2.分からない
「……あー……いい家族してますねぇ、本っ当に……私もその中に今すぐ入りたいですよ……」
ある崖の中腹、水辺の近くで桃の花が満開の中お花見を行っている一家に妖艶な美女が羨望の眼差しを向けていた。
いや、彼女が遥か彼方、星の外から無理やり魔力の行使で見ているのはその一家の非常に若く見え、精々歳の離れた兄にしか見えない父親だけだ。
「……いつか、私も先生と……私の娘を大量に連れて毎月行事で楽しく……そのために今は仕込みの時間ですよっと……」
そう言い残してその美女はゲネシス・ムンドゥスから去って行った。その直後にその場所は小さな何かによって滅多刺しにされる。
「……百合、急に釘刺し魔術なんて使ってどうした……?」
「いえ……ちょっと、何かいた気がしたので……」
「そうか……まぁいいや。そんなことより飯を食いに行こう。」
お花見は基本的にきちんと花を見るタイプで軽食しか摂らず、多種多様の花の中で百合と遊んでいた今村は立ち上がって別の場所に向かって飛翔した。
「最近、俺が知らない間に何か凄い料理屋が出来たらしいからそこに行ってみようか。俺が昔軽いお料理教室的なノリで料理を教えたドミグラースとか言う奴がいるんだが、そいつに勝った幻の料理人とか言う奴がいるらしい。本人が泣きながら謝って来た。」
ドミグラースはその昔、今村が白崎に連れられてダンスパーティに行った時の料理人だ。彼はこの世界で1番の料理人に成長していたが、今村が居なくなった2年後に誰かに負けたらしい。
「ドミグラース……?美味しそうな名前ですね。」
「うん。」
よく分からないと言った顔の百合を背負ったまま今村は目的地に着いた。店の名前は雪の宿だ。
「いらっしゃいま……せ?」
「予約した今村だ。」
「……こちらにどうぞ……」
入店した瞬間、今村は帰りたくなった。ウェイターの格好をしている男装の麗人が見覚えのある人物だったからだ。
「うわぁ……お父様、あの人美人さんですね……」
「……まぁ、そうだな。それより百合。何にする?」
今村はその怜悧な顔立ちをした白髪の美少女のことは気にしないことにして百合にメニューを見せて尋ねる。
「お父様は何にされるんですか?」
「俺は普通のAコースメニューでいいな。」
「じゃあゆりもそれがいいです。ベル振っていいですか?」
今村が首肯すると百合はベルを振る。このテーブルの範囲と厨房内で涼やかな音が鳴り、白髪の美少女がすぐに現れる。
「ご注文がお決まりですか?」
「……Aコースメニュー2つで。」
「畏まりました。紅茶とコーヒーはどちらになさいますか?」
二人に尋ねるように見せて今村の方をじっと見て来るそのウェイターから今村は目を離して百合に尋ねる。
「俺は紅茶だが、百合は?」
「私もお紅茶で……」
「畏まりました。それでは少々お待ちください。」
ウェイターが離れていくのを見届けて百合は今村の方を伺いつつ尋ねてみた。
「あの、あの方……お父様の方をじっと見ておられましたが……」
「やっぱそう思うよなぁ……何でだろう……何かついてる?」
「いえ……」
完全に記憶を失ったはずの人物が自分のことをじっと見る。そのことを今村は少々不思議に思いつつ果実の匂いがほんのりとする水を飲んで料理を待つ。
「!コロル?大丈夫?」
「……ぁ、れ……?何で……?」
厨房の方から金属が落ちる音と玲瓏で聞く者を魅了する美しい声が聞こえて今村と百合は待ちながら話をする。
「何かトラブルですかね……?」
「まぁどうでもいいけど、落としたお玉か何かはきちんと変えてから使って欲しいよな。」
「それは流石にお店ですからきちんとすると思いますが……」
厨房の方から聞き覚えのある声がしつつも今村は気にしない。完全に繋がりは絶たれているのだ。今回は偶々遭遇してしまったが、これから二度と来ないことにして百合との他愛ない会話に花を咲かせる。
