26.安眠妨害
「……キバ、あいつ等追って来てる?」
「いえ、全員で寄って集ってキマイラを殺してるっぽいッスね。」
「……さっきあの地点にこの世界の秩序様が来てたのにここは俺に任せて先に行けとかはやってないか……つーことはやっぱり記憶戻ってるよな~これ……」
疾走するキバの上で今村は溜息をついた。【勇敢なる者】の力が強いエリアでは無意識の内に仲間への思いやりの力や無為根拠な勇気などが現れて所謂テンプレートな行動を取りやすくなるのだが、その影響を受けていないとなると正の神ではない何者かの力が掛かっていると判断される。
この場合は【勇敢なる者】に対抗できる存在、その中でもここに来たことがある者として今村しか考えられなかった。
「記憶が戻ってると何か不味いんスか?」
「ん~……まぁ、あいつ等の選択肢が狭まるからなぁ……多様性がなくなるし、まぁ色々だ。そんなことよりどうやって記憶を戻したのか……アレは例え気付いたとしてもあいつらじゃどうしようもない呪いだったんだが……」
キバの質問に今村はそう答えて並列思考を使いながら術式の解析を行おうとして頭痛がしたのでやめた。
「……やっぱ一回寝てから全部やろう。……じゃないとキツイわ。……ん?何か通信来てるわ。」
今村は空気の読めない念話を聞いて舌打ちをする。そんな今村に対してキバは苛ついているのを察して謝罪した。
「テレポートとか出来ればよかったんスけどね……申し訳ないッス。」
「いや、別にお前に怒った訳じゃない。……空気読まずに五柱神の連中が正体不明の扉の封印のための魔力不足を訴えて来て俺の魔力を更に寄越せとか抜かしてやがるんだよ。この、死にかけの俺に。女神共の記憶がなくなった時点で、正の神の世界運営に全く関係ないのに善意で大量の魔力を置いて行ったやったというこの俺に。」
「あ、そうッスか……でも、やっぱりテレポートは……」
「アレは何気に難しいやつだから。……にしても甘やかすとつけあがるな……結構イラッと来たぞ……」
ワイワイやっている今村とキバ、その会話を咥えられたままの百合は盗み聞きしながら焦燥感を覚える。
(お父様が、いなくなられる……しかも、帰って来ないと……私、何のために頑張って……折角……お父様と頑張れると……何故……嫌……)
「着いたッスよー」
キバの能天気な声と共に百合は地面に転がされ、彼女を拘束していた木が破壊される。その音を聞きつけたのか月美が出てきた。
「おかえ……?マスター!?」
「よぉ、……何かご馳走の匂いだな。あ、百合の進化のお祝いか……悪いが、俺はちょっと不参加で……」
優雅に出迎えをしていた月美は今村の状態を見て血相を変えて今村の下へと飛ぶ。そんな彼女に対して今村は匂いで何となく食事の状態を知り、自分のことはいいからお祝いをしてやるように言う。
「お父様……私は……」
「財産の一部じゃ足りないからそのままさっさとくたばっちまえって?そんなこと言うなよ。この世界に関する財産なら「違います!……あ、も、申し訳ありません……お怪我に障りますよね……」……冗談だったのに。」
初めて反抗してしまったと百合はすぐに今村に謝罪するが今村はそれどころではないと青息吐息の状態で人型になり、腕だけスライムになったキバによって搬送されて行った。
「……お祝いと言う雰囲気じゃないですね……百合さん、今日は見送りと言うことでいいですか?」
今村たちを見送って月美は百合にそう尋ねる。そんな彼女に対して百合は逆に尋ねたいことがあったので意を決して言った。
「……お祝いって、何のお祝いですか……?」
「自力で飛べるようになったみたいなので、そのお祝いです。」
月美の返答に百合は安堵しつつ先程まであった今村が百合を独立させる話を月美にもすると月美は困ったように顔に手を当てた。
「……マスターは、そういう方ですからね……ですが、百合さんの気持ちも分かりますし……一応、私の方からも少し言及して見ますが……期待は、しない方が……というより出来ないと思います……」
