26.頑張ってモテましょう
「はい、ムラがある……で、これ以上塗りたくるとあいつの好きそうな清楚系のナチュラルメイクから外れるから最初からやり直し。……君らに任せると今日中にコンシーラーすら行けないかも知れないからもう俺がやるわ。」
そう言って今村はセイから離れ、彼女たちの顔にリキッドファンデーションで下地を作り終え、コンシーラーでシミなどを消すとフェイスパウダーを適量付けて溜息をついた。
「筋肉の流れに沿ってやればいいって。君ら顔の筋肉の流れも知らないの?それと手を止めない。内側から流れるように外へと続ける。その時は軽いタッチね。もう次に行くが……あぁもう失敗して全部やり直しとかなったら面倒だな。この後のシェードとか全部俺がやるわ一応サンプルと一緒にまとめたやつを渡しとくから。後は特訓して。」
眉を弄り、アイラインもちょっと弄ってからチークで顔色を整え、最後にそれらを合わせるように微調整をする。
「……で、その後の魔法は自分で掛けろ。俺はしない。やり方は今渡したやり方一覧の魔法陣に載せてある。」
「……この時点で魔法みたいなんですけど……」
「セイとか顔色悪いからな~まぁ白い肌にあこがれる人は羨ましいだろうけど、不健康に思われるし多少こんな感じにした方がいいよ。」
そう言って今村は次の講義に入る。ただ、これは自分でやるつもりはないようだ。
「アザトース!」
「マイアにゃ……今村さんいい加減にみゃーのにゃまえ覚えてほしいにゃ……」
「どっちでもいい。」
「……今村さんがアザトースっていう名字に変えるにゃらそっちの方がいいかも知れにゃいけど……」
「はっ。」
ずっと黙って化粧などを眺めていたマイアは今村に鼻で笑われつつも今村の近くに移動する。そんなことをしていると教室の外から白犬娘のレイチェルがやって来た。
「交代……」
「あ、ちょうどいい所に。お前もあざといし講師側で。」
「……?別に、いいけど……何?」
今村は講師となる白黒犬猫コンビの二人が並んだところで今まで見たこともないような美人の顔になった自分たちの顔に見惚れている生徒二人に声をかける。
「おいナルシスト共。今度はあざとい仕草の仕方をこの二人の観察で学べ。さりげなく、そして大胆に、尚且つわざとではない感を全面に出すという愛らしい動作だ。」
「にゃっ!?みゃーそんにゃことしてにゃいにゃ!」
「てめーは喋り方自体があざとい。寧ろ狙ってやってるとしか思えん。」
「私も……あざといと言われるようなことはしてない……」
抗議をしてくる二人に対して今村は入ってこようとしていた馬鹿息子で馬鹿弟子のマキを蹴り出して一瞬で二人の前に戻って来つつ答える。
「まぁ、お前らは天然物だからな……今から作るのは天然っぽい養殖だ。まず知るべきものは天然と養殖の見分け方から。それを知ることで完全な演技を目指してやろうか。なぁに……最後まで騙し通せばそれはその人にとって真実になるんだから安心してやれ。」
取り敢えず今村はこの世界で大量に買い込んだ本の内、女性に騙されない方法的な本類を大量に放出して読ませる。
「いいか?女性誌は基本読者が女だ。だからどういうのが男向きなのかについては当てにならん。調査した相手にも偏りが出るからな。」
「……あたしこんなに本を読めないんですけど……」
おずおずと手を挙げて来た虐めっ娘のジュナ。今村は文字通り一蹴して本を読ませる。
「うぅ……暴力反対……女に手をあげるなんて……」
「あげたのは足だ。……さて、そんなことより続きだ。データには様々な思惑が詰まっている。雑誌類は基本的に宣伝を主として行っているから内面とか動作よりもコーディネート系の外見を気にさせる。服、化粧、まぁそれを誤魔化すために時々テクニック的な物を入れるが……」
「専門書ばっかりにゃ……」
今村が出した本の一部を見てマイアが苦い顔をする。彼女はこれを使って何かしなければならないのだろうかと不安になっていた。
