20.精霊と契約
「……はぁ?う、嘘よ……だって……」
「勝手に決めつけんな。」
静寂を破ったのは当の精霊の方だった。今村の言葉が信じられないと言う風に狼狽え、今村に軽くムッとされて項垂れて大人しくなりつつ反論する。
「私たち……いや、私たちを創った神様でさえどうしようもない領域の外枠に来れる程の力があるのに、私の力なんて……」
「まぁそう言う問題じゃないから。はぁ……あそこ寒いからもう行きたくないんだが、君が契約を嫌がるならもう一回行くか。」
「えっ……」
呆気ない程に簡単に諦められて精霊は軽い絶望の表情を浮かべて顔を跳ね上げる。そんな彼女を置いて部屋から出ようとしている今村を精霊は止めた。
「わ、私は、契約したい……けど……」
「じゃあいいじゃん。はい。」
今村は彼女の前に左手の甲を差し出す。
「ま、待って。名前を知らないと……私はセイ。あなたは?」
「……まぁ今村で。」
「ちょ、ちょっと待ってね?さっきご飯食べたばっかりだから口の中とか気になるし、あそこで冷凍されてたから体洗ってないし、身支度整えて契約するから!あ、あな……ぃ、今村も、手の甲を綺麗にしてて!」
そう言うと精霊は慌ただしく身支度を整え始めた。今村はそれを見送りつつ術でやらないのかね?と不思議に思い、それはそれとして適当に体温で手の甲を殺菌しておき、本を読む。
「待たせたわね!」
「じゃあ契約。」
「えっと、契約の内容は……期間と、術の内容を決めないと……」
そう言って精霊は古びた羊皮紙のようなものを出して今村に提示する。その内容を見て今村は言った。
「ふむ……取り敢えず1週間かな。」
「え……割高だよ?10年とかはパッと見必要魔力多そうだけど、1週間で換算したらかなり安いから……それで言うなら生涯保障の方がいいよ……?」
「魔核ならたくさん落ちてるし。」
今村の落ちているは魔物が蔓延っているから適当に殺して魔核は掻っ捌いて手に入れると言う意味だ。
「で、でも!魔力の問題だけじゃなくて、期間に応じて契約の深度も変わって来るから……最短コースだと一番浅い術しか……」
「術が使えれば後は使い手次第だろ。」
今村の言葉に精霊はだんだん泣きそうになって来た。
「やっぱり私は要らないんだ……1週間で捨てられるんだ……私、浅い術だと弱いもん……本気も見せられずに結果を出せなくて捨てられるんだ……」
「……斬の4大精霊の癖に弱い?」
契約書に書いてある文言を読みながら今村は精霊に尋ねる。精霊は目を擦りながら頷いた。
「だって、昔はそうだったんだもん……大事な人と巡り合うために浅い術で感触を確かめて、合うなぁって思ったら深度を深くして……そして最後に生涯を誓った最深度の契約を結ばないとダメだから……今は、あな……今村しか、契約してくれそうな人いないから、全部出したけど……」
「へぇ。そう。でもアレだ。契約はしてもらえないかもしれんが結婚はしてもらえるかも知れんぞ。お前可愛いし。」
今村は精霊の世界では契約=お付き合いみたいなものだと判断した。と言うより契約に際する文言がそれそのものなのだ。
短い時間だと浅い術式になり手を取り契約を結ぶところから始まり、深度を上げるにつれ接触面積が増え、ハグになる。
それが一定ラインを越える中度の術式になると手にキスを落とし契約を結ぶところから始まり、最終的に口にキスをするところまで行く。
そして一生を誓える最深度の術式だと性交渉だ。契約者が死ぬまで一緒になる強力な術で結ばれる。
(成程。これは色々詐欺が横行するし、面倒だな。『机上の空論・精霊魔法の終焉』の仮説、弱いから廃れ始めたっていうのは外れだ。契約方法とその機密性に問題があった。)
今村がそんなことを考えている間に精霊は軽い調子で可愛いと言われたことで顔を真っ赤にして照れていた。
「か、可愛い?私、可愛いと思う?」
「鏡見て来いナルシスト。」
「ち、違うわよ!だって、初めて人に会ってそんなこと言われたんだから……ナルシストじゃないわ!……でも、今村……私のこと可愛いって思って言ったのに……キスしない……やっぱりお世辞なのかな……」
(……悪い奴じゃないんだが面倒な奴だなぁ……)
今村がそう思って無言でいると精霊は勝手に酷く落ち込み始めた。
「……まぁどうでもいいや。契約しようぜ。1週間で魔力値1万換算分な。」
「せめて、ハグさせて……私の本気はそれでも足りないから……」
「そしたら1月近くなるじゃん。」
「本当はキスしたいの!3ヶ月だよ?今なら3ヶ月分の魔力値を2ヶ月分の10万でいいから……」
「痴女め。キスしたいとか……」
「違うっ!私だってファーストキスよ!もっとロマンチックにしたかったもん!相手は……まぁ顔だけ……うん。イジワル!」
「顔?」
今村はその物言いに引っ掛かって鏡を持って来て顔を写……
「あ、いっけね。」
ほぼ条件反射で顔が写りそうになった瞬間拳を入れて割った。ほぼ反射の一撃は今村がマズイと思って声に出した時点で繰り出されており、今村は苦笑する。
「全身統制が甘いなぁ……つーか俺自分のこと嫌い過ぎだろ。まぁ愛してると言えば愛してるが。」
「……今のが何だったのか分かんないけど、せめて、ハグを……それで初層の最後の術式まで使えるから……」
今の出来事はなかったことにして精霊は続ける。今村は修理費として多少チップを弾むことにしつつ仕方ないとばかりに頷いた。
「10日。それ以上は譲れん。俺も少しやることが山積みだからな。」
「2週間弱……それが、勝負……」
言い忘れていたがこの世界は1週間が6日で1月は5週だ。10日と言われた精霊はその期間であればぎりぎりハグの範囲に差し掛かっているのでそれで妥協する。
「わかった……それで。」
「じゃあおいで。」
今村は両手を開いて彼女を招き、彼女はそれに従って今村を抱き締める。精霊の方は初めての契約、そして初めて異性と密着することで非常にドキドキしているが今村はほぼ無感情だ。
「『短き時を共に歩まん。力を分かち、栄光を、勝利を、富を!』」
「……俺別にそんなの要らないんだけど……まぁ勝ちはしたいかな……」
「……一応、私たちにとってこの文言って大事な所だから黙ってて?」
そんな感じで今村は精霊との契約を結ぶことに成功する。