その言葉に百合は落ち込んだ。そんな百合を励ますように月美は言葉を付け加えた。
「いえ、その……全部、マスターの怪我が治ってからのことですし。それに、百合さんの自立に関しても万一のことがあった際に不要な心配をかけないように言っただけかもしれませんから……」
「……はい…………」
すぐれない顔をする百合に月美がどう励ましたらよいかと考えていると、突然屋敷の前から破裂音がした。
「……キャアァアァッ!」
目の前に投げ込まれたのはズタズタになり、中身が表に露出しているキマイラの死骸だった。それは今村の屋敷の防衛システムに引っ掛かって焼け焦げながらもシステムに抗う。
「……あの方たちは……カラフルズの……」
百合が悲鳴を上げているので落ち着くように術式を掛けて眠りに就かせながら月美は表でシステムの解除をしている面々を見る。
そうしていると防衛線が突破されてしまった。月美は百合をそっと横たえると不快感を露わに目の前の少女たちを見る。
「祓さん、マキアさん、イヴさん。お久し振りです。おそらく、その様子から記憶を取り戻されたようですが、現在マスターは休眠に入っています。お引き取り願います。」
「治療に来ました。退いてくれませんか?」
「結構です。お帰りいただけませんか?」
冷戦のように互いが無言で睨み合う。お互い、一歩も譲るつもりはなく、最悪の場合相手を殺してでも自らの意思を通そうという姿勢だ。
そんな中に屋敷から今村を搬送していたキバが出てきた。
「……あ~……取り敢えず、五月蠅くするなら余所でお願いしてもいいッスか?今ご主人寝てるんで……」
「案内してもらっていいですか?治療します。」
「……できないっしょ。」
キバの言葉にマキアが妖然と微笑んで見せた。
「できますよ。邪法ですけど、現在の天地女神としての私の神核を抉り出して命と引き換えに全快状態にする術式がありましてね……」
「……はぁ。頭おかしいんッスか?そんなん却下に決まってるっしょ……」
キバは呆れた様子でマキアの方を見る。だが、彼女はそれが当然の方法と言うように笑っていた。それを見てキバはドン引きする。
「あ~……こりゃ、確かに記憶がない方が正解ッスね……」
「……は?何言ってるんですか?馬鹿なんですかね?私たちから先生取ったら何が残るんですか?死んだ方がいいですよ?いや、死んでください。」
「……もしかして、あなたが記憶を盗ったの……?」
「いや、アレはご主人が覚とか言う奴から……」
キバが正直に答えようとして月美に口封じされた。しかし、それだけで彼女たちの怒りに火をつけるのは十分だった。
「……あの、ガキがぁ……っ!私に、薬売りつけたと思えば……そういう……!」
「取り敢えず呼び出して惨殺しましょう?えぇ、出来るだけ惨たらしく何度も殺して何度も生き返らせないと……」
「あの、それは後でにして、先生の容体を……」
とばっちりで覚が処刑されることが決定されてしまった。だが、話を元に戻して祓がキバにそう尋ねる。
「……あ、それはいいんで帰ってくれませんかね?いっけね……ご主人に怒られるところだった……言付けを言わないと駄目っしたね。『五月蠅い。帰れ!』だそうです。後、記憶は戻さないつもりらしいッスよ。多様性がどうのこうの、選択肢が何やかんやで……」
キバの適当な説明は彼女たちを納得させるには到底足りる物ではなく、全員が納得していないように見えた所でキバはもう面倒になって全員に告げた。
「あ~あれッス。何か言うこと聞かなかったら全員ぶっとばしていいって言われてるんで……さっさと帰った方が身のためッスよ?」
「……そうですね、そっちの方が早いですか……」
キバの言葉に祓がそう応じ、キバがやっと帰るかと気を抜いたところに全員が奇襲を仕掛けた。
「んなっ……帰るんじゃ……」
「あなたを倒してさっさと自力で探した方が早いってことですよ!行きますよ先輩!」
「はい。」
「……私はこっちですね。『闇よ』。」
「……大人しくしてほしいのですが……」
静かにしてほしいと言う今村の屋敷の前で大規模な戦闘が開始された。




