19.精霊さん
「精霊~トンボの別名じゃない方だぞ~本物の精霊だぞ~どこだ~?」
極寒の大地。
大地と呼べるのかどうかも分からない場所に今村は立って縦横無尽に精霊を捜索していた。
「……にしても外に行くにつれてだんだん変なのすらなくなって来たなぁ……取り敢えずこの世界の線ギリギリまで行ってみるが……」
今村が発す声は何も震わせないが周囲に聞こえる。現在、今村は魔力濃度すら薄れ始め、スノーワイト草も生えない位の寒い場所にいる。
「ん~流石に寒いぞ。こんなに寒いのは中3の冬以来かな……?まぁどうでもいいや。さっさと見つけなければ。」
空気中には振動する物質がほとんど存在しないので今村の声以外は何も聞こえない場所で今村は暇つぶしにそう言いつつ高速で駆けずり回る。
そして、見つけた。
「お、精霊の氷漬けだ。これでいいのかな?持って帰ろう。」
様々な封印術式が施され、そこら一帯の空間だけが黒く染め上げられ、捻じ曲げられている。その中には大小2対の透明の羽を持った可憐なる美少女が居て今村は少し助けるかどうか考える。
「……他に精霊はいないだろうか?動物型……せめて人型なら無性タイプがいいんだけど……まぁでも寒いしもういいか。ガチムチの男とかよりマシだし。……まともな感性なら俺のことをすぐに嫌って早期解放のために全力で目的を遂げさせようとするはず……うん。大丈夫なはずだ。うん。行ける気がしてきた。なら可愛い子の方がいい。」
そして今村はその氷漬け精霊に施された封印術式を視る。
「……うん。オート化され過ぎて切るの楽勝。これ……途中式を弄ってショートさせれば……」
1時間が経過した。
「はい終了。いや~流石魔導大世……思ったより奥が深かった。やっぱり甘く見たら駄目だね。」
封印のカプセル術式はは思いの外難しくて楽しかった。今村はそんな感想を抱きつつカプセルの中から出てきたほぼ無色透明で透き通り、存在感が希薄になっている精霊を背負った。
「……何か絵面が悪いな……睡眠薬飲ませて昏睡した美少女をお持ち帰りする図みたいで……つーか、帰り道が滅茶苦茶で面倒なんだけど……」
此処まで来るのに滅茶苦茶適当に進んでいた今村はこの外枠から出るのにかなりの時間を費やしてから外に出ることに成功した。
「ん……んぅ?」
精霊はその日の夜に目を覚ました。そしてしばらく無言で周囲を確認し、外枠で拾った不思議な物たちの解析をしている今村を見て視線が止まる。
しばし無言の時が流れる。精霊の視線に今村は気付いており、一度精霊の方を見たのだがすぐに目の前の物質の解析に視線を戻したのを見て精霊も何も言えなかったのだ。
そして放置される精霊だが、急に可愛らしい空気の圧縮される音が精霊の腹部から鳴る。それを受けて今村は作業を止めて言った。
「飯か……何食うの?文献通りでいいなら魔核はあるが……」
「ぁの……うん……くれるならもらうわ。」
何か口調が偉そうだった。今村は微かに眉を動かして外枠に行く途中やその中で狩った魔物どもの魔核を皿にばら撒いて精霊に食べ物を与えると静かに思考をする。
(……高飛車っぽい。これなら多少魔力をあげれば言うことを聞いてくれる奴らとかお菓子組の妖精たちに頼んだ方がよかったか……?いや、それだと目を付けられるからなぁ……でも俺こういう奴を見るとその驕り高ぶった精神をぶち壊したくなるんだよなぁ……まぁポイントが溜まったらと言うことで。)
「ね、ねぇ!」
「ん?」
僅かな時間の思考中に、精霊が今村に声をかけて来たことで普通の状態に戻された。今村は我儘ポイントの計測を開始しつつ何で声をかけて来たのか尋ねる。
すると彼女は透けている顔をほんの僅かに赤らめたらしく、やや落ち着きがない声で言った。
「いただきます……」
「あぁ、はいどうぞ。」
(律儀だな……)
口調は兎も角、根は良い子のようだ。今村が食事を促すまで一切手を付けずに待っていたその態度は我儘ポイントをマイナス値に少し傾ける。
「ねぇ……これ、全部食べていいの……?」
「まぁいいよ。」
「あ、ありがと……大事に食べます……」
(……そんなにウザい奴じゃなさそうだな。)
軽く頭を下げて食事を続ける精霊。勝手に下がっていた好感度を徐々に上げて行く彼女に今村は言った。
「ところで、精霊魔法の契約していい?」
「むぐ?……そーいう大事な話はご飯食べてからでいい?」
「ふむ。」
今村は食事中は食事だけをしたいという精霊の前に『机上の空論・精霊魔法の終焉』という本を出して一応おさらいをしておく。だが、彼女はその本を見ると険しい顔になった。
「……はぁ?何戯けたこと言ってんの?」
「因みにこの本によると君らが外枠に封印されてから現在でざっと600万年近く経ってるらしい。」
「600万年?600年じゃなくて?」
「まぁ読めばわかるだろ。」
600年でもそれなりに時間経過はしているのだが彼女たちにとってはそうでもないようだ。今村は本を前に出すが精霊は食事が終わってからじゃないと本はダメだと難色を示す。
(ふむ。まぁまぁ良い奴じゃないか。)
本は気になるようだが、貰った食事を大切に品よく食べる姿を見て今村の彼女への好感度は嫌いから普通に上がった。
「ご馳走様でした……ありがと。それ、読んでもいい?」
「おー」
『机上の空論・精霊魔法の終焉』を精霊に渡すと今村は何やら急に騒がしくなり始めた外をぼんやりと眺める。「聖女様が行方不明だ!」「草の根を掻き分けてでも探し出せ!」などと聞こえるので何か大変なことが起きたのだろう。
「……まぁ学校がきちんと開けばどうでもいいな……向こうは王族の誘拐でこっちは聖女を誘拐か……アレ放置してたら戦争だったんだなぁ……いや?待てよ……聖女とか言う奴は確かこの世界で最強の魔術師だったとか聞いた気が……?」
魔力値8兆スタートのインフレの象徴みたいな奴だったはずの人物。そんな人が今村が道案内させようとした程度の賊どもに捕まるのだろうか?
(……まぁいっか。戦争になったらなったでそこで遊べばいいし……)
「……何よこれ……私たちの存在全否定じゃない……」
「読み終わったか。」
かなり分厚い本だったが、彼女はすぐに読み終えたらしい。おそらく、統計資料やその他の様々な資料を全て飛ばして『机上の空論・精霊魔法の終焉』の作者が書いた論説だけを読んだのだろう。
その目は怒りと悔しさで涙が滲んでいるようだった。
「ねぇ、あなた……これ、本当に売れてるの?30万部突破って、本当?」
「いや、俺本屋じゃねぇしその作者でもないから知らんけど……まぁそのタイプの本としては近年において異例なほどの売り上げらしいよ。それの一般向け解説書とかもたくさん出てたし。」
「……そう。」
精霊は力なく項垂れた。食事が終わってからだんだんと色を取り戻しつつあった体がまた透けていくように感じる。
「……ねぇあなた。あなたはこの本を持ってて、何で私の所に来たの……?わ、笑いに来たの?効率が悪いとか、現代人の魔力にも劣る存在とか……」
「ん?ちょっと契約を結びにね。」
今村の軽い言葉にこの部屋に静寂が訪れた。




