12.世界の狭間で対峙
「やっぱり許容量のオーバーか……」
「フム……世界を覆い尽くすほどの愛、か……しかも1つ2つと言う次元ではないじゃろうな……」
「つーか『概念喰い』が斬った物を惚れさせる変なのに変わってしまったな……」
今村と老スミスは柄尻がハートになってしまった剣の検証を行い終えて溜息をついていた。それを見て白崎が切り出す。
「一区切り着いたのかしら?」
「ん。まぁな。……これを大量生産して一回ゲネシス・ムンドゥスに帰ると言う手もあるか……?後顧の憂いを絶つべき……いや、もう二度と会わないだろうから大丈夫だとは思うんだが……それより戻って仕事をさせられる可能性が……」
「……いいかしら?」
色々使い道などを考えている今村はその剣を自らの力で複製して知り合い連中を切り刻む計画を立てるのを中断して白崎の方を見た。
「お、敵。……そうだな、一回封印してサンプルにするべきか……?」
「ちょっとは話を聞いてあげてよ……」
白崎は今村たちが作業中にずっと話をしていた相手、イヴのことを今村が見てすぐに武装して物騒なことを言ったので溜息交じりにそう言った。
「お、丸め込まれた?じゃあお前もて「違う!……違うわ。」ふーん。」
「お前ら余所でやってくれないか?」
敵判定されかけた時点でそれを察した白崎が強くそれに否定し、今村は冷めた目で両者を見ているとスミスから声が掛かった。
「……そうだな。ここは狭いし、外に出るか……」
「戦わないわよ?話をするだけだから……」
未だ疑いが晴れていない状態であることを肌で感じる白崎は何度も念を押して今村にそう言うが今村は目だけで冷笑して何も言わずに外に出た。
「…………信じてよ……」
その冷たい視線に心まで射抜かれた白崎はそうぽつりと呟きながら今村の後を追った。
「で?何か?」
白崎が世界の狭間に出て今村の下へと辿り着くと自分より後に出たはずのイヴと完全武装の不機嫌な今村が対峙していた。
口火を切ったのはイヴだ。綺麗なお辞儀と共に謝罪の言葉を口にする。
「まずは、本当に、申し訳ないです。仁さんを刺したことは言い訳できないですが、謝罪させてください。」
「要らない。で?」
今村の端的で鋭い返しにイヴは礼をしたまま身をギュッと小さくさせるように強張った。そして震える声で泣きそうになりながら言葉を探すが何も見つからずに俯いたまま黙ってしまう。
その様子を見て今村は不気味なまでに普通に尋ねる。
「それだけ?」
「ぁ……し、死んで、お詫びしま……」
「死んでも許さないよ?それで?死にたいなら勝手に死んでもらってもいいけど話は終わり?」
「…………は、い……申し訳、ありませんでした……」
嗚咽を漏らしながら大粒の涙をこぼすイヴ。今村はそれを非常に興味なさそうに見てから白崎の方に視線を移した。
「で、敵の友人さん。帰る?それともどこか別の世界に行く?」
「っ!」
自分を見ている眼が完全に冷めているのを肌で感じて身を竦ませる白崎。そんな視線に怒りを覚えるが完全に圧倒され逃げ出したいのを抑えるだけで何も言えない。
だがそれでもここで引けば何かが終わるとばかりに無理矢理口を開いた。
「ぁ、の……待って、話を、いい……?」
「そうだねー……3分?その後に質疑応答するから。それまで俺に言いたいことを全部まとめて言って。」
そう言って今村は白崎から目を離して大きな砂時計を召喚し、ひっくり返す。砂が勢いよく流れ始めるのを見て白崎は大きく息を吸った。
「ま、まず……その、イヴさんは、【全】っていう神様……に精神介入を受けてトランス状態に入ったの。完全に心神喪失状態だったのだから……今ではもう、まともになってるのだから敵じゃない……」
どんどん勢いをなくしていく白崎。汗を掻かない機械の体なのに冷や汗が流れているような感覚に陥りつつも抗弁を振るう。
「それに……少し、可哀想だと思って……話くらいは聞いてあげてほしいって、思って……それで……止めただけで、私は…………私は、敵じゃ……ない……」
