28.襲来
「あぁ、愛しの方、お久し振りでございます。」
何の道しるべもなく、何の手がかりもないままに世界の果て、「ワールドエッジ」より遠く離れたある世界にぽつりと浮かんでいるただ一つの島へと辿り着いた黒髪の絶世の美女はその島にある家に上空から降臨し、愛しの人物に声をかけた。
「……?仁さん?」
だが、肝心の彼は自分のことを見ていない。それどころか家が壊れたことだけを気にして大盾代わりにテーブルを転がして銃火器を持ち、外へと出て行った。
「仁さん?そちらに何が?」
彼女はすぐに今村を追いかける。彼は家から出て少し移動したところで持ち出したテーブルの後ろに隠れて止まっていた。
「……何だ?竜巻かなんかが起こって上空に何かが巻き上げられた気流に乗ってしばらく移動した後降って来たとか……じゃないよな。なら何かしら物が落ちてくるはず……」
独り言を言っているが、彼女の声も全く聞こえていないようだ。組や、気候がどうのこうの言って今村は首を傾げている。そして黒髪の子どもを伴って別の建物へと移動して行った。
「……いつの間に私たちの子どもが?まだシテもらってないのに……」
その子どもを見て彼女は首を捻った。だが、彼女にとっての問題はそこではないと思考を切り替える。
「仁さんに触れられない……気付いてすらいない……仁さん自体の能力が人間並みに落ちてる……『封魔対全』の改造術式?なら……」
彼女は島の地面を隈なく探し始めた。入って来て今更だが、能力が全く使えなくなっていることに気付いたからだ。
「うん……自分の体内しか能力が使えないし発動は出来ない……あの子どもは今の所完全封印されてたから仁さんに見えてる……」
一応、第1世界でも知る人ぞ知るという古の秘法だが今村はその辺の全ての垣根を気にせず、使えるなら使うという思考をしているのでホイホイ使っているだろう。
「なら、仁さんが触れ続けた媒体があるはず……その匂いを探せばいい……」
そして彼女は山の中に隠された小さな耳飾りを探すような無謀とも言える行動に出てそれをほぼ直線コースで4時間後に見つけた。
「……術のタネがバレるといけないと、罠を甘くしてましたね……?ふふふ。久し振りのご対面……の前に、少し身なりを整えないと……」
先程は会いたい一心で突撃してしまったが、久しぶりの再会ということで今度はちゃんと準備して失敗がないようにしたい。いや、するのだ。
彼女はすぐに身支度を整えて、体などもいつも以上に綺麗になるように術を掛けた。そして意気揚々と愛しの彼の所に向かおうとして表情を歪める。
「…………何か来る……女の気配。しかも、氣の使い方が仁さんの教える一般的な能力保持者向けの使い方……?の割には、かなり、強い?」
彼女は来たる存在である女性の方を睨む。そして問答無用で暗黒の球体を生み出してそちらに向けて放とうとする。だが、術式に阻まれて失敗した。
「あら、私としたことが……うふふ。失敗しちゃった……仁さんに会えるとなって興奮し過ぎてますね……」
「っ!はぁ……つ、着きました……済みませんが……イヴさんですね?失礼させていただきます。」
息せき切って現れた白髪の美少女。彼女がイヴの名を口に出すと先に島に来ていた黒髪の美女は表情を笑顔のままで冷たい声音を吐いた。
「何を、するの?今、私に、何をしたの?折角、やっと、仁さんと、再会できるのに、あなたは今、私に何をしようとしたの?あなた、誰?」
「……先生の、生徒です。そしてあなたのことが大っ嫌いな……化物です。」
初手で放った術式がこの空間では消滅したのを見て白髪の美少女は僅かながらに動揺したが、この空間自体は目の前の黒髪の美女、イヴが創った物ではないと気持ちの切り替えを測り真正面から睨みつける。
「……初対面、よね?」
そんな白髪の美少女を前に首を傾げるイヴ。その姿だけで同性であっても魅了してしまいそうなほどの艶やかな姿だが、白髪の彼女は声を僅かに荒げるだけで何も思わなかったようだ。
「えぇ……ですが、先生を裏切って背後から刺したこと……私たちは絶対に許しません。絶対に、です。」
「……何の事?」
そんな白髪の少女の怒気に対してイヴは首を傾げた。その動作に少女は怒りを掻き立てられる。
「……覚えてない、とでも言うつもりですか……」
「私がそんなことするはずないじゃない。私が仁さんを傷つけるなんて……あり得ない…………もしかして、そんな嘘をでっちあげて、仁さんに私を封印させたとでも言うの……?」
イヴの周りに闇が滲み出始める。その余波で今村がこの世界における設定を追加した古の秘法の核が弾けた。
瞬間、体に不思議な感覚が宿り、確かめずとも自分が能力を使えるような状態になったことを自覚する。
「……そうよ。何の理由もなく、仁さんが私を閉じ込めるわけない……あいつらが、あの女たちがぁ……」
闇が色濃く顕現し辺りを侵食していく。その様子を見て白髪の少女は憤りを隠せない。
「……今、先生は生身の人間ですよ?そんなのを出して、もし触れでもすれば大丈夫なわけがないと言うことすら分からないんですね?」
「何かあっても、治すに決まってるじゃない……」
「一度傷つけたという事実に変わりはありません。……私、あなたのこと……世界でもトップクラスで大っ嫌いです。」
「だから何?私は仁さんに好かれていればそれでいい。……とにかく、邪魔だから死んでくれる?」
その言葉を契機に闇が少女を襲う。実体がないように思えるそれは触れたモノを抉り取り、そして消し飛ばしていく。
だが、白髪の少女にはかすりもしない。
「海よ、我が命に従え。」
そして白髪の少女も反撃に出た。島の周囲の海が干上がり、神々しい光を放つ存在となり、圧倒的な質量となって闇と鬩ぎ合いを始める。
「……鬱陶しい…………少し、本気出す……『ダークネスパーガトリー』」
その様子を苛立たしげに見たイヴは更なるエネルギーを以て白髪の美少女を殺しにかかる。その時、白髪の少女は彼女の先生の気配を感じ、すぐにそちらを見るとイヴを中心に広がっている闇が彼女の先生、つまり今村がいる建物に今にも触れそうになっていた。
「っ!」
目の前にはイヴから放たれた膨大な量の闇、そして自身の探知できる範囲に今村と……何故かクロノの反応がある。
彼女はクロノは最悪死んでもいいとしても今村だけは傷一つ追わせたくないと判断を下し、そちらに一つも漏れが無いように打払う。
「ふふ……甘いわね。」
「うっ……」
その行為は悪手となる。傷一つつけたくない少女と違い、イヴは何かあっても治すというだけなので遠慮なく攻撃を仕掛け、白髪の少女の意識をそちらに釘付けにさせる。
「あぁ……っ!」
そして攻撃の一部が小屋に衝突した。それを見て声を上げる少女とそれを好機として畳みかけようとするイヴ。
白髪の美少女が注意を逸らしたのは一瞬だが、それはイヴにとって何十回も殺すには十分すぎる時間。
だが、それは実際には起らなかった。
「……え?」
目の前で、今村の体に崩壊現象が起こっているのだ。それを見てイヴも完全に動くのをやめた。白髪の少女の方は顔を真っ青にして息すら忘れている。
「お兄ちゃぁぁあああぁぁん!ぅわぁあああぁぁぁあん!」
静けさが降りる中で、クロノの泣き声だけが島中に響き渡った―――
ここまでありがとうございました。