「にしても遅いな……?それと百合、そんなに水ばっかり飲んで大丈夫か?」
「はい。」
「……まぁ俺と同じような体質なら何しても問題はないだろうが……」
「大変お待たせいたしました。こちら、天野菜とエンペラーサーモンの冷製カルパッチョとなります。」
しばらくして料理が出てきた。再び視線を感じつつそれを無視して百合と今村は食事を開始する。
(……ドミグラースはこの程度に負けたのか?確かに見栄えは良いが……サーモンの切り方に乱れが見られる。その所為でソースが滑らかに流れずにその場に留まることでサーモン自体にある割と強めの鹹味とソースが必要以上に絡まり合って諄くなってる。)
そんなことを考えている今村に百合は笑顔でこう言ってきた。
「美味しいですね。」
「ん。そうか。よかったな。」
なるべく同意の意味をこめつつそうに返してその他の料理を食べる。基本的に美味しいと言うことは間違いなく、また見栄えも非常に綺麗だった。
しかし、今村はいくら量産品であってもこの程度の料理にドミグラースが負けたのか……と若干ため息をつきたくなる。
「ご馳走様でした。」
「うん。じゃあちょっとしてから出ようか。」
今村が食べ終わった後に百合も食事を終了して今村は彼女を少しだけ食休みさせることにする。
「こちら、食後の紅茶になります……それと、本日、お料理を出すことが大変遅くなりましたのでお詫びとしてこちらの中から何かご注文がありましたらサービスとしてお付けします。ミルフィーユはいかがですか?」
「百合、いる?」
「ゆりはお腹いっぱいなのでいいです。」
「じゃあいいや。」
今村はウェイターの勧めを断った。だが、それを受けてウェイターは困ったような顔になる。
「あの、でしたらお持ち帰りなど……」
「いや、そこまで気にしなくていいから。」
百合の方を見て別に欲しくなさそうだなと感じた今村が拒否すると何故か店側が渋々と言った態で引き下がった。
「会計を。」
「……はい。」
「たっだいま~……ぁ?お客さ……」
百合が動いても大丈夫そうだと思った今村が会計を済ませようとすると明朗な声が響きながら厨房の方が騒がしくなる。
「……あれ?クロノ……何だか……とっても、悲しいよ……?あれ?何で?」
「分かりません……わか、らない……」
「何だこの店……会計を。」
厨房の方から聞こえてくる声に今村と百合はすぐに席を立った。
「100Gになります……あの、次回来店いただけるなら今回は半額となるのですが、どうなさいますか?」
「そんなサービス何処にも……取り敢えず、結構です。」
百合は厨房の方を伺いながら今村のローブを掴む。尤も、厨房のことは本人からすれば何とでもなりそうなものだが。
「そうですか……ありがとうございました。またのご来店を心よりお待ちしています。」
「……ご馳走様でした。」
何となく不気味さを感じつつ今村親子は雪の宿を後にした。そして二人が店から出たのを見計らってウェイターの少女は扉の鍵を閉め、その場にへたり込む。
「……緊張したわ……今でも凄く胸が……」
「あの、お姉様……先程のお客様は……」
胸を押さえてカウンター付近の椅子に座りこんだウェイターである姉の下にその妹が厨房からやって来る。姉と同じ、いやそれ以上の美貌を持つ柔らかな美少女は現在、目を赤くしていた。
「コロル……分からないけど。多分もう来ないんじゃないかしら……」
「……予約の時、電話番号を……」
「何に使おうとしてるのかしらないけど、ダメよ。普通の我儘なら許すけど仕事と私事の公私混同は許さないわ。」
何故だかわからないが、もう来ないという言葉に酷く傷ついた顔をする厨房の妹。そして言った本人も何故か物悲しい気分になったがそれは何故か。二人は全く分からなかった。




