7.ヒノヤギハヤ
「アハハハハハハハハハ!おじごどだのぢぃいいぃいぃぃっ!」
「……ん~……これ、もしかして……非っ常に不味いんじゃ……?」
マキアは椅子に括りつけられて涎をまき散らしながら仕事をしている神野を見て本人に対しての心配は全くなく、今村が帰って来ない懸念性があるために首を傾げていた。
「……仕事が滞ってるから来たんですけど……まさか代役とは……この方が3日分までは間に合わせたことが発覚を遅らせる要因でした……」
「排泄、睡眠、食事を全てこの椅子に管理させていたみたいですね……因みに納期が遅れたら食事は短時間で済むようにカレーらしいです。納期が遅れたら睡眠は不必要な体にされるらしく、仕事が終わってないのに別のことを考えていたら電気ショックです。」
椅子の解析をしていた職員の報告にマキアは溜息をつく。目の前では排泄に際する不快な音が聞えた直後にカレーが出され、見る者の食欲を失わせる。
「……カレーの匂いもしませんしね……」
「こんな不快なモノ見てる場合じゃないですよ!先生探さないと!」
今村が作ったり、市販されているルーのようなカレーの匂いではなく何かを発行させたかのような匂いがするカレーを流し込まれる神野を見ていた二人は彼のことを放置して緊急会議を開くことにした。
「おぢごどだのじぃ……おじごど……アハハハハハ!」
「……むっ。何かバレた気が……まぁしばらくは動けないだろうし、いっか。それより入国手続きしないと。あ、お前らは戦艦の整備な。」
「HAHAHAHA!了解だぜボス!サネルモをそっちのお嬢さんの胸みたいに落とさな」
「……さて、行きましょう?」
にっこり微笑みつつ手に持っていた鈍器の血を払って収納し、今村の方を見て移動を促す白崎。今村は血塗れになった船員を一瞥した後特に何も言わずに少し笑って頷いた。
「白崎って炎使えたっけ?」
そして白い空間を歩き出したところで今村は白崎に尋ねる。白崎は質問の意図は分からないが取り敢えず頷いておいた。
「……まぁ、それなりに……かしら?」
「1サネルモで普通の炎だったら大体給油中にマッチを10本入れてガソリンスタンド1つが爆破したくらいだが……」
「単位がよく分からないわ。」
そんな会話をしながら多数の乗り物と思わしき物質から続く白い空間の中に佇んでいる無数にあるスタンドの手近な方へと移動する。そしてそこから整理券のような物が発光されたのでそれを手にし、瞬時にテレポートが行われた。
白崎が気付いた時には入場口の窓口と思われる白炎で構成されている建物の前に立っていた。そして一拍置いてその白炎の建物の窓口員らしき溌剌とした美少女が挨拶を行ってきた。
「ようこそ!ヒノヤギハヤへ!今回のこちらへのご来世は観光ですか?仕事ですか?」
「観光で。」
「それでは入世料の徴収のためにこちらのサネルモへ炎エネルギーの注入をお願いします。足りない場合は物品での納入になりますがよろしいですか?」
「はいよ。ん~……白崎、何か色々買う?」
炎の刻印が施された黒く平べったい円形の石を手にしながら今村は白崎の方を振り返る。白崎はその間に受付をしている少女の顔の変化が非常に気になったが取り敢えず頷いておく。
「じゃあ……まぁ大体こんなもんかな?ちょっと余計に『黑ノ焔』でも入れておくかね。ちょっと行きすぎか?」
「ふわぁ……で、ではこちら入世料を差し引かせていただいて……1億5千万20サネルモになります。こちらこの世界の注意事項と、入世証明書、そして……大きな声では言えませんが、私の連絡先になっています。良い旅を!」
「んじゃ行こうか。」
チップとして端数を渡した今村に入って来た時の数十倍の愛想を振りまく少女の下を後にして、こちらにジト目を使ってくる白崎を連れて今村は再び徒歩で移動を開始する。
