17.再会と策謀
「はぁ~…………どれくらい経過……げ、予定時間オーバーしてる……こういう時一人のオペって面倒なんだよなぁ……まぁ安全と安心はワンオペが確実にお届けできるんだが……」
今村は麻酔代わりのドルミールを解除して自らの体に戻り、目を覚ます。
「……うん。素晴らしい。痛みも全くないね。流石俺。」
出来栄えに頷くと近くに転がっている薄い緑色の術衣を着た傀儡を回収して外に出た。
「ぷっはぁ……あ~……夜だ。どうしようかなぁ……」
取り敢えず今日はもう終わりでいいのではないかと思いつつ空を見上げると、何か降って来た。
「かはっ……」
「……急に来るなよ……『白癒』。さっきまで武術大世にいたから尚のこと反射的な反撃を入れるんだから……」
「ひ、酷いにゃ……」
空から降って来たマイアを一撃で沈めた後、何事もなかったかのように治してそう告げる今村にマイアは治ったのに違和感を覚えながら立ち上がる。
「にゃ……心配したのにこの仕打ちにゃ……」
「心配……?まぁその辺はいいとして、帰るか……家どっちだっけ?まぁ適当に変な場所をうろうろしてればどっかの別荘には着くか……よっと……だからお前も飛びつくなっての……」
走って来たレイチェルの進路に拳を置いて突撃のダメージをそのまま相手に伝える技を使った今村は涙目になってその場に蹲るレイチェルを治しながら呆れた顔でそう告げる。
「こっちにゃ。」
マイアはレイチェルの心配などせずに今村の手を引く。そして最後に百合が飛びついて来た。
「お父様ぁ……」
「……まぁよしよし。落ち着け。」
「酷い格差を見たにゃ……」
百合だけ抱き止められた様子を見てマイアがそう呟き、レイチェルがそれに同意する。
「にゃんでみゃーたちは抱っこされにゃいのに……不公平にゃ!待遇の改善を要求するにゃ!」
「そーだそーだ……」
「こんなおっさんに抱き着いて何が楽しいのか分からんが……まぁ別にどうでもいいよ。好きにしろ。」
見た目20に届かない位の青年の言葉に見た目は十代後半で、二十歳前の少女たちが喜んで飛びつく。
「ぐぅぐぅ……ごろごろ……」
「きゅーん……」
「……私も何か甘える声を出した方がいいのですかね……?」
「そこまで律儀にしなくても……そんなことより道案内を……」
百合にそう告げた所で今村の顔が若干歪む。しかし、それはものの一瞬にも満たない時間だけだった。
「百合、あれは?」
「あ、はい……私がアルバイトをしているお店の店主さんです。その、お父様にお話があるらしいので……」
「そうか。初めまして。」
百合の言葉に今村は初めましての部分を強調して目の前に来た白髪の美少女に軽く笑顔で挨拶をする。彼女は何だか泣きそうな顔をしてそれに応じた。
「…………ハジメ、マシテ……白崎 菫です。」
「娘が日ごろからお世話になっているようで……そちらでの働きぶりはいかがですかね?」
「…………その、はい。よく……頑張って……」
百合は彼女を雇っている店主の様子がおかしいことに気付く。会話を開始した時からずっと今村と目を合わせないのだ。
日頃から百合に人と目を合わせるように指導している彼女が、だ。
しばらく雑談を交わした後、今村は立ち去ろうとする。だが、それを白崎が止めた。
「あの、久し振りの親子の再会と聞いております。その……私どもの雪の宿を貸切にして語らいなど……」
「いえいえ、そこまで面倒をおかけするわけにもいきませんし、おそらく家では既に夕飯の準備が済まされているでしょうので……」
帰りたそうにしている今村の意思を汲み取ったマイアが今村の袖を引き、レイチェルが一見自分の我儘を装ってこの場から脱すことをサポートする。
「にゃ~早く帰ろうにゃ~」
「…………お腹、空いた……」
(こいつら有能。)
「そうですか……百合さんもお料理が上達していますので、是非その腕を……」
「わかりました。では、そろそろこの辺で……」
「え、あ……はい……」
百合は白崎が上手く言ってくれないことを若干訝しみながら立ち去ろうとしている今村を追う。しばらく移動した後、後ろを見るとまだ白崎はその場にいて、こちらを見ていた。
(何なのでしょうか……?)
