9.弟子育成中
「……どこまで誤魔化せたか。まぁ肝心なことは全部言ってないからいい……わけないな。はぁ……大体変な名前のキスだって媚薬効果だってあのアホ二人の所為なのに……」
安心して落ち込むことも出来ないのかと思いながら今村は別の世界に転移していた。正直、かなり疲れている。
「……余裕ないからって当たりキツかったしねぇ……ちょっと落ち着いたら訓練の様子でも見に行こ……う?」
今村はそこでふと自分が飛んだ世界がどこだったのか考え始めた。解毒に夢中でその辺のことまで頭があまり回っていなかったのだ。
「どれくらいのズレがあるかね?まぁ大まかなことはシェイムに説明してあるから大丈夫だが……」
すぐに計測して今村はゲネシス・ムンドゥスでは既にあれから1月経っていることを知る。ついでに非常に嫌々少年たちを育てていた面々も今村が帰って来ない理由を勝手に推測して一生懸命頑張っているようだ。
「……じゃあまぁそんな感じで。」
そしてその推測に便乗する形で今村はゲネシス・ムンドゥスへと舞い戻った。
「!おかえり!よかったよぉ……」
「おう。まぁ……アレから頑張ってたらしいな。偉いぞ?」
自宅の、寝室に戻って来るとすぐにアリスが飛んできて抱き着き、フィトとクロノも物も言わずに飛びついて来た。それに遅れること数秒でエプロン姿の祓もやってくる。
「……な、何か……もう、くっつけるところが、ないです……」
それ以降の面子は仕方ないので順番待ちになった。一次接触すらあまり好まない今村だが先程から比べるとマシなので今回は軽く流して扉の向こうにいる少年たちの視線を感じて睨み返した。
(……オイ。全然落とせてねぇじゃねぇか。)
飛びついてきた時確認のために『恋愛視』を用いると気持ち悪い量の恋愛感情が視界に入って来てすぐに取り消した今村は念話で少年たちにそう伝える。
それに帰って来たのは無理だよという感情の念だけだった。
「……そろそろ順番を変わってくれてもいいんじゃないですか~?」
「うるさいよ~?旦那様が~ダメって~言うまで~死んでて~?」
「止めろや。」
ヴァルゴの一言に暴挙で以て応えようとしたフィトを止めると今村は全員引き剥がしてシェイムを呼んだ。
「段階は?」
「順調です。こちらがデータになります。」
「ん。ご苦労。」
無言で頭を差し出してくるシェイムの圧力を肌で感じて今村はシェイムを撫でておく。データの上では結構成長して来ており一つ階層が下の第4世界であればこの少年たちの一団で国が落とせる位の強さにはなっているようだ。
(……遅いなぁ……結構、薬置いて行ったはずなんだが。)
だが、今村から見ると満足できる内容ではなかった。元々転生者と言うことでギフト持ちでこの世界に生まれてきており、出会ってすぐに能力の卵を捻じ込んで行ったのでもう少し強くなっていると思っていたのだ。
「……仕方ない。俺が見るか。」
今村の呟きに後ろの女性たちの一部から安堵の声が、そして一方から落胆の声が上がる。そんな彼女たちに今村は振り返りながら笑って言った。
「しばらく、の話だ。まだ続行するに決まってんだろ。」
「…………ぁぅ……」
悲しげな顔と声を漏らす方と顔に喜色が戻る方。それぞれあったが取り合わずに資料に目を落とす。
(……何気にフィトの育ててる子が一番……まぁ力押しって感じだが……うん。強くはなってるな。育てるって言うより改造って言った方が適切かもしれんが……)
資料を見ながらそんなことを考えているとおずおずと祓が出て来て今村のすぐ側まで来ると目に少しだけ涙を堪えつつ口を開いた。
「あ、あの…………が、頑張りますから……せめて、先生……この世界に居てくれませんか?それだけが心の支えなので……」
「まぁしばらくは外出予定はないな。いいよ。」
「ありがとうございます……」
祓は隠しもしない敵意を自分が面倒を看ている子どもに向ける。今村はそんな祓の頭を軽く叩いた。
「自分が育ててる子どもに敵意を向けるな。」
「……ご存じだと思いますけど、アレの中身は……」
「知ってる。だが、一応配慮はしたつもりだ。言うこと聞かない子どもをいきなり育てろって言うよりマシだろ。」
今村の発言を祓は曲解した。
「……確かに、そうかもしれませんけど……言うこと聞かない子を育てる前の予行練習……」
若干思考にバイアスがかかった状態の祓に今村はダメ押しで続けた。
「いつかは知らんが母親になった時に困らない様に今の内に体験だけはしておいた方がいいと思うぞ?」
「…………先生から授かる大切な子どもですしね……確かに……アレは人形と思えばいい……いや、でも……他の男の人なんて……」
今村は祓の小さな呟きのことをほぼ聞かないで資料から少年たちの育成方法について考える。そんな今村にクロノが尋ねた。
「……お兄ちゃんって、転生者の子ども……出来るの……?」
「あ?そんなもん生まれて来るまで知らん。何だ急に…………ん~まぁ、でも多分産み方にも依るな……」
半分程度上の空で今村は答える。現在、近年稀に見る連戦の後で若干疲れているのだ。育成方法を考えたら少し寝たい。
「……お兄ちゃんの子どもを育てる前の練習……でも、この人は嫌だなぁ……お兄ちゃん成分皆無だし……」
「ちょっと作り変えてもらえばいいのに……」
少年たちは人格否定されて何とも言えない表情を作る。仮にこれが本当に子どもだったらショックを受けているどころじゃ済まないトラウマになっているだろう。
「ね~ロボットに~しよ~?なら~マシ~」
「……確かに、男の人じゃなくすれば……」
「見るのも嫌で考えることなんてもっと嫌だったけど……育てないといけないのを考えるとその手も……」
変な方向に話が行き、少年たちは何の会話か分からない女性たちの言葉に恐怖し、今村の方を見る。
「……ということで難易度から順に絶対者を目指すAコースか実行不可能をやり遂げさせるBコース。頭おかしいとしか思えないCコースか、死に物狂いでやれば結構楽に逝けるDコース。……後は入門編のEコースどれにしようかな?これプラン表ね。」
「……お止め下さい。これはEコースすら私でも無理です。」
「え?でもこいつら守るにはこれくらいあって欲しい。」
「……それほど大事になされるのでしたら、もうご自分でお守りした方が早いのでは……?」
「それはヤダ。」
今村の方も今村の方で碌なことを考えてはいないようだった。彼らから、いや彼らを育てている面々でも最上位級の強さを保持していると思われるシェイムが軽く引くレベルのメニューを課せられそうになっているのだ。
だが、彼らは既に彼らを教え、導いてくれている美女たちに夢中になっており付いて行くべきではなかったと考えることはなかった。