この後も反応を見たり、アイキャッチをする所為でどんどん不安に、そして怯えが混じる白崎。最後の方は何とか声に出しているだけになった3分間が終わると今村は砂時計を破壊した。
その行為に二人とも身を竦ませる。対する今村は通常通り、緩く仕事をしている時の顔になって呟きつつ白崎の方に近付いた。
「んー……まぁ、3分必要だったかな……?えーと、白崎さん。いいかな?」
「………………はい……」
「心神喪失状態でもこいつが刺したことには変わりない。俺がムカつくからこいつは敵だ。さて、何か文句ある?」
「ないです……ごめんなさい……」
完全に負けている状態に入っている白崎。今村の言葉の余波でイヴははっきりと敵扱いされたことで絶望し、自殺を図った。
「あ、お前……勝手に死ぬの?」
「ひっ……い、いいえ……言う通り……言われたことをするので、これ以上、嫌わないでくだ……いえ……高望み、しません……」
目だけでイヴの意見を封殺した今村は溜息をついた。
「困るんだよねー……君さぁ、何で俺が態々殺しに行かないで封印したと思ってるんだろうね?……まぁいいや。……つーか、どうでもいいや。まぁ二度と会わないだろうからもういいよ……ぉ?あれ?……あ゛ぁ?」
通常状態から一気に不機嫌になる今村。その目は虚空を見ている。
「……ゴミ共がぁ……俺の艦に何してくれてるん……ふぅ……落ち着こうか……あいつらは、一応、良い奴らだった……ろ?」
不機嫌状態から殺意を溢れさせた今村は敵対者を見て自分の怒りを押し殺し始めた。その為に一度手を翳して顔を覆うと次に白崎やイヴが顔を見た時には普通の顔に戻っていた。
「……白崎。ついて来い。イヴも、一応便宜は図ってやる。」
嫌も何もなく白崎とイヴは今村の言葉に従ってその後ろに立つ。すると3人を今村のローブが覆った。
至近距離に顔があることでほぼ反射的に胸が高鳴るようになるイヴと白崎の二人だがその体の距離に対して心の距離は遠すぎる。
「『ワープホール』……」
3人は一気に別空間へと飛んで行った。
「っ!居た!」
「よぉ、貴様ら……まずはこれ。よろしく。仲良くしろ。」
無傷だが動けなくなっている森羅万象破壊丸の前に今村が現れるとそれを逸早く発見したアリスが周囲に聞こえるように大きな声を出す。
そんな彼女に今村はローブの中にいるイヴと白崎を放り投げてから囲まれつつ続ける。
「お前らの用件は……」
やる気なさそうに続けたものの今村はそこで不意に言葉を途切れさせると「幻夜の館」の執務室の音声と映像を投影して全員に見せる。
『仕事仕事仕事楽しい楽しい仕事あははははははひゃはひゃひゃひゃひゃうひゃひゃひゃはははははあははははっ!仕事だのじいよぉ!しごどぉおおおぉおおぉおっ!でもね、終わんないの。だからね……あははははっ!だぁかぁらぁっ!ずっと、ずぅっと一緒だよぉぉおぉおおぉっ!仕事たん!仕事タンはぁはぁ……仕事タンが可愛過ぎりゅぅうぅうぅっ!愛しいよぉおぉぉぉおっ!……』
執務室に固定された神野の声と部屋の中を覆い尽くさんばかりの書類の映像を切断して今村は言う。
「これを、この元凶となる仕事を、俺に押し付ける事だろ?」
「違う!仕事は私たちで頑張るから……ひとくんに帰って来てもらうの!」
「頑張ってもどうしようもなくなったから俺に押し付けに来たんだろうがぁあぁあぁっ!俺は働かんぞ!」
「じゃあそれでいいから!一生ヒモになって!」
「それも嫌だ。ある程度は働く。でもアレはごめんだ。」
我儘なことを言う今村。そんな口論の間に急激にエネルギーが集まっていることに気付いた。
「あ?へぇ……面白いじゃん……」
「……いいですか?私は先生の敵ではないですからね……?傷一つつけませんので……帰って来てもらうために、捕縛させていただきます!」
「白崎かな?合体のことを教えたのは……まぁないか。今教えたにしては準備が早過ぎるもんな。」
五行女神が降臨し、祓の姿を取っているのを見て今村は必死で首を横に振る白崎のことを視界の端に止めつつ口の端を吊り上げて迎撃態勢に入った。




