17.連敗
「……父様が非常に不思議な顔をしてましたけど……何かされたんですか?」
家事を競う今村主催のコンテストが行われた後、アリアは【可憐なる美】こと滅世の美少女であるミニアンの下へと来ていた。
「……僕は、別に何もしてないよ。」
ミニアンはその恐ろしいまでの美貌に僅かな不機嫌の色を隠しながらそう言って優雅に紅茶を飲む。横から見ているアリアが見惚れかけつつも意識を保っているとミニアンの方からその玉音を続けて発した。
「……【運命神】がね……そろそろ大詰だから、手切れ金代わりに何かしてるということは本神から聞いたけどね……」
「【運命神】様が……?」
アリアの復唱と疑問にミニアンは頷く。
「うん……基本的に干渉は認められていないし、仁自身に干渉すると気付かれる上に仁自身には基本的に干渉が効かないから他の誰かに干渉してるみたいだ。尤も仁の近くで連続した干渉は出来ないらしいから、これ以上の干渉はしばらくは控えるみたいだけど……」
愁いを帯びた表情でそう言いつつミニアンは溜息をついた。
「やめて欲しいよね……」
「で、ですね……」
ミニアンに見惚れて若干反応を遅らせつつもアリアは同意した。
「あ、そうだ。それはそれとして、僕も仁が好きな料理を作りたいから料理を教えてくれないかい?」
「……はい。」
正直、アリアは自分の取り柄を奪われるのは嫌だったが、ミニアンの微笑を浮かべた顔で頼まれれば断ることはできないと承諾し、早速料理に入った。
「……むぅ……何か、ウザい干渉を受けてる気がする……悪魔神の核が馴染んでその上に俺の第3世界の運営の為に置いて来た魔力を回収して分かったが……」
今村は顎に手を当てて首を傾げ、そう呟いていた。因みに、サラに子ども子どもと言われて術を掛けて適当なレジェンドクエスターズの面々に面倒を任せて閉鎖空間の中に閉じ込めた帰りだ。
「ん~……毎回毎回、悪意とか害意以外に対する結界を強化せねばと思ってるんだがなぁ……俺の特性上、微妙な進歩しか出来てないんだよなぁ……」
今村は基本的に専守防衛型で敵意や悪意など今村に対する負の感情がないものに対して能力を最大限に発動することが出来ない。これは能力をどう形成するかに当たって自分で決めたものだ。
「……解釈を変えて結界の外における範囲を広くするしかないんだよなぁ……面倒臭い……まぁ、そんなことより……今、また巨大な問題に直面してるんだよなぁ……どうしようかね……」
また能力が上がったため、どの道改正はする予定だったのでその辺は少しずつ拡大していくという確認のための呟きだが、そんな事より大問題があった。
「……フィトが、寝ないんだよなぁ……もうすぐ時間なのに……」
時計を見て今村は先ほども重い口調で呟く。フィトのいる方向を窺うと、氣は駄々漏れでかなり衰弱している様子が分かるのだが、それでも彼女は意識を保ち続けているのだ。
「……いっそ、物理的に寝かせるか……?いや、でもそれは俺のルール的にダメだしもっと言うなら嫌だしなぁ……」
同じような実験をキバでして、寝たら罰ゲームと称して1日の間、今村のサンドバックという処刑を課してやってみると恐ろしいほど緊張していたにもかかわらず、5分で寝たというほど強烈なものを並べているのだが、あのフィトが寝ないと言うことを今村は考えていなかった。
「ん~……ゲーム終了と同時に死んだらどうするかな……この衰弱ぶりだといつ死んでもおかしくないし……その場で死んだら、クリアではないことにしよう……」
そう決めると今村は頷いて「ワープホール」を形成して家に帰ることにした。
「はぁ……」
「お帰りなさいませ。」
帰るとすぐに月美が出迎える。軽く頷いてから今村が家の中に入るとほぼ同時にフィトのゲームクリアを知らせる通知が鳴った。しかし、気にしないことにして今村はソファにぐでっとなる。
「疲れた……あ~……んっふ……はぁ~……あぅ?」
ソファの縁に手を掛けて伸びをしていると急に目の前が真っ暗になり柔らかい何かが押し当てられるとともに甘い匂いのする何かの液体が顔に付着する。
「ぁ……ぅ…………あなた~……私~……頑張ったよ~……こほ……種に~……」