オレンジ色の炎が揺らめく野の中にある固定され、平らになっている少し柔らかい紅い火の道を歩き、ヒノヤギハヤへと進んで行くと沈黙を保っていた白崎が口を開いた。
「こうやって次々口説くのね。」
「……いや別にあれは……簡単に言えばこの世界でしか使えない金を観光って言いながら大量に持って来ていたから目を付けられただけだろ。20サネルモで大体ここのニンゲンが1日普通に生きていくのに必要なエネルギーだからな……1億って言ったら大体この世界全体の生活なら1日賄えるかな?」
「……そんなことしてたの……」
若干呆れの表情を見せる白崎に今村は頷く。
「別に減るもんじゃないしな。さっきこの世界の情報について仕入れた感じだとあの入口の人は公務員で、月6000エネルモで雇われてる。日数換算はお前の生まれ世界と同じだから……ま、1000年以上真っ当に働いても得られない金を観光目的で持って来た奴が居たってことだな。……と考えたら普通の奴ならちょっと声掛けしないか?」
それだけのエネルギーを別に減る物じゃないと言って適当に放り込む今村を何とも言えない目で見て白崎は溜息をつき、隣に並んだ。そして近くにある蒼炎を見て呟く。
「……燃え盛る火の中に進むにつれてだんだん涼しくなって来るって……何か奇妙な感覚ね……」
「冷炎か……まぁ俺暑いの嫌いだし。ちょうどいい。」
周囲の奇妙な光景を見ながら進んで行くと急に視界が切り替わった。色とりどりに燃え盛る炎。そしてそれに形作られる建物、そして人と思われる炎。その他にも様々な人種や知的生命体が賑やかに行き交っている。
その光景に思わず白崎は目を輝かせた。
「本当に、何か……ファンタジーって感じよね……凄いわ。」
「お、トマトが安い。キャベツ高くなってるよなぁ……」
「雰囲気をぶち壊さないでくれないかしら?……それどう見てもトマトとキャベツじゃないわよね……」
「……まぁ、認識にズレがあるだけ。お前は知らないだろうが俺にとってはこれはトマトの仲間でこれはキャベツの仲間。」
真っ赤に燃えている何かと緑炎を灯した葉物。それを手に取ってサネルモをその近くに翳した後に収納した今村は白崎に真っ赤に燃え上がる何かを渡して食べるように促した。
「本体は炎だし洗わなくて大丈夫だから。」
「……美味しいけど……独特ね。甘いわけじゃないし……トマトと言うには何か変だけど、これはこれで……言われたらトマトとわからなくもない……?」
初めて食べた新食感の良く分からないモノに白崎は首を傾げつつその炎を食べる。一応噛んで食べられるのだが、噛む必要はないそれを流れ込ませるようにして食べると二人は紅蓮の炎の道を歩く。
「さぁ~!寄ってらっしゃい!見てらっしゃい!おまけに1つ買ってらっしゃい!第2世界自慢の品揃え!寄らなきゃ亡損!見らなきゃ大損!買わなきゃ損損!良い品いっぱい!いらっしゃいませ!いらっしゃいませ!安いよ!安いよ!」
「……何となく雰囲気が壊れるのだけど。」
白崎が客引きをしている炎の精霊を見て憮然とする中、今村は彼が光沢のある固定された白炎の店の店頭で売っている物を見てちょっと面白そうだと寄ることに決めた。
「おっ!カップルさんご入店!新生活に向けての御入り用ですかい!?さぁならウチが一番です!お値段お安い物からすこぉ~し値が張るものまできっちりそろえさせてもらってます!お兄さん!そこの彼女に甲斐性見せてあげてくださいよ!さぁさぁ!他の方々!見てるだけじゃなく寄ってらっしゃい!」
店頭の精霊の言葉を一笑に付し鼻で笑って入店する今村の後姿を白崎は溜息をついて追い、店内へと入って行った。




