25.キツい
「そろそろいいですか?嘆いていても始まらないですし、この薬も短時間しか持たないのでさっさと強硬手段に出ますよ?」
森の中で悲痛な声や何も言えないと言った風にしていた面々が一応、絶望はしているが落ち着いたと判断したマキアはそう切り出した。しかし、無気力にしているその場の面々は何も言わない。
「……はぁ。じゃあ、先生は今から死のうとしてますけど……それを見過ごすと言う人はここからの会話に参加しないでそのままでいてもらって構いません。先生のことを大事だと思っている方は、私に付いて来てください。」
マキアはそう言って別の場所へと飛んで行った。この場に残された面々は正直に言って全く動く気力を持ち合わせていなかったが、そう言われて動かないという選択肢を取るようなものもいない。全員がのろのろとマキアの方に付いて行った。
そこで見たのは夥しい血液、そしてえげつないまでの世界の秩序の崩壊、そして今村が放った氣だった。
その様子にただ事ではないと全員が顔色を変える。
「……予想以上にマズイですね……危ないことはしないでほしいのに……」
「これ、どういう……」
マキアが苦々しくそう呟くのを見てアリスが説明を求める。しかし、マキアは首を振るだけだ。
「分かりません……皆さんが気絶していた間に恐ろしい氣の持ち主が来たところまでは何とか把握できたのですが……そこからは…………おそらく、その神が先生と戦った、とまでは予想できるんですが……」
「ひ、ひとくんは……?だ、大丈夫なの?」
アリスの狼狽えが全員に波及する。マキアは質問ばかりしてくる上、ただ狼狽えているだけのアリスに怒った。
「分からないから不安なんじゃないですか!分かってたらこんなに焦ってませんよ!いいですか?これから皆さんに死ぬ覚悟を持ってやって貰わないといけないことがあります。……あ、百合ちゃんは別です。天地女神、陰陽女神、五行女神となる、私たちの問題ですから……」
フィトが操った木に連れて来られて身動きが取れなくなっていた百合にマキアはそう告げる。
「あの、何が何だか……こ、これは……お父様の血……なのですか……?」
「そうですが、ちょっと今忙しいので後で答えます。皆さん、覚悟は良いですかね?」
マキアは百合の疑問に答えずに目の前にいる面々にそう尋ねた。そして尋ねるまでもなかったか、と話を先に進める。
「これから、陰陽女神と五行女神の合成を行います。その際に天地女神……私たちは繋ぎとして入りますのでサラさん、ヴァルゴさん、白崎さんは私が表に出るように意識を向けてください。」
「わかったわ。」
「早くしましょ~」
「準備は出来たぞ。」
「私たちは?」
「五行女神は、先輩が多分いいと思います。陰陽女神は誰でもいいので早くしてください。」
マキアの言葉に全員がすぐに反応して動き始める。三筋の光が優しく辺りに炸裂した後、この場に降り立ったのはイヴが表に出た陰陽女神、祓が表に出た五行女神、そして、マキアが表に出た天地女神だ。
「ここから全女帝になります。」
「……全女帝?」
「闇、火、水、木、金、土、光、それに空、無を内包した全属性ってことです。大体あの……前世で猛威を振るっていた【全】をパワーアップさせた感じだと思っていただければ。」
マキアはいそいそと様々な呪具や魔具、それに神具や元素材を出して祭壇やその祭儀の行われる場所の創造や方陣を描き始めた。
「……先輩と私は先に記入してましたから……後は、イヴさんっと……」
予め描いてあった方陣の至る所に文言を書き加えるとマキアは頷いた。
「始めますよ。」
「何をすれば……」
「取り敢えずイヴさんと先輩は今私が作った祭壇の上で正面から抱き合ってください。」
言われた通りにイヴと祓が抱き着きあう。その時、空間が裂けた。
「……お邪魔しました。」
現れたのは今の今まで治療中で、ついでにミニアンの面倒を看て、ある程度メンタルが回復しただろうと言うところでミニアンを閉鎖世界の中に投げっぱなしジャーマンで投げ飛ばした今村だった。
そんな彼は治療の為に閉鎖された世界の楔として【勇敢なる者】に気絶させられた後、黙って贄にされていたキバとキマイラを伴ってこの世界に出てきたが、イヴと祓が抱き合っている姿を目撃して帰ろうとする。
「え、ちょ……待ってくれませんか!?」
「ぶ、無事で……よかった……」
帰ろうとする今村を轢き止めるマキアと涙ぐんで安堵の息を漏らす祓、そして安心のあまりにその場に崩れ落ちたイヴ、そして状態変化している百合を見て今村は最後だけ表情を変えた。
「お、百合が進化してる。うん。十分に独り立ちできそうだね。まぁろくでなしの親とも言えないような屑親だったが……安心しろ。独り立ちの為の資金などは潤沢に確保してあるから。えーと、書類は確か……まぁ帰って月美に言えばすぐに出せるはず。」
そう笑いかけながら移動する今村に対して百合は顔を強張らせて泣きそうになりながら口を開いた。
「わ、私が……化物の子で……やっぱり……」
「まぁ化物の子だな。全神モード。ほら、多少似てるだろ?……今はあんまりこれを起動してると戦闘状態に入ったと勘違いされてちょっと大変なことになるから短時間しかできないが……」
「お、父様……?」
受け入れられる容量をオーバーしたらしい百合が処理できずに混乱しているのを今村は自分なりに解釈して慰めた。
「まぁ、こんな最悪の気持ち悪い化物から生まれたことは残念だろうが……生まれたことは仕方ないから頑張れ。死のうと思えばいつでも死ねるけど死んだ後に行き帰ろうと思ったら普通は結構大変だからな。」
「気持ち悪いなど……」
「あ~悪いな。今ちょっと死にかけ上がりだから語彙力に乏しいわ。気持ち悪いなんて生易しいもんじゃないだろうが……いや、流石に疲れて来たからもうこの話は良いだろ……」
今村は疲れたのでキバを大型のネコ科の肉食獣にしてその上に乗り、少々首を傾げて立ち止まる。
「……この術式は……あ~制限が面倒だなこれ……厄介な置き土産を……戦闘じゃないと言うのに……」
術式の構成を視ようとした今村は【清雅なる美】が残した術式に引っ掛かるものがあるとそれを断念する。
「キツ……休眠に入らないとな……死ぬわこれ……触れんな。遊んでる暇はねぇんだよ。キマイラ!」
心配して寄って来た祓の手を払ってキマイラを間に立たせた今村に祓、いや五行女神は震え声で反抗する。
「ちゃ、ちゃんと見せてください……私たちだって、少しはお力に……」
「……ん?記憶が……チッ。どっちにしろ面倒臭ぇな……よし、キマイラ頑張れ。キバは百合を回収して家に帰るぞ。」
「ウス!」
キバは女神たちの目にも映らぬ速さで上に乗っている今村に負荷がかからないように移動し、百合を捕まえている木ごと口に咥えて自宅に向けて走り出した。
「ま……」
「グハハハハハ!貴様らの相手はこの俺だ……!」
追いすがる女神たちだが、それをキマイラが妨害する。それを見て苦々しい思いと憎悪の目を向けて天地女神と五行女神、そして陰陽女神が無言で襲い掛かった。




