5.歓迎
「おめでとう!」
「……あ?」
レジェンドクエスターズの社長が辞任した後。
表向きは持ち株会社として独立し、財界においては常人派と銘打って登場した会社の社長である神野才は叙任式が終わった後に新しい執務室に入って不意に変な声が聞こえて首を傾げた。
(……気のせいか。俺ともあろうものが興奮してるんだろうな……)
此処までの道のりを思い出して笑みを浮かべた後に感情を吐き出すために大きく息をつく。彼は今村が突っ込み探しの旅に出た時に目的の人物が負け確実の戦争の最中で死亡したので、その代理として連れて来た男だ。
彼はこの世界に結構な重症のまま今村に投げ入れられ、一応レジェンドクエスターズの保護を受け、全治し仕事を貰っていたものの今村からは忘れられて放置されていた。
(使えない駒どもに苦労させられたが……これでそんな生活も終わりだ。まずはこの会社の奴らを味見してやるか……)
そんな嫌な笑みを浮かべつつ彼は上質な椅子に腰かける。その瞬間、3筋の閃光が走った。
「がぁっ?な、何だ!?」
彼自身が拘った個人用でありつつも適度な柔らかさを持つその椅子は彼が触れた瞬間、神野の両足と腹部を拘束し、机との間を拳一つ分に狭めて彼の目の前に大量の書類を召喚したのだ。
「な、何だこれは……?」
一瞬のことに唖然とする神野。取り敢えず書類の一番上の紙を取るとそれを見て眉を顰める。
「作成日が今日だと……?嘘をつけ!こんな量があり得るか!前任者の怠慢だろうが!くそ……仕事が終わらない限り拘束を続けるタイプの呪具だなこれは……前任者が無能すぎた所為で俺に対策を打ってきやがったのか……」
彼に対する対応策を今村が作り上げて持って来たのは予想通り事実で、作成日は彼の予想とは異なり真実だ。
「ちっ!終わらせればいいんだろうが終わらせれば!」
神野は苛立ち交じりに舌打ちして書類に取り掛かった。そして、それは地獄の始まりだった。
「さて、無事上手く行ったので、旅行です。まぁ夜逃げとも言います。」
「準備できたわよ。」
その頃今村と白崎はこっそり別の星にいた。術式を一切使わないで今村がいると誰にも気付かれないように白崎のプライベートジェット機での移動になっているので多少不便があったが、特に大きな問題はない。
そしてここからは今村の創った不思議な生体素材による世界間を移動できる戦闘艦での移動になる。
「空飛び世界を股にかける要塞と言えばこいつよ。」
「まぁ……取り敢えず何が何なのか分からないけど今村くんを信じるわ。」
「おぉ、任せろ。……まぁ、ちょっと乗組員がウザいかもしれんが……半殺しまでは可だがそれ以上は止めてやれ。」
そう言って今村は懐から一冊の写真集……『週刊 筋肉大冒険』を取り出して床に投げる。するとそこから2組の男女が現れた。
「お、ボス!おやおやこりゃまた別嬪さんをお連れで!ちょ、待ってくれよナンシー。浮気じゃないぞ?何で包丁で刺そうとするんだ?」
「愛刀を召喚するにはちょぉっと時間がかかるからよ?」
「……今村くん、これ、何?」
目の前で繰り広げられる茶番に白崎はジト目で今村の方を見て来た。今村は苦笑して答える。
「俺、大昔にちょっと全力である神を馬鹿にして常に超然としたトリックスターのキャラを崩壊させないといけない時があったんだよ。その時代に創った式神。おい、マイケル。この戦艦見たらわかるだろ?」
「勿論だボス。そこの嬢ちゃんを連れて船旅だな!はっは~お嬢ちゃん期待に胸を膨らませるといいさ。おっと失礼。膨らませるほどの胸がないか!」
「白崎、待て。」
無言でマイケルを消し飛ばそうとした白崎の肩を引いて今村は彼女を止めたがマイケルの相方の女性が溜息をついた。
「マイケル。デリカシーがないわよ?もっとオブラートに包まないと……ようこそ森羅万象破壊丸に。あたしはバーバラ。胸躍る旅を約束……できないけど……でも楽しい旅にはするわ!」
「白崎、落ち着け。」
胸躍ると言った後に失敗したと言う顔と共に胸を見て来たバーバラを吹き飛ばそうとした白崎を今村が止めると白崎はゆっくり、そして無表情に今村の方を振り返り言った。
「……今村くん、一応、言っておくけど私は自治区のサイズ規定ではBはあるわ。いいかしら?これは大事なことよ?Bで、Aじゃないのよ。」
「わかったわかった。一先ず乗るぞ?テメェら準備しろ。」
今村の一言に全員が声を揃えて従うとものの数秒で準備が完了した。
「ボス!準備できました!」
「じゃあ出せ。」
「Sir, Yes sir!出発だ!」
ジョージの号令に従って戦艦が浮くとそれは一瞬で浮き、後に残ったのは白紙の状態になった『週刊 筋肉大冒険』だけだった。
「……世界の間って、思ったより何もないのね。」
移動が始まってからしばらくして白崎は目の前に座って読書をしている今村にそう言った。因みにその本の表紙は『家族神話の崩壊 結婚制度の敗北』と言うものだ。
「まぁ、何もないわけじゃないんだが……」
本を閉じて白崎と会話するために上体を椅子から少し浮かせるとナンシーがこの場にやって来た。
「ボス。そろそろ第2世界近辺に着きます。……因みにこの世界間にあるものを例えるのなら、あなたの胸ね。ないわけじゃないけど……だからと言ってあると言う訳でもなアウチッ!」
「今村くん。半殺しまでは可よね?」
「……まぁ式神だから別に大丈夫……いや、普通銃で撃ったら半殺しじゃ済まないんだが、まぁいっか……」
何事もなかったかのようにしているナンシーに紅茶と手軽につまめる食べ物を持って来るように言うと今村は白崎に尋ねた。
「で、どういう所に行きたい?最終目的地はエクセラールに決定されてるがその途中のルートは無数にある。ご要望に応えるぞ。」
「私のお勧めはヤハグーヴァとグラーツェね。ここに行けばもう二度と背中とお腹を間違えられなアウチッ!」
「一度も間違えられたことなんてないわよ。そうね……今村くんがいつも飲んでる紅茶ってどこで仕入れてるのかしら?後、珍しい所にも行ってみたいわ。」
涼しい顔をしてナンシーを半殺しに出来る銃を使った白崎は今村にいつもの氷のような美貌を今村とプライベートで一緒に居る時以上に緩めて尋ねる。
「……ヒノヤギハヤとか面白いかな。俺も行ったことないから分からんが。又聞きになるけど……まぁ行ってみるか。あ、因みに俺の飲んでる紅茶は自家製。」
「ヒノヤギハヤ……そこにするけど、自家製って……」
「俺が創った世界で栽培してるってこと。そこは流石に立ち入り禁止な。お前が入ったとするなら……もって、3秒?毒性が非っ常に高い世界にあるかなり繊細なものだからなぁ……」
「そう……お小遣いで私の分も買おうと思ったのだけど……」
「まぁ、ヒノヤギハヤは結構大きめの交易都市だからあるかもしれないぞ?取り敢えず行ってみよう。」
と言うことで一行が乗る戦艦は一先ずヒノヤギハヤと言う世界を目指して移動を開始した。




