11.老スミス
ゲネシス・ムンドゥス 「幻夜の館」会議室――――そこは今暗い雰囲気に包まれていた。
「……その場に追いついていなかったので、はっきりとわかりませんが……その場に行けたメンバーの証言によりますと、先生の艦体には非常に高度なステルス機能が付いたそうです。この広い世界で……ど、どうやってぇ……」
「先輩……泣かないでくださいよ……はぁ、目的地の第1世界なんかに行かれたら私たちじゃどうしようもないですから早く行動を起こしたいんですけど!あまりにも動くのが遅いなら私勝手に動きますからね!」
祓が感情を抑えきれずに決壊するとマキアも苛立ち交じりにそう言い出して周囲の面々を叱咤する。
「……何で、いっつも……置いてかないでよ……いやだよぉ……みゅぁ……」
「……動くって、どうするの?イヴさんでも再召喚するの?もう遅いのよ……もう!何で……嫌だ……」
「あの人を~呼べば~来れるの~?じゃ~」
泣いたり怒ったりと情緒不安定な面々の中でフィトは過去に牢に閉じ込めておいたイヴを解放する。
瞬間
「ぐっ……」
「みゅっ!」
「仁さんにまとわりつく雌豚が一堂に会してるわ……消毒よ!」
戦う準備すらできていない状態だった面々、そして気分が落ちている全員がいきなり現れた黒髪の絶世の美少女に打ちのめされて地に伏せる。
「はっ!こんな事してる場合じゃない……仁さん……仁さぁん……イヴが今行きますからねぇ……?こっち?待っててくださいねぇ…………?」
そして暴威を振るった後すぐに我に返ったらしくどこかへと消えて行く。薄れ行く意識の中でそれを見た瞬間、彼女たちは立ち上がった。
「まだ、第2世界に……追わないと……!」
「移動中に回復を……」
「それより移動能力を!」
落ち込んでいた雰囲気から一転して彼女たちは慌ただしく動き始めた。そんな彼女たちにマキアは提言する。
「移動術式組みながら聞いてください。まともに行っても逃げられますから皆さん私の言う通りに……」
「老スミス!お会いしたかった!」
その頃今村はご機嫌で第2世界の端の世界、世界の果てにいた。
小さな世界、小さな星に唯一人で住んでいるらしい老ドワーフのような風貌をしたその老人は急な来客に己が鍛えた武器を携えて待ち受けるが、降りて来た男女二人を見て、まず先に降りてきた白髪の美少女に目を奪われ、次いで降りてきた男を見て戦意を放棄し、鑑定し始めた。
「……誰じゃ……?……その禍々しい氣、全てみな平等に無価値と雄弁に語っておる濁った眼……さては、主が【魔神大帝】……?」
「……まぁ、そうなんですけど……」
そんな濁った眼かなぁ?と思って鏡を見た瞬間自分の顔を見てムカついて叩き割った後に何事もなかったかのように今村は会話を再開した。
「『小刀扇』、この作品はいいですよ。使わせてもらってます!」
「……それは使い手の魔力を吸い取る『死冬扇』……いや、間違ってもそんな簡単に使う……まぁ、噂通りじゃの……噂通りと言うことは……もしや、主も武器を作ると言うのは本当か……?」
「まぁ、そうですね。」
今村は老スミスの言葉に頷いて最近作っていた「倍数系」と呼ばれる武器を召喚した。
「こっちから『サウザンドナイフ』『ミリオンダガー』『ビリオンソード』『トリオンニードル』『ジリオンランス』で……因みに白崎に問題。簡単だと思うけどこれの中で一番作るのが難しいのは何でしょう?」
「えっ?私?……えっと……普通に考えて一番多いランス……?」
「ふん。武器の武の字も知らんのか小娘。どう見てもこの刀だろうが……」
急に振られて面食らいつつも答えた白崎に老スミスが馬鹿にするような目で即否定した。そう言いつつもその目は武器から離れない。
