2.ちょっとしたこと
「さて、どこに着いたかな?」
「……お昼、ですね……」
今村と百合は空を見上げて頷く。
「俺らが居たアフトクラトリアと大して時間が変わってないな。……時差と気候を考えるにここはモナルキーアかな?と、来れば……酒場に行ってみよう。」
「え……?どうしてですか?」
「ん?いや、基本的にここは資源産出国だし、『レジェクエ』の影響でファンタジー化してるからな……面白い話があるかもしれん。」
「はぁ……?」
よく分からないと言った態だが、百合は今村の言葉に従い、付いて行く。
「あ、でだ。入ったら別行動な。二人組で手に入る情報とバラバラで手に入る情報じゃ差がある。まぁ何かあったら何とかするから安心してやってくれ。」
「はい。」
百合は今村に着き従って移動する。その移動中に今村の眼が一瞬だけ五芒星を浮かべる物に変わって路傍の植物を睨む。
「……フィトが、探し始めたか……まぁ、バレないだろうが……おっと、そんな事してる内にうっせぇ酒場に着いたな。」
百合は五月蠅く、大衆的な酒場を初めて見たので興味深そうにそれを見るが、今村はちょっと別のことに気付いた。
「……ん?子どもたちから、緊急信号が……?鳴った、気が……」
「お父様?行かないんですか?」
ローブの中に入っている携帯の一つを取り出して首を傾げる今村。百合が声をかけるが気になったので先に入って情報聴収するように言ってから今村は少し別空間へと移動した。
「……オルディニの秘密回線でやるか……」
『……ぇあ、先生……どこに繋げますか……?』
「1878242753。」
『あーはい。子どもたちの方ですか……繋げました。』
電話の交換手のようなことを念話で行うオルディニから切り替えて今村は子どもたちに念話を送る。
「俺だが、何か緊急鳴らした?」
『え、あ、繋がっ……やばっ!母さんが来た!逃げろ!』
「……どんな事態なんだ?」
今村が何もない空間で首を傾げていると念話の先の相手が無理矢理切り替わった。
『仁、どこにいるの?』
「……え、何でお前が出るの?アズマは?」
『アズマは……ちょっと、お勉強から逃げたから追いかけてる。そんなことより仁は、どこにいるの?』
「知らん。じゃあな。」
『待ち』
今村は問答無用で念話を切った。するとオルディニに繋がる。
『……急に、念話の交代は……頭に、キますね……痛かったです……』
「どんまい。」
『ふぅ……まぁ、いいですよ……時々は、顔見せてくださいね……じゃ……』
秘密回線が切れた後、今村は何となくすぐにその場から去った方がいいと判断してすぐに元の場所へと消えた。
その直後にこの場所にフォンがやって来る。
「チッ……あの、バカ……相変わらずの放浪癖ね……しかもかなり性質が悪くなってるわ……」
ただの放浪癖であれば少々出て行ったくらいですぐに探しに行くと言うこともないのだが、今世の今村の場合は平気で10年くらいどこかに行きっ放しな上に、死にかけで戻って来ることも多々ある様なのので何かある前に見つけなければならない。
「前は、まだ3日とかそのくらいだったけど……いや、それでも半日過ぎたら探しに行ってたわね……今回は見つけづらくもなってるし……はぁ……先に、アズマを探した方がいいかしら……?釣りのために。」
フォンは取り敢えず両方を探すためにこの場所を後にした。
「むぅ……こんなに妨害されるとは思ってなかった……」
「何か、僕たちがとー様と会ったら不味いのかな?」
その頃子どもたちは適当な空間に逃げていた。「幻夜の館」から先に生まれた兄であるサイフォンを置いて全員で逃げ出した後、追われる身になりつつも今村を追いかけているのだ。
「あんなに格好いい父様だから、独り占めしてるんだよ。ズルい。」
「華凜……大丈夫?」
そんな中でフィトの娘である華凜が私見を言うとアズマは可哀想な子を見る目でそう言った。それを受けて華凜は半眼でアズマを睨む。
