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例外者の異常な日常  作者: 枯木人
第二十六章~魔法大世へ~
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3.センチメンタル

 薬剤の調合の音以外は無音の室内。時折、調合の為の参考資料や魔導書や禁書などの本を捲る音がそれに加わるその静かな世界は鏡から帰還した大妖怪の存在により一気に音を取り戻す。


「よぉ……どうだった?」


 調合の手を休めて今村は顔を上げ、鏡の世界から舞い戻って来た少年の姿をした妖怪、さとりに声を掛ける。その顔は至極幸せそうな物だったが、今村のことを認識するとすぐに真面目な顔に戻った。


「うん。色々な世界が視れた。ふへへ……」

「お前の欲望の世界はどうでもいい……あーもう自分で視た方が早いか……」

「最初からそう……って、え?何!?ごめんなさい!」


 今村が言った言葉に批判めいたことを言おうとして立ち上がってこちらにやってくる今村に怯えてすぐに謝る覚。だが、今村は別に脅かすようなことをするつもりはなく、彼の頭の上に手を置いただけだ。


「読むぞ。」

「ふぇ?」


 覚が何をされるのか分からないと言った顔になって今村を見上げた時には既に作業は終わっていた。覚はそこでようやく今村が何をしたのか理解する。


「記憶を読んだんだね!?」

「安心しろ。お前の変態天国の行った記憶は読んでない。しかし……変な所で純情ボーイだな。塗り薬とかそんな名目がないと触らないとか……触りたきゃそう言う世界に行けばいいのに……」

「読んでるじゃないですか!……って、そう言えば何作ってるんですか?」


 急に片付けに入った今村の様子を見て覚がそう尋ねると今村は軽く笑ってその問いに答える。


「何、ちょっと作っておいた方がいいかなと思っていた……もう要らないと分かった、ただのゴミだよ。」

「ふーん……」


 今村の言葉は殆どが取るに足らないというニュアンスで占められ、他に安堵などが込められていたが他人の感情に敏感な覚だからこそ分かる程度の非常に僅かな寂寥の念が込められているようだった。


 しかし、覚はそんなことなどお構いなしに今村が片付け始めた薬品の方をじっと見て今村に尋ねる。


「じゃあ要らないモノなら貰ってもいいですかね?」

「……まぁいいが……まだ完成してないし、もうそこから進める気はないぞ?だから半永久的に目立った効能なし……まぁ多少健康にはなれるかもしれないが……欲しいのか?」


 今村の言葉に覚は頷く。それを受けて今村は今滴定していたピンク色の液体をアンプルAと書いた小さな試験管に入れてコルクで蓋をして投げた。


「ほらよ。落としたら諦めろ。」

「流石にこれを落としたりうわっ曲がった!?危なっ!」

「シンカーだ。」


 試験管でシンカーのようなモノを投げると言う奇妙なことをやってのけた今村は片付けを済ませて覚を連れてこの屋敷の部屋から出て、世界から出て行くために移動を開始した。


 その間、覚はこのアンプルを誰に売るか考えていた。


(この魔王様が作る薬品って滅茶苦茶高いからな~ここまで来た小遣い稼ぎにはなるし、誰に売ろうか?あんまり遅くなるとこの人の記憶が消えるから早目で、尚且つある程度薬物に知識がある人じゃないと高値じゃ売れないし……)


「おい、そこ爆裂するぞ?前見て歩け。」

「今思いっ切り同じ所歩いてましたけど!?」

「……ちゃんと見てるならいい。」


 今村は覚が何か別のことを考えており、目の前のことに集中できていないということを分かった上で言ったようだ。覚は何となく今自分が考えていることは知られない方がいいと本能で判断していたのでバレなかったことに内心胸を撫で下ろす。


(危ないなぁ……この魔王様勘も鋭いからなぁ……それよりこれ誰に売ろう?候補としてはやっぱり「幻夜の館」の人たちだよなぁ……薬物に詳しくて金持ってるのはやっぱマキアさんかな……魔王様お手製とか言ったら高値で買うし。嘘はすぐにばれるけど……)


「な~んか変なこと考えてるよなお前……」

「ちょっと小遣い稼ぎしたいんで……」


 ギクッと身を強張らせる覚。今村の目の色が黒い死んだ目から変わって魔法陣が浮かんでいる。そしてしばらく目を合わせた後に目が戻った。


「その辺の雑草でも抜こうと思ってたのか?確かに全部価値があるが……多分お前が触れたら死ぬぞ。」

「分かってますよ。」


 再び前を向いて歩き出した二人。覚は今村の目からそれだけで自分の能力を超えるほどの力を感じ取っていたので内心で安堵の息を漏らす。


(まぁ、ウチの嫁さんのお願いだから何とかしに来たけど、皆この魔王様がいなくても楽しそうに暮らせるみたいだし……小金稼いでその金でお土産でも買って帰ろっと。)


 しばらく歩いて来た時と同じ場所に来た二人はこの世界を後にした。


















「さて、じゃあどうするかなぁ……」


 元の世界に戻って来た今村はそう言って執務室で溜息をついた。隣にいる白崎は仕事の手を止めて顔を上げる。


「……どうかしたの?私に出来ることはある?」

「……まぁ、気にするな。」


 今村は笑って自分の席に着く。白崎を見た時についでに内部を蝕んでいる術式を視てその情報をサブ思考で整理する。


(記憶腐食型。失われた記憶は朽ち果て、戻らない。そしてそれは更に進行していく……まぁ、俺に関してだけで生活には困らないだろうが……他に置換式。失われた記憶を現状に即して補完する。で、冷静思考。まぁ上手く組み合わさったものだな。常人化も重なってるし……他の術式は一見じゃ視辛いが…………)


「今村くん?何か……」


 しばらく黙って仕事にも手を付けない今村を訝しく思ったのか白崎は今村に声を掛ける。それに今村は何気なく一言答えた。


「頑張れよ。色々大変だろうしな……」


 そんな今村の一言に白崎は今村がいない間に開いていた会議の結果で開催することに決まったサプライズパーティのことがバレたのかと思いつつ取り敢えず首を傾げて尋ねた。


「何を?」

「……色々、だ。詳しく言ったら……まぁ、やめておこう。」


 白崎はこれ以上喋ると自分の方から口を滑らせかねないし、仮にバレているとしても今村はサプライズとして受けてくれるつもりなのだろうと自分を納得させて仕事に戻る。


 仕事に戻った白崎を見て今村は仕事の体制も最悪の場合を想定して多少は変えておかないといけないなと思いつつふと思った。


(そう言えば……何でこの世界だけ俺はこんなに発展させようと……)


 自分の仕事に手を付けて大量にこなしながらふと思った疑問に対して今村はすぐに何となく思い当たった答えに苦笑した。


(……案外、俺もこの世界とこの環境を気に入ってたのかもなぁ……個にして完結とか言ってたのに、俺も女々しい奴だったのかもな……)


 感情的になっている今村は何度も異世界に行ったり自世界に籠ったり引っ越そうとしたことをなかったことのようにして、そう思いながら目の前の書類を片付けていった。




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全盛期、相川だった頃を書く作品です
例外者の難行
例外者シリーズです
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