しばらくして重々しく頷くと顔に笑みを浮かべながら今村の方を向き、最近作った刀を自慢げに見せて来た。
「いやぁ……眼福眼福……因みにこっちが儂の最新作、『概念喰い』で、まぁ名が体を表しておる。」
「ファルカタですか……握りの部分の蛇がいい味出してますねぇ……」
長く湾曲した剣を見てにやにやする今村とそれを見て頷くスミス。白崎は完全に置いて行かれているが、彼女は今村を見ているだけで楽しいので別に気にしていない。
「因みに振ってみても?」
「……まぁ、この刀を弄らせることと交換でどうじゃ?」
「お、どうぞどうぞ。」
承諾を得るとすぐにスミスは『ビリオンソード』の一本を見て、頬擦りして、舐めて、拭いて、砥ぎを始めた。
「ん~何斬ろ……お?おー何か都合良い所に来てくれた。」
「概念喰い」で何を斬るか悩んでいると不意に巨大な力がこちらに向かっていることを感じ取り今村は嗤う。それに遅れることしばしして老スミスもそれに気付いて顔を顰める。
「……厄介ごとは勘弁じゃぞ?」
「厄介になる前に、終わりますよっと。」
今村がそう言っている間に絶世の黒髪美少女が世界に割り込んできた。彼女はこの世界に入って来て今村を視認した直後に一緒に居る白崎を見て攻撃を仕掛けようとするがその僅かな時間で今村が両者の間に現れて止まる。
「ひ、仁さん……退いてくれますよね?メスが……「よっと。」……え……?」
狩り直前に武器を持って現れた今村を見てその絶世の美少女……イヴが戦うことはあり得ないと言った風に声を掛けて来るのを一切無視して今村はその豊かな胸に曲刀の刀身を突き刺した。
何が起きたのか分からないと言った風のイヴに対して今村は飄々とその剣を抜き取る。
「……ふむ。俺のことを好きだと言う概念を斬った……んだが、反応がないんだけどなぁ……老スミスの作品にしては珍しく失敗?」
「失敗なら普通の武器として動いておる。体の傷がないのが成功の印じゃ。にしても……その、女は……美人じゃのぉ……女誑しの噂も本当じゃったか……」
「それはない。」
真顔で否定する今村。軽く威圧してしまったのを反省してずっと警戒だけ続けていたイヴの方を見ると彼女は俯いたまま動いていなかった。
「……ん~」
「『概念喰い』はファルカタだが……本質は斬ることであって刺すだけだと、正しく喰えんのかもしれんな。」
「ほう。じゃあ。」
逆袈裟切りしてみる今村。すると持ち手の部分に違和感を感じたのでそれを見てみる。そこでは蛇が増えており、柄尻が目をハート形にした蛇を向い合せた状態のハート形になっていた。
「……スミスさんよぉ……これは……」
「……何じゃこれは……」
「こっちが訊きたいんだけど?」
「……わ、私……は……何て事を……」
今村とスミスが話をしていると沈黙を保っていたイヴが口を開いた。その声は震えている。
「っ……まずは、ひと」
「ん~……考えられるのは許容量のオーバーかな。」
「しさんに」
「信じられん……だが、現実に起きているのであれば、受け止めざるを得んのだろうな……これを造った時には最高傑作だと自画自賛し、一つ丸ごと世界を消し飛ばしたものだが……」
「謝罪を「うるさい。」……はい……」
「……星一つ食えたのにこの程度で許容量を超える……?じゃあその線じゃないのかね……?」
「いや、解析を……」
「ね、ねぇ……話を聞いてあげたら……?」
「「今忙しい!」」
「……えっと、じゃあそちらの方は今の内に言いたいことのまとめとか……しておいたらいいんじゃないかしら……?」
白崎が少し前に殺しに来た相手のことを気遣うとその絶世の美少女は目に涙を溜めつつ頷いた。
この後しばらく様子がおかしくなったイヴのことは放置された。




