14.省略
「……っ!仁!」
薄暗い船内で目を覚ました瑠璃は少しの間の後に跳ね起きた。そして周囲を見渡してすぐに艦内を探し回る。
「仁……仁ぃ……どこ……?どこぉ……?」
艦内は外の情報を全て遮断しており、瑠璃の能力、いや、この世界の武術特化の力では外の様子を察知できない。
瑠璃は半泣きになりながら全力で迷路のような艦内を探し回った後に遊馬少年以外は誰もいないことを確認する。
「いてて……瑠璃さん、ここ「仁を知らない!?」い、いえ……知りません……相川さんですよね?」
「外に……あぁもう!迷路邪魔ぁ!」
今来た道がどのような道だったのか既に覚えていない瑠璃はどうしようもない焦燥感と共に上方へと向けて全力で攻撃を行った。
「っつ~……固い……」
だが、それで破れたのは階層の3つ分程度だ。瑠璃は自らの手が血塗れになるのを治しながら上階へと跳び上がる。
「ふぅ……ふぅ……早く治ってよ……」
瑠璃は治しながらそう呟く。全力でなければ階層を破るほどの力が出せないと見て、無茶をして失敗するのは更なる時間のロスだと判断したのだ。
「『天破崩拳』!っ痛っ……うぅ……」
無茶な回復と怪我を繰り返す中で瑠璃は遊馬少年の言葉なども耳に入らないまま上階へと向かって行き、そして十何度目かの挑戦でようやく突破した。
「はぁっ!……」
瑠璃は回転しながら甲板に降り立った。そこで見た物は全身血塗れの今村と体中を傷まみれにした彼女の父親、そして決して相容れないとされていた殺神拳のトップ、2人の姿だった。
「な、何、これ……」
「瑠「六十六之型『神威』!」ぐ、ぁ……ぬかった……」
「二十三之型『速死月』!」
「ぐっ……しま……」
瑠璃の声が聞こえた瞬間、刹那にも満たない時間だけ気を取られた遊神と【苛烈なる者】の両者を斬り捨てた今村は血を吐いて笑う。
「……ラッキー…………げほ……」
「……馬鹿息子と、阿呆爺が……まぁ、ここまで弱らせれば事実上、用済みでもあったがな……」
瑠璃はその男が【激甚なる者】であることを認めるとすぐに戦闘態勢に入り、今村の隣に立つ。彼の髪は既に黒髪に戻っており、体内に残っている魔力も見当たらなかった。
「何、何が……と、とにかく、ボクが時間を稼ぐから……」
「……邪魔。」
「引っ込んでおれ、遊神の小娘……」
両者の殺気と闘気を全力でぶつけられた瑠璃はいつも今村に向けている優しげな目から一転して冷たい目に変わった。
「仁、今、自分の状態分かってるの?」
「……生きてるのが軽い奇跡だな。流石に『白髪鬼』が切れると……だが、まぁここで退くわけにはいかんよなぁ……?」
口の仲間で血塗れな今村は歪んだ笑みを浮かべ、紅い血で彩られた歯を露わにする。対する【激甚なる者】はほぼ無傷で氣を練っていた。
「休んで。ボクがあの人の相手をするから……」
「フン……【本允坊】ならまだしも、遊神の小娘如きが我の相手?笑わせてくれるな……」
対峙して睨み合う今村と【激甚なる者】の内、瑠璃は今村の体勢を崩すとその場に座らせる。
「戦いたいのは分かるけど。もう無理だよ。休んでて?」
瑠璃は【激甚なる者】に最大限の警戒を払いながら困ったような顔でそう今村に言うが、今村はふと思った。
「……いや、俺別に戦いたいわけじゃないんだけど……試行実験はするし、生と死の狭間で遊ぶのも好きだが……」
「……じゃあ、尚のこと休んでて?」
瑠璃の一言に今村は頷いて術式の解除を行い、臨戦態勢も解く。
