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例外者の異常な日常  作者: 枯木人
第二章~最初の一年後半戦~
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7.過去

(…貰ってくれなかった…先生の馬鹿…)


 その日の遅く、祓は自室で綺麗にラッピングされたチョコレートのホールケーキをテーブルの上に出して悲しんでいた。


(…先生に直接渡せるぐらい美味しくできたのに…)


 試行錯誤の末に作り上げたシンプルながらも一流店並みの美味しさを誇るそれを何とも言えない気持ちで眺める祓。時計を眺め時刻を確認して溜息をつく。隣の部屋から轟音が響いてきた。


(…出て来てくれた?)


 祓はケーキを持ってすぐに部屋を飛び出した。





「破滅の美!ひゃっほう!」


 部屋の外では今村が散乱する機械の破片の中でにこにこしていた。ついでにローブの一部は先程の轟音で壊れたと思わしきドアを直している。


「先生!あの!受け取ってください!」

「え?あ、起こした?ごめん。」


 やっとの思いで渡せた祓に対し今村は見当違いの謝罪を行う。だがその白く嫋やかな手に持っているものを見て状況を把握した。


「あ~悪いねぇ…もしかして待っててくれたとか…?」

「えっと…はい…」


(寝ててくれて構わなかったのに…)


 そう思った今村だったが流石に空気を読んで黙っておく。


「…にしても大きいねぇ。全員分・・・作るの大変だったんじゃ…?」

「…先生以外作ってません。…それよりあの…食べてみてください…」

「…うん…まぁいいけど…」


(勘違いされるようなことするなぁこいつ…素なんだろうけど…)


 歯切れ悪く頷いた今村は一旦祓の部屋に入ることにした。

 祓の部屋に入ると今村は「呪具招来」でティーセットのようなもの・・・・・・を出して紅茶を淹れる。そして準備を終えるとラッピングを綺麗に取り外した。


「おぉ…ワンホール丸々一個か…」

「はい。頑張りました。」


(…これ俺が人間だったらキッツかっただろうな…まぁもうアレだからいいけど…)


 少しだけ気恥ずかしそうにする祓の前で今村はケーキを咀嚼し始めた。一口目で今村は驚く。


「美味い…」


 その言葉で祓は表情には出ていないが雰囲気がどこか嬉しそうな状態になる。今村はしばらく無言で食べ、途中でまたも驚くことになる。


「これは…フルーツ?口当たりが軽くなった…」

「ずっと同じ味だと飽きるだろうと思いまして…」


(にしても何かのフルーツってのは分かったんだが…何だろこれ…半透明で仄かな甘みと優しい酸味…)


 とりあえず食べたことなかったものだが大事なのは美味しいという事なので特に気にしないことにした。少し食べると今度はビターチョコレートに甘さ控えめのスポンジになり、また進んでいくとまた違う味…そう言ったことをこの後二回繰り返して今村はケーキを美味しく食べ終えた。


「ご馳走様。美味しかったよ。」


(…あの薬は…今度は美味しくしよう…)


 今村はお礼を言って正月に自身が行ったことを少し反省しながら紅茶を飲む。そんな今村に祓が礼を言う。


「あの…先生実験中止して出て来てくれてありがとうございます…」

「ん?あぁ…罪悪感はなくていいよ。『ドレインキューブ』のレベル上がったから概念吸収できるようになったしあの機械無しで大丈夫だから。」


 今村はへらへら笑って答える。祓は自分のために出て来たのでないと知って少し気分が下がるが今村はこういう人だと思い直すことにして祝福することにした。


「良かったですね…」

「あぁ!これで色々やりたい放題できる…まぁ今のレベルじゃまだ駄目なんだけどな。でも呪いの材料は楽に吸えるし、記憶だって盗れるから少しぐらい一般人にバレても大丈夫に…」