「おとーとのくせにおねーちゃんのこと心配するなんて生意気。」
「……ボクの方が、お兄ちゃんだけど?」
「華凜の方が、お姉ちゃんだけど?」
ほぼ同時に生まれた華凜とアズマは睨み合う。それを仲裁しにサラの息子である龍一が入った。
「りょーほーとも、今はそれどころじゃないでしょう?」
「そうだよー……とー様のところ、早く行かないと……あんまり遅いとかー様が心配するから……」
龍一の言葉に追随する白崎の息子、優也。体格のいい龍一に対して女の子のような風貌で、華凜やザギニ、日香理などの娘陣よりもか弱い雰囲気の優也に間に入られると暴力で解決は出来ない。
「ちぇ……後で、決めるよ……」
「ふん。それで、父様はどこにいるのよ。電話、来たでしょ?まさかフォン母様が来たからって、割り出せなかったとかじゃないよね?」
華凜の小馬鹿にするかのような口調にアズマはイラッと来た。しかし、割り出せなかったのが事実だ。
「それで、よく華凜より年上って言えたね~?華凜なら出来た。」
「華凜ねぇも、そこまでにしなよぉ……みんなできょーりょくしないと……」
「グダグダ言わないで、作業するべき。」
日香理が華凜をやんわりと窘め、ザギニが効率的なことを言いつつ何かをずっと続けながらにやりとする。
「占い、出た……多分、モナルキーアのどっか。」
「……当たるのーそれ……?」
「信じるか信じないかは……にぃたち次第。」
不敵な笑みを浮かべるザギニ。取り敢えず手がかりもないので全員で適当に転移してみることにした。
「……ん?ガキどもが……転移して来たなぁ……生まれたばかりと言うのに元気なことで……お使いかな?」
そして今村は、ナンパされている百合を眺めながら酒を飲んでいた。百合は時折、今村に助けを乞うような視線を向けているがガン無視している。
「あの、困ります……」
「何だぁ~?ねぇちゃん。そんな服着といてぇ……胸、でかいなぁ~揉ませてくれよ~」
「これは、こういう服で……お父様ぁ……」
「ギャハハハハ!箱入り娘か!その父様ってやつも、とんだところに娘を置いて行くんだなぁ……っく。馬鹿だ!慰み者になるって、分かってねぇのかぁ?」
粗野な笑いを見せる男に釣られてその男が居た席の男たちも下品な笑い声を上げる。今村はそれを無視してワニのジャーキーを頼みながら酒を呷るが、不意に空気が変わったことに気付いてその手を止めた。
「バカ?……今、お父様に、バカと仰られたのですか?私の、お父様に?」
「あぁん?あったりめぇよ。」
「そうですか。」
百合は笑顔のまま鬼神の如き氣を発し始めた。その氣だけで男は酔いが醒め、更には顔を青褪める。
「では、あなたは馬以下……失礼、馬未満ということですので、相応しい姿にならないといけませんよね?下等な、ゴミ。」
「じょ、嬢ちゃん、単なる冗談じゃねぇかよ……マジになんなって……」
「……冗談でも言っていいことと悪いことがあるんですよ?では……蛞蝓にでもなってもらいますか。」
有言実行。百合はそう言い終わるや否や目の前の男を蛞蝓に変えた。それを見た客やウェイターたちはすぐに店から逃げ出し、成り行きを見ていた店主も怯えるあまりに腰を抜かした。
「……んー実力の割に、度胸が、足りないと思ってたが……スイッチが入るとやり過ぎかなぁ……」
「お父様……もう、助けてくださいよ……」
「いや、要らんだろうに……」
店主と、百合と、そして今村が店の中に残され、今村は店主に大金貨を数枚投げ渡す。
「ここで飲み食いしてた奴らの代金だ。足りないか?」
「い、いえ、だ、大丈夫です。」
「また来る……と言いたいところだが、二度と来ないでほしいだろうな。もう来ないから安心して営業しな。行くぞ百合。」
そう言って立ち上がろうとした時だった。店の中に二人組が入って来た。
「稀代の魔術師がいると聞いて来たが、ここで合っているだろうか?」
その口上を聞いて今村は楽しそうだと再び席に戻るのだった。




