7.風神の手腕
「よぉ……計測すらできない程、久方振りだな……」
笑顔で目の前に立ったフォンに対して今村も歪んだ笑みで答える。すると彼女は何故か拗ねて頬を膨らませた。
「……会えたのは嬉しいけど、自分で探しに来て欲しかったな。愛人に恋人を探させるってどうなの?」
「……愛人じゃねぇ。」
今村の答えにこの場にいる面々、フォンを除いた全員が驚いた。
「せ、先生が……恋人を、訂正しなかった……?あ、それと私は愛人じゃなくてオナペッどぉっ!」
全員の心の声を代弁するかのようにマキアがそう絞り出し、後半の戯言は最後まで言えずに今村に蹴り飛ばされる。
そして、今村は首を傾げ、フォンは優越感たっぷりに笑いかける。
「だって、私が仁の恋人だってことは事実だもの!控えよ二番目共!ほら、仁からも何か言ってやって!」
「……こいつらの愛氣は全部封印解除の為に使われたはずだが……ん~……何でだろ?ビッチになったか……?」
「そうじゃなくてさ~!」
フォンが今村の肩を持ってがくがく揺らしているのを見て更に驚きの顔をする一同。そんな彼女たちのことを無視して今村はフォンに尋ねる。
「なぁ、こいつらの愛氣ってどれくらい残ってんの?全部食い潰して。」
「無理。多過ぎる。」
断言されて今村は固まった。
「……は?」
「は?じゃないわよ。無理に決まってるでしょ?多過ぎるわ。無限だし……」
「……ムゲン……?夢幻の如く……?儚い……?」
「現実を直視しなさい。」
フォンの言葉に今村はやさぐれた。
「……無限って何だよ。馬鹿かよ。」
「私の顕現のためにどれだけ天文学的な量を吸ってもどんな数よりも大きいとされてる数だからね~……無理。」
「……馬鹿かよ。どーせ、そいつらはえ~と……誰だったっけ……あ、そうそう。神野とキスしたりえろ「してない!」」
鋭い反応を返して来たのはフィトだった。今村は初めてフィトが怒るところを見て少し驚く。
「……してない。あなた以外に……嫌だもん……」
「え、でも「そういうことにしておいてあげなさいよ……馬鹿ね……」あ゛?」
フォンの言葉に今村は軽くイラッと来たらしく睨む。それを見てフォンは肩を竦めた。
「随分、偉そうになったわねぇ……何様のつもりかしら?言っとくけど、恋人様とか言ったら褒めまくるから。」
「……分かってねぇなぁ……もう、俺の性格を忘れたみたいだ……まぁ、長いこと会ってなかったから当然と言えば当然か……」
今村の歪んだ笑みにフォンは何かに気付いた顔になり、その美しい顔を険しくさせる。
「……これだけ、愛してもらってるのにまだ変わってないの……?」
「俺は俺だ。何故他者がどうこうしたからと言って俺が根本から変わらねばならないんだ?」
フォンは苦々しく舌打ちした。それを見て今村は笑う。
「取り敢えず、別れ話と行こうか。」
「いやよ馬鹿。絶対に付きまとってやるんだから……あなたこそ、私のこと忘れたわけじゃないわよねぇ……?」
「……チッ……正確には忘れてたが……チッ……」
険悪なムードになる二人。それを見てどうしようと思っていたゲネシス・ムンドゥスの女神たちだが、蹴り飛ばされてどこかに行っていたマキアが戻って来ていきなり爆弾を放り込む。
「で!先生!子どもくださいよ!きちんと封印の場所見つけましたよ!レッツ≪自主規制≫!≪自主規制≫!」
「……………………考えるって……」
「はぁ!?ちょっとそれどういうこと!?私を差し置いて何の話を進めてるのよこの馬鹿っ!」
「うっせぇ!そう簡単に見つかってんじゃねぇタコ!」
一触即発の雰囲気を破裂させたことで今村とフォンが喧嘩を始め、先程から待機中の面々がもじもじし始める。
「……もう、百歩譲って仕方ないわ……私も産めばいいから……」
そして、今村と言い争っていたフォンは急に折れ、訳の分からないことを言い始める。今村は顔を引き攣らせながら言った。
「考える。とは言った覚えがあるがやるとは言ってない。」
「……相変わらずそんなことやってるの……?本命の恋人を探させるのに愛人を使う上に、その報酬が嫡出を認めることって……」
「色々おかしいだろうが。嫡出ってまだ種もねぇよ……
今村の呆れたような言葉にフォンは頷いてきりっとした顔になる。
「……わかったわ。責任は私が取るから、思いっきりヤって頂戴。」
「何いい上司みたいなこと言ってんだお前……」
「それじゃゲームしましょう?」
急に方向転換したフォンに今村はオウム返しに言った。
「ゲーム?」
「そう。出題者は仁で、私たちが出来そうにないことをクリアしたら私たちは仁の子どもを身籠る。ただし、仁以外の別の誰かとの恋愛沙汰とか、仁自体にもできないことは禁止ね?」
「……ほう。」
今村が少しノッて来たのを見て外野の面々がフォンのことを内心で応援する。それにフォンは続けた。
「条件は、もし、仁が出したことを達成できなかったら二度と子作りを自分からは誘わないこと。肉体的にも、言葉に出すことも、術式もダメ。……そのくらいの覚悟はあるわよね?」
そこでフォンは一応、いつの間にか後ろに回っていた面々に確認する。彼女たちも否はないようだ。
それを受けて今村は歪んだ笑みを浮かべる。
「ん~……それだけだと少し弱いが……何か他に出せる条件があるなら乗ろうかな?何かある?」
「……失敗したら恋人を辞める。二度と顔を見せないってのはどうかしら?」
「よし、乗ろう。」
笑顔で乗ってきた今村にフォンは少し悲しそうな顔になるが、今村が「呪具発剄」で出した「契制約書」を見て薄く笑う。
「……こんなに恋人を辞めることを嬉しそうにされて……かなり傷付いたけど、まぁ余裕なのは今だけよパパ……精々いい名前を考えておくことね……」
「ほざけ。お前らの弱点なんざ簡単なもんだ……」
「じゃあゲームを……」
開始する。フォンがそう言おうとしたところで今村がそれを遮る。
「待て、今から明日の未明に関してはちょっと用事がある。」
「何よ。」
「ん~……まぁ、多分だが……オペがあると思うんだよ。おそらく自然分娩じゃ無理そうだから切開切除《Kaiserschnitt》になると思う……ちょっと他人に任せるのはアレな感じのやつが……」
歯切れの悪い今村に、フォンは周囲に説明を求める。すると「プリンスキス」の効果が切れて殆どの物たちが固まっているのが目に入った。
「……脆弱ね。『弱化封印』。これでいいかしら?」
「はっ……えぇとですね……イヴって人が、すっごい何か変な感じで先生の髪の毛食べて妊娠しました。」
マキアが元に戻ってフォンにすぐに説明を開始するが、当然だがその説明では意味が分からない。
「……は?意味が分からないわ?」
「ラッキーポーションという……」
マキアがフォンに更に詳しい説明をしようとしたところでフォンがそれを止める。
「待って、イヴ……?イヴって……」
「ご明察。あの、塔で死んだイヴの生まれ変わりだ。」
「あの泥棒猫ぉぉおおぉっ!」
今村の言葉にフォンが怒り、その周辺の世界が歪む。説明と修復が終わるまでその世界は大いに荒れることになった。