「……そうだな。若干ハイになってた。反省。遊神さんの時点で殆どの技を試し終わってたし……蠱毒の術も解除するか。瑠璃。俺今から倒れるからお前が負けたら俺も殺される。よろしく。」
「う、んにぃっ?待って、逃げてよ!ボクじゃ……」
瑠璃の言葉を待たずに今村はその場で寝た。それを見て【激甚なる者】は哄笑を上げる。
「クハハハハハハ!楽になったのぉ……小娘一人を縊り殺して、後はそこの小僧を殺すだけじゃ……逃げられんぞ。」
笑顔から一転して鋭い目を向ける【激甚なる者】。瑠璃は逃げられないことを悟ると眠っている今村に微笑んだ。
「…………ホンット、仁は何考えてるのか分かんないなぁ……最期まで、分かんなかったよ……でも。」
瑠璃は口付けを交わすと顔を上げて【激甚なる者】を見据えて言った。
「絶対に、守るから。」
「ふん。やってみろ小娘が……」
瞬間、両者の神速の攻防が繰り広げられる。それに驚いたのは【激甚なる者】だ。
「ほう。儂に付いて来れるか小娘……」
一撃で決める予定だったのだが、連撃になってしまいそれが一段落したところで再び距離をとって瑠璃にも警戒を払う。
だが、この場で更に驚いていた神物がいる。
「……え、何これ……?」
当の本神である瑠璃だ。彼女は自らの能力値の異常な向上に驚いて軽く目を見張る。
その様子を見て【激甚なる者】は察した。
「成程、偶発的な物か……ならば慣れる前に殺す!」
「……えっとね?」
光すらをも置き去りにするかのような踏込からの流れるような動作に対して瑠璃は困ったように手を出してその動作を止めると【激甚なる者】に告げた。
「……何か良く分かんないけど……ごめん。」
「馬鹿……な……」
何百年も積み上げて来た武の研鑽……いや、彼の先祖から延々と積み重ねられてきた垓年をも超える武の研鑽が根本から否定された顔をして【激甚なる者】は瑠璃から離れる。
瑠璃も困ったような顔をしていた。彼女とて天賦の才はあれど武の世界に身を置き、何十年も研鑽をしてきた女神なので努力をあっさりと踏み躙ることに戸惑いが生じるのだ。
「くっ……かくなる上は、殺神拳の奥義を以て肉体改造を……」
「……うん。」
瑠璃はあまりにもあっさりとしており、おそらく全能力を集中してようやく7対3程度の力量差になるかな……と判断してちょっと待つことにした。
しかし、それは許されなかった。
「いや、目の前で変身とか笑わせてくれるね。うっかり瞬殺しちゃったじゃないか……」
「な……【本允坊】ぉおおぉおぉっ!」
眠っていたはずの今村が【激甚なる者】が変化している間に背後に回って心臓を素手で貫いたのだ。
「……起きてたんだね。」
「あたぼうよ。人に自分の命を任せられるような化物じゃないんでね。隙あらばぶっ殺そうと思って横になってた。」
憤怒の表情を浮かべて叫ぶ【激甚なる者】の首を刎ね飛ばしながら今村は瑠璃に笑って応じて両手を上げた。
「ウラーっ!目標達成!はーっ……疲れたぁ……ぃやっは……マジキツいね……流石は武術大世……300回は死ぬかと思った……一日で1000の致命傷を負ったぜ……」
その場に倒れ込む今村に瑠璃は駆け寄り、抱き止める。
「……色々言いたいことがある。」
「ん?」
瑠璃は法術で今村の体をまずは清めながらそう言った。
「あぁ、今の状態?……この歳で言うのもこの顔で言うのもアレだが……『プリンスキス』っていう術があって……まぁ、色々あって俺それが永続的にかかってるんだよね……その所為。」
「それも気になるけど!何で……」
瑠璃が今村に文句を言おうとしたところで今村はすでに限界を迎えており緩やかに意識を失った。




