3.今更気付く
「ぅひゃ……あ、あら、今村きゅん……………………」
「……何だ?」
盛大に噛んでどこかに逃走して行った白崎を見送って今村は気にしないことにして「幻夜の館」の自室に向かった。
「……入れるところまでの全ての物が全部新品になってる……何故だ……?」
久し振りにこちらの自室に来たと思えば私物が全てワンランク上の何かになっており、今村は首を傾げた。
「……まぁ、ここにあったやつはそこまで大事な物じゃないからいいけど……何だろう?臭かったかな?汚物は消毒……」
今村はまだ入れる区域の室内で誰かが室内用の下履きを顔にくっつけて自慰行為に耽っているのを見てしまい、見なかったことにした。
「……もし、捨てられてなくて、使用目的がこれだったら、嫌だな……」
取り敢えず自室に戻るのは止めて今村は適当な所に移動しながらアカシックレコードの事務職員の女性から受け取った本を解読していく。
「……これは、まぁ消失文字だな……ラテン文字の……古典英語?だろうな。これならまだ簡単。」
読んでいくと大体は既に実行した物だった。
「……でもまぁ、自分がやってきたことの体系化を見ると何か変な感じ。まとめたことはあるが……他者がまとめたのをこうやって見るとアレだな……」
「お、おぉ……お兄ちゃ……こ、これ……」
「ん?」
本を読みながら移動していると目の前にゴスロリドレスを身に纏ったクロノがいた。その手には何か小包があり、今村は決して目を合わせないクロノの目の高さにしゃがむと尋ねる。
「これは?」
「お、お菓子……作ったの……そ、それでね……」
震えながら話をするクロノを見て今村は内容は適当に把握しながらふとあることに考えついた。
(……もしかして、滅茶苦茶強くなったから俺が恐ろしくて仕方ないのか?……なら無理矢理傍に居させて嫌わせることが……?)
「……で、でね……?よかったら、受け取ってくれないかにゃぁあぁっ!」
「よし、じゃあ食べるか。」
そう考えた今村はクロノを抱きかかえて別の場所に移動し始める。クロノは抜け出そうともがいたが、完全に拘束されて動けない。
「お、おに……駄目だよ……」
「ん?何が?」
効いてると今村は内心で笑みを溢しながら適当な応接室の空き部屋に移動し、そのソファに腰かけるとクロノをその上に載せた。
(……こいつ、胸がでかいから逃げられないんだよな……)
腰の辺りに手を回して逃げられないようにしつつ小包を開けて中に入っている綺麗にラッピングされたクッキーを取り出す。その間、クロノは無言で身動ぎ1つしない。
「お、お味は、いかがですか……?」
ぎこちなく今村の方を見ずにクロノはそう尋ねて来た。非常に緊張している状態で、体が震えているのが見てわかる。
(怯えてる怯えてる。クックック……再会時にはまだ好きみたいだったから距離を置いていたが……もっと早くから行動を起こしておけば楽だったな……)
「自分で、食べてみろよ。ほら。」
今村がクロノを抱えている手とは逆の手でクロノにクッキーを食べさせると、クロノの可愛らしい唇に今村の手が触れた。
その瞬間、今村の目の前の上空に何か黒い物が放り出された。今村がそれを服だと認識した時には顔に微妙に冷たい、しかし温かく柔らかい何かが押し付けられており、耳元にはぬめりのある熱い物が這っていた。
「はぁ……はぁ……も、もうだめ……大好き……好きぃ……」
「むぐっ?」
戦意の欠片もない動きとしては、今村が視たこともない速さで動いたのはクロノだった。彼女は今村が抑えていた手を足で絡めながら胸を顔に押し当て、耳に舌を這わせているのだ。
取り敢えず咄嗟のことに驚いたが、状態に気付けば何のことはないので引き剥がして放り投げてレーザーで焼き落とす。
「にぎゃっ!」
クロノが撃ち落される悲鳴を聞き、地面に落ちた姿を目にしながら今村は耳を洗い、口を濯いでから空中に水分を分解してクロノの方を見ながら言う。
「いや、見事な速さだった。る……第1世界の武術大世における戦神レベルの行動の速さだったが……何してんだこの馬鹿……」
「はぅぅうぅ……だ、だって、久し振りに会ったから……抑えが……怒られてるから、我慢してるのに……」
我に返ったクロノは今村の方を決して見ずに自らの周囲の時を戻すことで全ての服を着終える。それに対して今村は舌打ちした。
「……チッ。怯えてると思って今が好機と思ったんだが……」
「え?お兄ちゃんに怯える?アハハ!そんな訳ないよ?……皆どうやっていっつもエッチな気分になるのを抑えてたのか、確かに、過去の自分は恐ろしいと思えるくらい頑張って我慢してたんだなぁ……って思う……今だって、顔見ると……」
「発情はお断りだ。帰れ。」
「酷い!でもそこが……」
何か言っているクロノを追い出すと今村はクッキーに目を落とす。
「……何か入ってないだろうな……髪とか……まぁ、解析した結果は問題ないみたいだが……」
解析結果の成分表に愛情が一番最初にドヤ顔で出て来たのが気に入らないが食べ物に罪はないので食べておく。
「さぁて、解読だな……何か、現在の世界の成り立ちの話で微妙に頭痛がするのが気になるからそこを重点的にやりながら……」
世界は同じように繰り返されていた。今回の世界のように様々な小世界や中世界、大世界が隣り合い、重なり、階層式になって観測されたのは初めてということだ。
現在の世界以前は、唯一の世界の一つの星と精々が小銀河系を観測するのが精一杯で、宇宙にも……更にはその星の内部にすら辿り着けなかったという。
「……まぁ、そういう世界もあるが……文明ランクB⁻以下か……」
そして繰り返される最後の世界に置いて、これまで神を信じつつ、その謎を解き明かそうと科学を重視していた世界が科学だけでなく魔学も取り込み、世界の膨張が始まったらしい。
そこで、現在の世界の系譜となる文字の母集団が生まれたらしい。それらが現在の「消失文字」……力のある言葉として残っており、現在のあらゆる術はその時の力を起動させるキーとして使われているとのことだ。
「……ん~……俺が得意なのは、日本語だよな……何故か。確かに幼少期に瑠璃の世界に飛んだから……とも考えられるが……それ以前にも、俺はこの言葉を……」
そして、今村はふと第2世界のある星のことを思い出した。
「……あの、やたらと言語が分割されてる世界……あそこは、科学を基本としてる世界だったが……魔についても観測してたよな……」
そして、そこに過去、住んでおり現在はこの世界で不老長寿の大御所アイドル兼、プロデューサーとして活躍している朝倉の言葉を思い出す。
「……そうだ、この世界はアーラムのエスペラント語に統一されるはずだったが、俺の無意識の願望で名前とか、固有名詞、……いや、動詞やあらゆる語にそもそもエスペラント語では存在しない言葉がある……」
今まで自分以外のことは適当でもいいと言う感じで放っておいたが、この世界のあまりのちぐはぐさに気が付いた今村は首を傾げた。
「……おそらく、俺は自然発生でこの世界に生まれたが……変な記憶が眠っているみたいだし、その前身があるな……それが、何かのカギを握ってるな……」
適当な仮説を立てた今村は、その検証から入ってここからの道を探ることに決めた。