百合はそんなことを思いながら、今村の後を追って帰路に就く。久し振りの再会を前に、百合はすぐにその違和感を忘れて行った。
逆方向に動き出した白崎は訝しげに胸を押さえながら彼女の持家であり店である雪の宿へと戻って行く。
「……緊張……じゃない、のかしら……?」
以前、百合の父を見た時に感じたのは激しい動悸。そしてそれを彼女はプレッシャーによるものだと判断していたが今日は違う。
明らかに、笑った時に胸が締め付けられる感じがしたり、話している時にも目を合わせられなかったりと緊張とは違う状態だと自覚できたのだ。
それに、どうしても、どうしても初めましてと言う言葉がすんなりと口から出なかった。
「何なのかしら……」
そう呟くが、彼女の意識の中で既に答えは出ていた。ただ、それを認めるわけにはいかないのだ。
(あり得ない……だって、私には…………そうよ。それに、既婚者の方を……しかも、勤めている人の親よ……?その上、まだ2度しか会ったことがない……だから、これはあり得ないこと。違う。恋なんて……)
一度意識してしまうと、それが何度も浮かび上がる。
(違う、恋なんかじゃない!違う……違う……)
どれだけ否定しても頭の中では目から光を一切感じないあの顔を浮かべてしまう。目、以外は殆ど普通にしか見えない。その上まだ会った回数も殆どないのに幾つもの顔が浮かんでくる。
悩みながらそうしている内に、彼女は雪の宿に着いた。そこで彼女は来客の姿を目にする。
「おや、菫さん。お邪魔しています。」
「……え、えぇ……」
神野。一見すると単なる美形の優男だ。しかし、その実はこの世界におけるレジェンドクエスターズのトップであり、現在彼女だけでなく多くの美女を侍らせている。
現に、彼女の妹の祓やクロノなども一所懸命におもてなしをしていた。
しかし、今夜は違う。クロノは神野に食事を運んだ後、白崎の方に首を傾げながら移動して来た。
「……?何か、いい匂い……紅茶?……優しい匂いが……あれ?何か、苦しい……何で?菫ちゃん、これ……何の匂い……?」
「……知らないわ。ただ、百合さんとそのお父様の回復を待つ間、お茶会はしてたわ……紅茶は、ダージリン……」
「うぅん。そうじゃないよ……その匂いじゃなくて……何?」
「どうかしました?」
おかしなやり取りをしている二人の方に神野がやって来る。クロノと白崎は訳の分からないまま下手な説明をするが、神野にはそれだけで十分だった。
「……皆さん、洗脳を受けているのでは?」
「洗、脳……」
白崎の復唱に神野は頷く。
「えぇ、会って間もないのにそれだけ強く意識するなどおかしな話です。皆さんの美しさにその男が思考誘導をしたと……そう考えられませんか?もしや、それすら考えられないように思考誘導を……」
「……確かに、おかしい……」
「……菫さんをして、全く察させないと言うあたり、随分な手練れだと思います。その人と、話をしに……いえ、もし決裂した場合を想定して皆さんを連れて行きましょうか。全員が騙されるということはないでしょうし、これなら大丈夫なはずですよ。」
神野の案に全員がよく分からないまま頷いた。取り敢えずスケジュールを合わせることなどの話に入る中、神野は内心で嗤う。
(今村……俺をこの世界に引き込み、そして過分な仕事を押し付け人権を剥奪し、捨てた男……貴様はこれで終わりだ……愛された者たちに殺されて死ね……)
微妙な顔をしたまま作戦を立てる面々を見て、今宵は良い酒が飲めそうだと思いながら彼は口出しを始めた。