「まぁ、こいつらの動きをよく見るといい。まぁ大体からしてこいつらの場合素で色々やってるんだが……例えばそうだな……声とか。マイアの方は基本的に高めの声で、基本音程が『ラ』という状態になってる。」
「……にゃ?みゃーは別ににゃにも考えてにゃいにゃ」
小首を傾げて猫耳を横にして考えるマイア。そんな彼女の顔や猫耳を指して今村は続ける。
「これ。猫耳は付けられないから無理として、多少大仰な動きを見せる。ただその際に傾げすぎると変だからこの角度が理想。」
「癖にゃ……別に考えてにゃいにゃ……」
「つーか『にゃ』って臆面もなく言えること自体が凄い。」
「……今村さんみゃーのこと嫌いにゃの……?」
軽く涙目になるマイアを適当に慰めつつ今村は今度は白犬娘ことレイチェルの方を向いた。
「こいつは基本的にギャップな。はいまず声から。こいつの声はマイアに比べてちょっと低めだが、まぁ落ち着く感じになっている。」
「私はあざとくない……」
「言葉を発す時にちょっと溜めてること、そして無表情及び抑揚の薄さ。この状態からの急な切り替えが見せられるのがこいつの強さだ。」
「……そんなこと考えて私の事見てたの……?」
ジト目になるレイチェルに今村は時計を見て机の中から軽食を出した。
「っ!?これは伝説の魔店の限定パン……」
「……見てわかるのが凄いな……あげる。」
「っ!ありがとう!」
今村から笑顔で何だかよく分からない不定形のパンらしきものを受け取ったレイチェルは近くの席に座ると水の魔術で手を洗い、梱包紙を剥がして今村を見上げ、言った。
「いただきます。」
今村はこの時点で手を打った。
「はい、これがギャップね。クールキャラなのに、パン一つでこんないい笑顔で喜びはしゃぐ。で、楽しそうにパンを見ながらもきちんと手を洗ってお礼を言いいただきますも言う。がっつき過ぎると引かれるし、喜びの状態もあんまり喜ぶとわざとらしいが喜びを抑え過ぎるとそれほど嬉しくないのかと思われる。今のレイチェルが一番丁度いいから。」
「……普通にしてたのに……何か、恥ずかしい……」
「はい、この恥ずかしがっているところも注目な。」
この後今村は1時間近く白黒犬猫コンビの行動を徹底的に解析して受講生二人に指導を続ける。そして食事休憩を入れた所で今村は何だか疲れているマイアとレイチェルの方を見ながら考える。
(……さて、ついでに俺を嫌わせることができれば比較的楽にマギウスの馬鹿野郎を惚れさせる材料が手に入るが……)
「ま、負けにゃいもん……みゃーはあざといって言われても、これが普通にゃんだから……」
「……逆に考えると、魅力的に見えてるってことだから……頑張ろ?」
(ちっ……やっぱあそこのポンコツ2人を何とかするしかない。)
手を取って頑張ろうと言い会っている白黒犬猫コンビから目を放して膨大な量の情報を詰め込まれ、体に叩きこまれた虐めっ娘と虐められ娘の方を見ると何だか奇妙な連帯感が生まれていた。
「その、酷い事してて悪かったわね……あたしがパシってた分のお金は返すから。他の人の分はちょっと、あたしにもお小遣いの限界とかあるし、本人たちからは多分縁切られたから無理だけど……」
「ぅ、ぅうん……ぁの、私、嫌じゃなかったし、ここに居てもいいって、私、要らない子じゃないって思えてて、その、ちょっとだけ、嬉しかったし……」
「い、いや、あれは喜んじゃダメなやつだから。やってた本人が言うのもアレだけど……」
(……何かまかり間違えて百合になったらどうしよう。)
そんなことを考えながら今村は教室から空を見上げた。空は晴れ渡っており日差しが降り注いでいた。そんな日に照らされながら黙って白湯を飲んでいるセイをちらりと見て何となく晴れた空が眩しくてムカついたので今村は青空に向かって一筋の閃光を撃ち放った。




