13.百合と
「お帰りなさいませお父様……?と、その子は……?」
自宅に着くと百合がお出迎えしてくれる。その横にはキバもいるが、彼は今村が抱えているアルマの強力な氣を感じ取って無言になっていた。
「おう、……こいつは……何だ?俺はこいつの保護者だが……関係性ねぇ……後見人って所か……?」
微妙な関係性だと言うことを把握した百合が今村に気を遣ってそれ以上は詮索しないことにした。
「あ、そ、そうです。お仕事、出来る限りの範囲ですが、お手伝いさせていただきます……」
「悪いな。キバ……こいつを預ける。」
「うぇ、わ……分かったッス……」
もの凄い力でくっ付いているアルマを今村はしがみ付く力が入らないように取り外してキバに預ける。
「ぅ…………臭ぃ……」
しかし、アルマはキバに近付くと顔を顰めて起きた。そして今まさに受け渡しが行われそうになっている状況を確認するとじたばたして今村の方に戻ろうとする。
「いや、世界が壊れるから止めろ……」
「その前に家の地盤が壊れるッス!」
「安心しろ。例えこの世界が滅んでも俺の家たちはそのまま残ることは約束しよう。」
まさに一挙一動が天災レベルのアルマは仕方がないので今村が仕事場に連れて行くことにした。
仕事を始めるとアルマは今村から離れてベッドに寝かされても文句は言わなくなり、今村たちは無言で仕事に入った。
そして、しばらく進める内に今村は資料や書類、及び未参照データの山の減りが早いことに気付く。
「お前、凄いな……」
百合の仕事ぶりを見て今村は思わずそう告げた。百合は手を全く止めず、笑顔で今村を見ながらお礼を言う。
「ありがとうございます。……終わりが見えてきましたね。」
「そうだな。こんなに早く終わるとは思ってなかったが……」
一人でやるつもりで時間予定を組んでいたが、その3分の2の時間で済みそうなのでその時間は百合と過ごすか、もしくは最近開発した邪神法の取扱いについて訓練するか考えながら彼も手を止めない。
「んー……じゃあ、百合がこの後暇なら飯でも食いに……あ、そう言えばハニバニを呼んだから第1世界からお取り寄せしないといけないものがあったか……」
「食事ですか……お父様が食べたい物は何ですか?」
「パスタかな……」
百合は自分も同じような気分で、そんな小さな意見の一致に嬉しく思いつつ仕事に熱がこもる。
「では、インクレスパトゥーラに行きませんか?美味しいですよ。」
「まぁそれもいいかも知れんが……ちょっと面白い所に連れて行ってやるよ。まぁ後で楽しみにしてな。」
「終わりました。」
「早っ!」
自分より早く仕事を片付けた百合に今村は驚愕する。
「……私の方でそちらも……」
「いやいい。軽く本気出す。」
今村の方も仕事をすぐに片付けると目を覚ましたアルマに壊されたら困ると保護を掛けて、第1世界の美食世界へと飛んで行った。
「……あ、そう言えばしまったな……」
「どうかしたんですか?」
今村は第1世界の中に入ってすぐに「αモード」に変わり、そして次に髪の色を青色に変え、顔も色々弄って様々なモノが立ち並ぶ街へと出向いたが、そこでいきなりそう呟き、百合に心配される。
「……いや、サラとのゲームは家事の予定だったからお腹いっぱいにして行くとアレかなって……まぁいっか。多少採点が厳しくなるだけだし。」
「ゲーム……あぁ、あの。」
百合はあまりいい顔をしていなかったが、一先ず頷いて理解を示す。
「あまりそう言ったことで遊ぶのはどうかとは思いますが……」
「……まぁ、お前はそういうことしないで真っ当に生きな。こうでもしないとあいつら諦めないからなぁ……お前は良い相手、見つけろよ?」
百合は冷静に考えて多分無理だと思った。彼女は結構なファザコンであることを自覚しているからだ。
「私は、多分生涯未婚だと思います……恋人欲しくないですし……」
「……まぁそう言ってろ。どうなるかは分からんから……でも、お前が彼氏を連れて結婚の話をしたら取り敢えず一回やってみたいことがある。」
「何ですか?」
今村はにっこり笑って拳を握る。
「思いっきりその彼氏をぶん殴ってみたいなぁ……流石にお前に娘はやらんとまでは言わんが……『呪言』があるし……」
「結婚前に未亡人になりそうですね……」
「蘇生はする。」
そんなことを話しながら移動していくが、今村はさっきから気になることが色色あった。先程から、食に関する大世界であるのにもかかわらず、やけに武装している人々が目につくのだ。
「……何かきな臭いけどいいや。着いたし。」
「ここですか?外まで美味しそうな匂いがしますね……」
「ここのクリームパスタはチーズがいいんだ。だからピザもオススメ。頼むから一緒に食べる?」
「あ、いいですね……」
店の扉を開けるとウェイターが出て来て今村と百合を品定めする目で見て呆れたように言った。
「ご予約のお客様ではありませんね?」
「あ……」
予約制の店だったのかとすぐに謝ろうとする百合を遮って今村は前に出てその男に何かを見せる。すると、彼は顔色を変えた。
「し、失礼しました……」
「まぁいいよ。新人かな?」
「は、はい……じゅ、10年程、になります……すぐに、料理長に参ります!」
慌てて、しかし走るようなこともなく食事中の人々に不快感を感じさせないような足取りで彼はどこかに移動する。
「料理長に参りますって何だろうな?」
「い、言い間違えかと……そ、それよりお父様、ここ、ドレスコードが……」
百合は周囲の服装を見て気が引けていた。彼女は今村と仕事をするために軽く身なりは整えているが、外出用の服ではないためこの場では軽く浮いているように感じるのだ。
「……あ、まぁそうだな……でもそれ俺があげた服だろ?」
「あ、はい……」
「ならいいよ。俺がお前用に創った服は基本的にかなり高値だし。」
「え、その……ですが……」
とは言われても外面上どう見ても周囲とは浮いているという視線を今村に送ると今村は軽く溜息をついた。
「傷付くなぁ……誰もお前に侮蔑の目を向けてなかっただろ……ここで歩いているような奴らは基本的に億レベルの服に身を包んでるのに、誰も何も言わない理由を考えれば?」
「お、く……?」
百合は自分が着ていた服の値段を想像して固まった。彼女は父親から貰った服だから大事に着ていたが、そのような価値があるなど初めて知ったのだ。
そうこうしていると先程とは別のウェイターがやって来る。
「大変お待たせ致しました。こちらへご案内させていただきます。」
「ん。行こうか。」
別室に案内される今村と百合。百合は会う度、何かするたびに今村のことがよく分からなくなっていくが、今回は食事を楽しむために諦めることにした。
「こちら、メニューになっております……」
「俺は瑠璃初茸と蟹のクリームパスタと本日のピザにするけど、百合は?」
「あ、私はこの和風パスタと……ジェノヴァソースのピザで……」
「畏まりました。」
ウェイターは去って行く。すると、今村の携帯が鳴った。今村は百合と話しながら携帯にある文言を読む。
瑠璃からだった。彼女は少し前に今村に提案した術式が危険だと言うことが分かって、すぐに使用をやめた方がいいと連絡を入れて来たのだ。
(……この前の珍しいって言って褒めてくれた術式には寿命を削る……知ってた上で褒めたんだよ……まぁ、言ったら文句付けられるだろうから黙って使うが……言質取られると面倒だから……)
今村は分かったとだけ返信を返して百合と食事を楽しんだ。




