8.言いたくないけど
「ぜっ……はぁ~っ!ま、間に合った……」
死闘を終えて肉体に戻ってきた今村を迎えたのは冷たい視線だった。だが今村はそれを完全に無視して唯でさえ光が入っていない目を更に暗黒に染め上げて、深く息をつく。
「びっくりしたんだけど?」
無視された【可憐なる美】ことミニアンはその場に落ちていた銃を拾い上げて持ち、今村に見せながら非常に不機嫌そうにそう言った。
「いきなり目の前で頭に風穴開けられて僕たちがどう思うか少しは考えられないのかな?ねぇ?」
「……それよりも大事なことがあったんだよ。【グレイプニル】解除。」
追及してくるミニアンを更に無視して自らを縛っていた鎖を解くと今村は伸びをして……蹲って落ち込んだ。
「はぁ~……ないわ~俺、性欲の塊だ……淫獣だな。引くわ……」
「怒るよ?」
「うるせぇ。さっさと【勇敢なる者】の腕の中に帰れ。」
ミニアンを黙らせると一緒に来ていた【精練された美】が両者の間に割って取り成してきた。
「……ねぇ、あんまりそういうこと言わない方が……可哀想だよ……」
「うっせぇ。さっさと【苛烈なる者】の胸の中に帰れ。」
目も合わせずに斬り捨てられた滅世の美少女達は極上の笑み、それも怒りに染まっている物を浮かべて今村を背後から拘束した。
「何す……」
「……あまりこういうことはしたくなかったけど……もう仕方ないだろう?本気で堕とさせてもらうよ?」
「ボクも、その名前を出すとか……信じられない。初めてはもっとロマンチックが良かったけど……実力行使だね……仕方ないよ。」
今村は押し倒されて馬乗りになってようやく今更ながら失言に気付いた。ミニアンはまだしも【精練された美】……瑠璃に関しては思っていても言ってはいけないことがあり、今村はそれを思いっきり踏み抜いたのだ。
「ま、」
「性欲の塊なら喜ぶべきところだろう?」
「いいから待て、説明、そう、説明をする。待って?いい?」
「……うわぁ仁が反応してる……えへへ。いただき……」
「~っ!【呪具招来】!」
肉欲の宴が開催される瞬前に喜びつつ胸元を肌蹴させ覆い被さって来る瑠璃のせいで視界と平常心を封じられた今村は適当に空間ボックスで傑作集のファイルから何の指定もせずに呪具を召喚した。
取り敢えず今村は一瞬注意が逸れた瞬間に下半身を覆っている空間に固定式を組み、今まさに行為をしようとしていた滅世の美少女を空間に座らせて貞操を守ることに成功する。
「ん?あれ?ご飯とシュティちゃんは……?あ、あるじ様だ~!最近よく会うね!るぅね嬉しい!……あれ?半裸でメスと交尾してるの?るぅねも混ぜて~!」
「……まぁ、いいよ。その代り君はこの中で最後だからね?」
「え~何で知らない人の言うこと……ん~まぁ、いいよ?」
何とか行為寸前で止めることには成功したが敵が増えた。
「……なら!」
「っ?……何気に何もなしで君の方からキスしてくれたのは初めてな気が……」
「仁もする気になったの?じゃあ……んっ。」
押し当てたマシュマロのような柔らかさを持つ唇からは現在感じている極上の香りとはまた違う、えも知れない香りの空気が流れ込んで来て、繋がった唇からは艶めかしい水音が漏れる。
そこで二人の淫らな動きは止まった。
「るぅねも!るぅねも~!」
「お前に連絡は要らんだろうが。」
「……連絡事項だった。何か……君からの初めてのキスが……連絡事項かぁ……何だかな……」
「……どうします?もうこのまま勢いで初体験……」
二人の動きが止まったところで今村は拘束から逃れた。だが、空間には逃亡阻止用の術式が組まれており逃げられない。
「……ちっ。」
だが、臨戦態勢を整えることは出来た。この状態でも真っ向から戦えば勝てるとは思えないが逃げることくらいは出来るだろう。今村はフル装備で滅世の美少女達と対峙する。
「……仁、僕たちが傷付いたことは分かるかい?」
「………………………………………………………………………………………………傷付いたなら行動がおかしいやなんでもない。分かった。」
思ったことを言うかどうか悩んで少し言ってみたらミニアンが顔の封印を一部だけ解いて本気で魅了し掛けてきたので分かったことにしておく。