「…記憶…無くせるんですか…?」


 楽しそうに説明する今村に祓は珍しく食い気味に言ってきた。いつもと違う様子の祓に今村はテンションの置き所を見失いつつ頷く。


「あぁ…出来るけど…」

「…それは今のだけですか?幼少期でも大丈夫ですか…?」

「大丈夫だが…盗って欲しいのか?」


 頷く祓に今村は険しい視線を向ける。


「…あんまり感心しねぇな…今を作ってる要素を自分から消しに行くってのは…」

「…こんな私なんて要りません。お願いです…記憶を…」


 懇願する口調になった祓。今村は未だ険しい顔で考える。


「…わかった。」

「!本当ですか?」


 少しだけ軽い声になる祓に今村が但し、と付け加える。


「俺が一回その過去見るぞ?それがお前の害になってるなら盗る。なってないならそのままにするからな?」

「…その境界線はどうやって…」

「まぁ呪具頼みだな。…それでいいか?」


 今村は戸惑う祓にそう言って「呪具招来」を使い藍色の液体が入った小瓶を召喚した。


「…一つだけ…お願いがあります。」

「何だ?」


 少しの間俯いて黙考した祓だったが意を決したように今村を正面から見据える。


「見ても…今まで通りに接してください。」

「勿論だ。じゃあ行こうか。触れると術が解けるから触らないように、そんでもってソファ借りるぞ『ペッツスチューピッド』」


 今村はティーセットのようなもの・・・・・・をしまうとソファに座りローブを伸ばして祓に小瓶の中身を振り撒き、意識を手放した。












 煌びやかなシャングリラが輝く建物の中、今村の意識は覚醒した。


「さて、サクサク行きますか。『トラウマシーカー』」


 今村が呪具を使った途端今村の頭の中に大量の声が流れ込んできた。


 ―――こいつの家の金は搾り取ったもう付き合いはいいだろ。―――

 ―――こいつが死ねば爵位は空く早く死ね。―――

 ―――騙されているとも知らずに哀れな…醜い豚はそのまま死ぬのか―――

 ―――あの子は…いいね。奴隷にしたい…家を取り潰すか?―――


「フーン。キモいなおっさん共。さて、これは…祓5歳社交デビューの場か。最後の禿脂おっさんは恐怖だな~あれで妻帯者か~」


 今村は第三者視点でその場を眺める。すると祓の近くに線の細い儚げな美女が寄ってきて祓を抱き締めた。


 ―――あぁ…発現してしまった…この子は私が守らないと…―――


 その女は誰にも見られないように泣いているようだった。そこで視界が暗転する。今度は豪奢な寝室に祓とその女二人きりという状態だった。


「母様…私…男の人怖い…」


 先ほどと同じ年齢と思われる祓が女のネグリジェの袖を引きながら訴えかける。その言葉を聞いて女は祓を抱き締めた。


「大丈夫よ…私が…守るから…」


 テレパスで伝わってくる感情には強い意志が宿っていた。そしてまた今村の視界は暗転する。


 女は死んでいた。


「お母様ぁ…」


 棺桶に縋り付いて泣く祓。先ほど暗転した時からほとんど成長していないその体は火葬を行うに当たって近くにいた男によって棺桶から引き剥がされる。その様子を泣きながら見る祓。そこに強烈な悪意が流れ込んできた。


 ―――これで邪魔はいなくなった。しぶとかったわ…やっと殺せた。これで私が正妻に―――


(権力争いねぇ…さて、祓はどう出たのかな?)


 特に感情移入せずに成り行きを見る今村。その眼からは何の感情もうかがえない。ただ観察しているだけだ。その観察対象はテレパスで読心した相手を糾弾し、その結果心の読める化け物として認定された。


「…フム。祓が思う盗って欲しいところはここで終わりか…これは呪具使うまでもない。」


 今村は覚醒に意識を向けた。












「…盗らない。これ盗ったらお前母親のこと忘れるぞ。」


 今村は帰ってきてソファから身を起こすとすぐにそう告げた。祓は今村のことをじっと待っていたようで起きてすぐ今村がそう言ったのに反応する。


「…何を見て…」

「お前が初めて社交界に出た所から。テレパス込みでな。…で、お前のトラウマは母親の死も含まれてる。…トラウマ吸ったら記憶から死の内容を抹消するために母親の記憶ごと消える。」


 今村はいつもと打って変わって真面目に祓にそう告げる。祓は何も言えずにその薄い桜色の唇をかんだ。今村は続ける。


「幼少期からあんな屑どもに囲まれてまぁ忘れたいだろうが…これは駄目だ。頼まれても断る。」

「…できないんですか?」

「元々気が進まないものだったしな。これがお前の為とか偉そうなこと言うつもりはねぇぞ。個人的見解だ。恨むなら恨め。」


 今村は傲然とそう言って祓を見た。祓は少し考えて今村を見返し、目を伏せた。


「…わかりました。諦めます。」

「…そうしとけ。0時ちょっと前か…じゃあな。遅くまで悪かった。」


 今村はそう言って帰ろうとする。それを祓が呼び止めた。


「何だ?」

「ごめんなさい…泊っていってくれませんか…?出来れば一人にしないでください…」

「…まぁ…今日は仕方ないか…嫌なこと思い出させたし…」


 今村は帰ろうとした足を止めた。そしてこの日は二人とも「雲の欠片」で眠りについた。






 ここまでありがとうございます!


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全盛期、相川だった頃を書く作品です
例外者の難行
例外者シリーズです
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