「……フィトか。お前、存在値が豪いことになってるが……」
今村の上に降って来たのはフィトだった。彼女は死にかけで、甘ったるい香りのする体液を吐きながらやっとの思いで今村に手の中にある種を出す。
今村がフィトを視た所、空に浮くほどの力も残っていないらしい。
「そりゃ…………そうだよ~……えぅっ……死んじゃう前に……子ども~……」
「いや、死にはしないけど……そい。」
取り敢えず何か色んな思いが込められているみたいな傷を全て消して今村は普通に戻ったフィトを視る。
「……まぁ、休眠は必要か……これもやろうと思えば何とかできるが……気分的にきちんと寝た方がいいだろ。」
「寝てないよ~……?お部屋行こ~?子作りだよ~」
力が戻ると宙に浮いて眠そうにしながらも今村の手を引っ張り始めるフィト。そんな彼女に今村は残念な事実を伝えることもなく、胎内に収納しようとした種を持って術を掛けた。
「ハイ終了。」
「えっ……えぇ~……酷くない~?私~とぉっても~頑張ったんだよ~?」
「あ?何か文句あんの?じゃあディスペ「む~!ダメ~!」……じゃあこれで納得しろ。」
躊躇なく術を解除しようとした今村をフィトは止めると大事そうに少し大きくなり始めた種を抱えて今村に尋ねた。
「ね~……ベッド~借りていい~?」
「いいよ。月美!」
「はい。すぐに準備します。」
大事に大事に種を守りながらベッドがある部屋に移動するフィトの後姿を今村は見送りつつ少しだけ自嘲気に嗤った。
「……俺みたいな奴は存在の欠片すら残さ……おっと、口が滑るな……危うく存在の欠片すらも残したくないのに大量に色々残しかねない事態になってた……」
そう言いつつ今村は自らに掛けている呪いとも言える術を見てその根源を軽く摘まみ、しばらく考えた後に首を振る。
「もう、破壊しようと思えば出来ないこともない、か……まぁこれは無理矢理かけられたわけじゃなくて俺の失態の所為だからなぁ……戒めの為に最悪の事態を招かない限りは残しておこう……」
指先に込めていた力を元に戻して今村は術を体内に戻した。そこでふと思うところがあって苦笑する。
「毎回毎回……俺は進歩しないなぁ……以前も【可憐なる美】と【無垢なる美】のことを侮ってこの様だし、今回も連中を侮って、子どもを作る羽目に……進歩してるのは能力だけ。老が「父上!匿ってください!」ん?」
今村が自重しているとイヴの息子であるサイフォンが扉を無視して空間から割り込んで広間に来て今村とソファの間に入ってローブの下に潜り込む。
その直後にイヴがやって来た。
「あ、仁さん大好きです……ところで、サイフォン見ませんでしたか?」
「挨拶の部分に当たる言葉がおかしい。」
「……?ちょっと何を言ってるのかよく分かりませんが……見かけたら教えてくれませんか?今日の分のレッスンが終わってないのに逃げ出したので……」
「……俺、今軽く異文化と触れ合ってる気分だが……」
今村はイヴが不思議そうに首を傾げたのを見て溜息をつく。
「レッスンねぇ……あんまり詰め込みすぎるな。取り敢えず、何か知らんが、今日は休ませてやれ。」
「……ですが……」
「嫌々やらせても身に着かんぞ。」
「はい……とっても楽しい時間なのに……」
イヴはそう言い残して消え、サイフォンが顔を出す。
「た、助かった……」
「あんまり嫌なことから逃げんなよ?分かんねぇことがあったら適当な奴に訊けば……ん~……アリス以外はちょっとアレだったな……」
今村は少し前に今村を馬鹿にしたとして処刑されかかったサイフォンの図を思い出して提案しようとしたことを止める。
その代わりに別の案を出した。
「じゃ、キバと遊ぶ……のは死ねるな……百合とアリスと遊ぶといい。」
「呼んだ?」
「お呼びになりましたか?」
今村がそう言うのに間をおかずにアリスと百合が現れてサイフォンは驚きの色に顔を染める。
「遊んでやれ……あ、変な意味じゃないぞ?楽しく、ブラックアウトでもして遊べよ?俺は仕事しながらそれを見るわ。」
「じゃあトランプを……」
この後はサイフォンも和気藹々とした雰囲気で過ごすことが出来たが、2時間後にイヴが襲来するまでの束の間の休息だった。