「……今の僕は君のキスのお蔭で外でも本気を出せるのを念頭に置いて会話した方がいいよ?」
「あ、本当だ。……『プリンスキス』だっけ?ボクも凄い力出そう。」
勝率どころか逃げられる可能性にも疑問が芽生えた。取り敢えず敵になるか味方になるかわからない不安要素のるぅねは追い返しておくことにする。
「るぅねもした……」
最後までごねる様子を見せていたるぅねだが今村の強制転送を受けて問答無用で飛ばされた。それを見送ったミニアンが今村に尋ねる。
「……あの子は何だい?まぁ、どうせ愛神枠だとは思うけど……」
「俺が創った魔導装甲人だよ。」
会話をしつつ今村はこの場を何とか丸く収めようと頭を巡らせる。取り敢えず何をしても自分の何かを犠牲にしなければならないのは確定だが、その中でマシな物を選ばなければならない。
「……はぁ。まぁ君に言っても無駄なのは知ってるけど、僕の肌を見てそんな反応示すのは君くらいだからね?」
「……別に、俺も何もなければその辺の奴らと変わらない反応を示すぞ?ただ単に俺の場合は事情が事情だから引くだけで。」
その返事に驚いたのは瑠璃だった。臨戦態勢だった空気が一気に緩む。
「えっ?ボクは!?ねぇねぇ!」
「お前もだ。」
「じゃあ……その事情ってのを何とかすればいいんだね?」
すぐに甘く華やいでいた空間が一気に緊張してしまった。彼女たちの埒外の魅力に惹き寄せられていた空間そのものが離れ、花唇から言の葉が紡がれる。
「で、事情って何?」
「俺が弱くなる。」
「……後で【無垢なる美】と一緒に新しい術式創るよ。僕らとすればするほど魔力霊力妖力仙力神力邪氣……法氣は無理か……魂力色力魅力……はこれ以上にすると格好良すぎて大変だからいいか……武力……」
つらつらを挙げて行くミニアン。それに対して今村は観念したかのように溜息をついてもう一つの、彼的にどうしようもなく嫌な理由を告げた。
「……至上最悪レベルの、媚薬なんだよ。俺の体液は薬物、毒物、そして媚薬とか色々変わるが……精液だけは固定で、最悪の……」
「……別にそれなら……だってそんなのなくてもボク仁のこと大好きだし……これ以上ってどうなんだろう?」
納得いかないような顔をする瑠璃に今村は嫌そうな顔で説明した。
「効果は非っ常に簡単。消えない愛情。それと、中毒性。付随して絶対的な俺以外の男に対する貞操観念が付く……というより、何か毒物に感じるらしい。ついでに短期的に俺から見ても異常なまでに発情する。」
「……それなら通常運行なんだけど……?」
「……効能がいかにも『ぼくが考えた最強の~』みたいで嫌だし、永続なんだよ。それと……」
尚も納得いかない顔をしている二人に時間が足りないのでこれだけは黙っておきたかったことのリストでまだ言ってもいい方から少しずつ、ゆっくり告げた。
「……一定量、体内にそれが入ったらそいつに対して俺は『冷棄却法』を使えなくなる。…………俺に対しての魅力が上がって俺の全身統制の効きが悪くなる。……あと俺に対してだけ魅力が上がったことで理性の歯止めが緩くなる。……敵対意思を見せられない限り警戒が薄くなる。拒絶の魔術が効かなくなる……」
そこで今村は言葉を切った。逃走準備は整ったのだ。止まったことで訝しげな顔をしている瑠璃が首を傾げて可愛らしく尋ねてくる。
「メリットしかない……ねぇ?襲っていい……?け、結構我慢してるけど……」
「まぁ嘘だけど。そんな都合のいいもんあるかっての。じゃあね。」
今村は笑顔で消えた。二人はそれを追うことはなく正の神とは思えぬ妖しい笑みを浮かべて歓談を始めた。
「……あれは、多分嘘じゃないみたいだね。バレないと思ってるのかな?僕らがどれだけ仁のことを見てたと思ってるんだろ……まぁ、織り込み済みだろうけどアレまだ多分隠してることあるだろうね。……これまでの情報でも凄いのに……」
「……その日が来るのが楽しみだなぁ……」
二人も今村がいなくなった後、外に気晴らしに来たという用件は果たしたので屋敷へと戻って行った。
はい、ここまで申し訳ありませんです。




