜の言葉に頷いた。
「サイフォンは何かイヴが異世界に修行の旅に連れて行ってるし、何か教育の方向性が違うから今は何にもできないが……この世界にいて、ある程度方向性が同じなら幼稚園に入れた方がいいと思ってな。」
「私は~旦那様に~ぜ~んぶ~さんせだよ~?あ~でも~ちょこっと~色々することもね~あるよ~」
「……まぁ母親だからやることはやって貰いたいが……」
そう言いつつ今村はこれから向かう幼稚園の位置情報を術式に入れて華凜を飛ばしながらそう言った。そしてこの世界の時を一時的に止めるとわざと止めていないフィトに真顔で話をする。
「ど~したの~?」
急に真顔になった今村にフィトは可愛らしく首を傾げて不思議そうに問いかけるが今村は息を吐いて逆に問い返した。
「お前、華凜を作るための試練を越えてからかなり強くなって来てるが……ここから先はやめろ。」
「え~?何で~?」
「そのレベルから先は、まともな奴の領域じゃない。お前が何も考えずに来れた領域とは別だ。明確な意思と、覚悟がないなら……簡単に至極簡単に世界の敵として消されることになる。今、お前がいる領域で止まれば、まだ間に合う。」
今村の言葉を聞いてフィトは頷き、続きを求める顔をする。今村は一応言いたいことは言ったのだが、まだ続きを求められているということもあって続けてみた。
「……お前は強くなった。それ以上こちら側に来るな。こっちは魔境、狂った化物と存在がおかしな者たちの「ね~長い~」……言ってた意味分かったなら頷いてくれ。それで終わり。」
「え~?終わり~?」
フィトは今村の言葉を聞いて先程とは逆の方向に首を傾けてそう尋ねて来た。フィトが言った通りなので今村は頷くが、フィトはゆらゆらと再び首を逆方向に傾げた。
「私が~強くなると~あなたに~迷惑かかるって~話じゃ~ないの~?」
「いや、お前が危なくなる……」
「じゃ~い~や~頑張って~強くなる~」
呑気にそう返してきたフィトに今村は眉を顰めて話の内容が分かっていなかったなこいつ……とばかりに溜息をつき、今であれば原神たちへの情報統制もかなり薄くなっているだろうと判断して危険度の説明をした。
「うん~……でも~、あなたには~迷惑~かけないよね~?私~あなたにね~近付きたいからね~頑張るよ~?」
「……そんなノリで入ってくる領域じゃねぇってさっきから言ってるだろ……」
「どうしたの?」
今村に寄り周囲の時が止まっていたことに気付いたフォンがこの場に現れて今村とフィトを見てそう尋ねて来た。
それを受けてフィト相手に自分一人で説得するのは疲れるので今村はフォンにこれまでの説明して、説得に協力してもらうことにした。
「ふぅん……」
今村の話を聞いてフォンは軽くそう呟くと首を横に振る。
「無理ね。この子の考えを変えるくらいの話す力があれば私、あなたを説得して既婚者の身になってるわ。」
「……元からこの領域にいる奴にはわかんねぇのか?この領域の危険さが……取り返しがつかなくなる前に……」
「ねぇ、この子が何で強くなりたいのか分かってる?」
説得の協力に応じないフォンに今村が嫌そうな顔をしながら口を開くのをフォンは遮って今村に問いを放った。今村は顎に手を当てて考え、答える。
「……何か強くなれそうだし、折角だから?」
「バカなの?……あなたに近付きたいからに決まってるじゃない……」
今村がそうなのかと言う視線を向けるとフィトは頷いた。
「……この子、あなたが弱くなれば勝手に強くなるのをやめるわよ。この子にとって世界はあなたなんだから……基準が上がって行って、取り残される恐怖がどれほどなのか分からない……まぁ、分からないんでしょうね?」
「……恐怖ねぇ……『死鬼魔破氣』……これにも勝るのか?」
今村は若干顔を険しくさせて全能力の一部を発揮し、威圧しながらフォンに尋ねる。フォンは顔を引き攣らせながら答えた。
「氣の、最上級の御業……」
「化物の嗜みだろ……で?これでも、まだ入って来ると、言うのか?」
今村が設計した、要塞とも言える家が軋みながら部屋の中の物が拉げ、空気すらも潰れ、地面に固体が満ちていく。残された魔素も結晶化し、神氣も薄くなる部屋の中でフィトは頷いた。
「あ、あなたが……いない……方が……怖いよ~……?」
「……嘘を、吐くなよ?」
「ほ、本当だよ~……?」
恐怖のあまり震えてはいるものの、しっかりとした発言に今村は軽く嘆息して発剄を止めた。
「まぁ……この状態で、俺を前にして嘘は付けないだろうから本当だろうが……『タイムバック』……でもお前、止めとけよ。危ないぞ?普通からこの状態になるまでに俺は何十回の消滅の危機に晒されて、何千回の死の淵に瀕したことか……」
「……そういうこと言うから……」
今村の発言にフォンが悲しげに溜息をつきながらそう言い、フィトの方は静かな怒りと共にやる気を見せた。
「やるよ~……」
「もっと命は大事にした方がいいのに……っとクロノもここに来そうだな。一から話し直すのも面倒だし、そろそろ移動するか……」
「『死鬼魔破氣』……はぁ……私より強くなってるわね、これ……」
それぞれが各々の思惑を抱きながらクロノが来る少し前に、今村とフィトは華凜が先に行っている幼稚園に、フォンは今村を再び追い越すために別々の場所に散会して行った。




