4.自己紹介
「えっ、あっ……と……どうも?初めまして……」
「あぁどうも初めまして。否定する時間がなかったから今、否定させてもらうがこいつの夫でも何でもないただの化物である今村だ。」
「えぇっ?」
困惑している少女に今村は普通に挨拶をしつつやはりダメージが大きかったらしく、叫んだ後に倒れてしまった青年のことを介抱してみる。
「あ、あの、瑠璃さん……冗談なんですか?」
「ううん。ボクの中では旦那様。いつか結婚する。」
瑠璃の返答に少女は再び今村を見るがどう見ても彼女の伯母と釣り合っているようには見えない。
なので少女は思わず瑠璃に尋ねた。
「……あの、何か騙されてるのでは?」
「は?」
瑠璃が放った怒気に少女はすぐに居住まいを正す。今村はそれを軽く庇うように瑠璃を窘めた。
「そう思うのも当然だろ……俺だって何でそうなったのかよく分かんないし……威圧はするな。」
「でも……」
「瑠璃姉さんの怒る所初めて見ましたわ……」
「ボクだって大好きな人を貶されたら怒るよそりゃ。」
そんなことを言う瑠璃を信じられないモノを見る目で見る少女。彼女と一緒に居た瑠璃は基本的に優しく、そして時に凛々しいしっかりもののお姉さんであったのだ。
それが今、見る影もない恋する乙女みたいになっている。
「お、復活したか……」
そんなことなどお構いなしに倒れた少年のことを見ていた今村は少年が立ち上がったのを見てそう漏らす。
(……基礎だけみっちり詰め込んであるなぁ……打たれ強いし、回復も早いな……いかにもあいつらの仕込みっぽい。こんなに真面目によくやるよ……)
そんなことを思いつつ今村は過去に取った自分の弟子たちのことを思い出す。
(みんな裏切りまくったから殆ど殺したけど……こういう風に地道に育てればどうなったんだろうかね。……まぁどうでもいいけど。)
「はっ!いてて……あ、あなたは……一体?」
「……あれ?さっき言ったんだけど。まぁいいや。俺は今村。化物だ。」
「ボクの未来の旦那様だよ。」
瑠璃がしつこいので今村は瑠璃を睨みつけるが、瑠璃はにこにことしたまま今村の視線を受け止める。
「ちっ……あぁ、あの戯言は気にしなくていい。あいつ頭おかしいんだ。」
「……え、もしかして相川 仁って名前の……?」
「……そう名乗ってたこともあるが……何でその名を?」
過去、この世界に居た頃は今村は自分のことを相川 仁と言っていた。そんな昔の名前を出されて今村が訝しげな顔をしているとその少年は朗らかに答えた。
「麻生田師匠が昔話をしてくれた時に……って、そうだ!師匠たちは何で……」
「何かムカつく視線を俺に浴びせて来たから。取り敢えずノシといた。こいつらが目を覚ます前には帰る。」
今村はそう言って倒れている4人の方を軽く指す。彼らは瑠璃によってきれいに別室の目立たない場所に避けられて押し込められていた。
「……えぇと、麻生田師匠口は悪いけど会いたがってましたよ……?」
「俺には関係ない。つーか、今の俺は今村仁だから。相川だった俺はきちんと死んだ。」
「えぇ……」
自分で言って頷く今村に少年は何とも言えない顔をした。そんな彼に今村は尋ねる。
「こっちは名乗ったぞ。お前誰?」
「あ、遊神流の1番弟子の遊馬 颯太です。」
そんなことを言いながら挨拶を済ませていると屋敷の奥から別の人物が出てきた。
「凛……ボク、お腹空いた……」
「アヤメさん!服はちゃんと着てくださいって何度も……」
「だって……っ!?」
だらしなく着崩した寝起きの美少女は何か言い訳を言いながらこちらに近付いて来ようとするが、その途中で睡眼に何かを見つけて挙動を止める。
「ぁ、う……着替え、着替えてくる!待ってて、にぃに!」
「へ?」
瑠璃の姪っ子は信じられないモノを再び見たとばかりに変な声を漏らしてすぐにいなくなったアヤメを見送った。そして今村の方を見て尋ねる。
「……にぃに?」
「……先に言っておくが……俺はその呼び方について言及せんぞ。」
「アヤメは仁が拾ってきた子どもだからねぇ……色々あって懐いたんだ。超ブラコンだからボクより酷く残酷だよ。気を付けてね?」
今日だけで何度目の驚愕かわからない瑠璃の姪っ子と遊馬は空いた口がふさがらないと言った風に佇んでいた。
「にぃに。預かってた物……」
いつの間にか戻って来ていたアヤメは今村にそう言って小さなお守りと鈴を渡してくる。
(…………?………………あ、思い出した。これを預けるからちゃんと良い子にして待ってなよって言って渡した適当なストラップだ。どうしよ。正直要らんな……)
まず本人自体を思い出すのにしばらく時間を要し、そして何があったのかも忘れていた今村は一先ずそのストラップを良い子にしてたらしいからあげると押し付けておく。
そして無邪気に喜ぶアヤメを呆然として瑠璃の姪っ子は眺めていた。目の前で喜んでいるアヤメは彼女にとっていつもミステリアスで不思議な魅力を備えた女性だったのだ。それが現在崩壊している。
「にぃに……アヤメ、もう20歳越したよ。子ども産める……」
「よかったな。」
一頻り喜んだ後、急に冷静になってそんな報告をしてくるアヤメに今村は適当な返事を返す。だが、アヤメはそれだけでは不満のようだ。
「産めるよ……?据え膳……」
「埋めるぞ?『落果掌』」
庭に巨大な穴を開けてそう言うと不満気な顔をしたままであるがアヤメも引き下がった。そんなやり取りを心底不気味な物を見るかのような目で瑠璃の姪は見るが、遊馬の方は感動していた。
「凄いなこの人……遊神3トップの内2人を……僕も凛さんを……」
「ほう。何か面白そうなこと言ったな?」
「っひぃっ!?」
何の気配も感じさせずに背後に回られて遊馬少年は変な声を上げる。そんな今村のことを放置して瑠璃とアヤメは今晩はお手製のご馳走にしようとして瑠璃の姪の凛に必死で止められる。
「……ふむ。あれならこっちの話は聞こえんだろ……さて少年。遊神 凛のことが好きだと聞こえたが?」
「え、あ……そのぉ、そんなはっきりと言うのは恥ずかしいと言うかなんというかその……」
「あ、その程度か。」
今村がそれだけ言って冷めた目で見ると遊馬少年はむっとした。
「察してくださいよ!好きですよ!現に告白みたいな物だってしようとしましたし……」
「……もしかして、遊神さんに邪魔された?」
「……その通りです。」
今村は酷く楽しそうに笑った。
「そうか。」
「な、何ですかその笑みは……」
「色々。ちょっと気が変わった。この世界に少しだけ滞在しようか……」
面白いおもちゃを見つけた時の子どもの笑顔と悪魔がカモを見つけた時の邪悪な笑顔を足した顔で今村は歪んだ笑みを浮かべてそう言った。




