3.行き過ぎ
マキアは重々しい溜息をついた。
「……出来るなら最初からやっておいてほしかったんですけど……」
手元に回ってくる仕事の量が徐々に減って来ているのを見ながら彼女はそう呟く。他の部署も委任されるものが増えて来た。
「これ……本当に先生の所には確認位しかいかなくなるんじゃ……」
見ただけでカリスマがあると分かる上司が各部署に生まれ、各上司に熱狂的な支持者がおり、それを全力で支える。そしてその部署たちは足の引っ張り合いを
せずに全員が目的のために協力しているのだ。
「……しかも、先生と違って融和なんて考えてないから……」
今村はこれまでの社会との馴れ合いをやって、国内では卸売が多いのを許していたり生産などにも魔術を用いればコストなど自分で勝手に決められるものだが周囲の収穫高を予測する部署を作ってまで保護していた。
だが、彼女たちは違う。支社を増やして転送魔術で一気に送ることで中抜きをし、契約などを減らして雑務を減らす。
生産においては予測する部署を廃止し、値段を自社内での収穫量に応じて決めさせ、人手を他に回した。
「ん~……ちょっとマズイ気がしますねぇ……まぁ土地は多少あるんで生活保護を受ける人たちには自給自足の生活は保障できるんですけど……」
健康で文化的な最低限度の生活は全員が送れるのだが、問題はそれがそろそろ行き過ぎ始めていることだ。食料が無駄に余っている。
「……それに……この文明って欲が減ってますよね。」
今村の政策ではまだ勝てそうと思える穴があり、他の企業にもやる気が残る見込みがあったが、彼女たちがトップに立てば全てが効率化しそうだ。そんな社会は正の神々が作る世界と変わりない。
「それで先生が嫌だなって思ってレジェンドクエスターズが手を引いたら……この世界、終わりですねぇ……」
今村がここまでしか文明は進めないこれ以上は管理社会になると言ってマキアに渡していた資料のことを思い出しながらマキアは僅かに溜息をつき、それとは異なる資料のことを思い出して調べものに出て行った。
その頃、執務室の今村と白崎は戦争の話をしていた。
「……ん~さて、保守派を扇動して……」
「でもこれじゃあ戦力的に足りないんじゃ……」
戦争の目的は文明が行き過ぎないようすること。そのために「幻夜の館」からレジェンドクエスターズに就職せずに今の社会が好きだと言って社会に溶け込んでいる面々に種をばら撒いたのだ。
「いや、社内にも行き過ぎだと思う奴らは多いはず。特に上の方は分からないだろうが、下に行けば一般人と会話する奴らの方が多いから同情とかするだろうしな。」
「でも、戦力的に考えて今村くんの側近たちが強すぎるわよ……」
「そのための強化プログラムだろ。先に入ってる奴らの強化度を見たら短期的には問題ない。一時的な脅威を味わって行き過ぎに歯止めが掛かれば負けてもいいんだし。本部の一部に掛け合って負け組は別世界に転移予定だし。」
最近では仕事の量が減って来ているので今村も多少は動きやすい。それでも、今村は辞めることを決めていた。
「あいつら『館町』から外に出ないから社会がどうなってるのか分からないんだろうなぁ……秩序だった世界はまだいいが……正の世界みたいに行き過ぎは嫌なのを知ってるだろうに。」
「このままじゃ人間が邪魔になるわよね……敢えて留めていたのに。」
「でもそれを選んだのも人間だからなぁ……俺は文明開化の一歩手前までしか動かさないし……」
そんな感じのことを話していると今村は溜息をついた。
「……呼び出しだ。ちょっとの間、仕事を頼む。」
「?いいけど……どれくらいの間かしら?」
「分からない。悪いな。」
「えぇ……」
そう言い残して今村はワープホールを形成して別世界へと飛んで行った。
「おぉ。やっと来たな小童。」
今村は来て早々全裸で突撃して来たダークブラウンの肌をした幼女を顔面で受け止める。
「……全裸で、肩車を前から要求するのは、どうかと思うんですがねぇ?」
「そんなことより孫はどうだ?元気か?」
「玄孫でしょうに……みゅうですか。呼びますよ。」
話を聞かない幼女の頭の中に念話を叩きこみながら今村は目の前の存在の玄孫であるみゅうを呼んだ。
「パパ呼ん……ずるい!」
「お~……何か成長してないのぉ……そこんとこどうなんじゃ?」
「股座を顔になすりつけるの止めてもらえます?成長については知りませんよ。あんたらの生態なんて。」
「普通なら喜ぶべきところだろうに……」
そう言ってダークブラウンの肌をした幼女は今村の目の前に舞い降りた。その時にはきちんとしたチャイナドレスを身に纏っている。
彼女の正体は原神よりも前から世界にいると言われている旧神たちの1柱。原神たちの治世において個の力が強すぎたために世界から切り離された存在だ。
そして、特異点である【時空龍】のみゅうの曾祖母でもある。尤も、彼女の息子は力の発露による副次的な作用で生まれたため、その一族は意図して産んだものではないが。
ようやく離れて顔が自由になったところで今村はみゅうに目の前の存在の説明を行う。そしてそれを聞いたみゅうが取った行動は攻撃だった。
「みゅうの家族はパパだけなの!引取りなんていらないー!」
「ママになってやろうか?ん?」
みゅうの全力の攻撃を薄く笑いながら潰す幼女。幼い顔に蠱惑的な笑みを浮かべながら我関せずと脳内で戦争のシュミレートをしている今村の方を見た。その笑顔の魅力は原神級だ。
「みゅうがママなの!」
「おい、ぬしゃどんな教育を施したんだ?まぁ……別にいいが。」
「色々誤解が生じている可能性があるんだが、あれはエディプスコンプレックスを拗らせているだけで……」
「成程。この場合は愛しのパパを取られたくないと新妻に攻撃を……」
(あんた新妻って幾つだよ……)
言ったらかなり大規模な破壊活動を伴う交戦が始まるので今村は心内だけでそう思っておく。この世界が始まる前世界の時代から生きていると言われている彼女は今村に歳の話題をされるとキレるのだ。
「で、何で呼び出したんですかね?」
「久々に起きたからなぁ……暇だった。あ、ついでに定期報告だな。原神どもに誤魔化すのは飽きた。後20年位で止める。」
「ついでの方が一大事なんですけど。」
原神たちの探知に阻害を掛けている存在からの宣言に今村は結構深めの溜息をつく。それに対してみゅうの攻撃を真っ向から受けながら涼しい顔をしている幼女は小さな紅葉のような手から指を三本立てた。
「そこで、だ。お前に選択肢をあげようと思う。」
悪戯っぽい笑みを受けて今村は本日何度目とも知らない溜息をつくのだった。




