6.13日の金曜日
「…あの!」
「ん?何?」
祓は今日朝から機嫌のいい道具を片付けてもう帰ろうとしていた今村に改まって声をかけた。
「明日2月14日じゃないですか…それで…」
恥ずかしそうに言葉を続けようとした祓だったが、今村の顔から血の気が引いているのを見て戸惑い、言葉をつなげるのをやめた。
「あの…先生?」
「しまったぁあっ!13日の金曜日に浮かれてて忘れてたぁっ!ガッダミット!いっつも縁がなくても今回からは別なのにぃっ!」
心配する祓に今村は突如叫び声を上げて頭を抱えた。祓はどうしていいか分からずおろおろとする。
そんな祓に対し今村は式神を召喚し、家に飛ばしてからすぐに道具を出しまくる。
「だぁっ!畜生っ!玄関で出してどうする気だ俺はっ!」
相当慌てているようですぐに道具を片付け直す。そしていつも実験している部屋に「αモード」を使用して飛び込んだ。
「解除!で、あぁもうどっから手ぇ付ければ…」
すぐに「αモード」を解除したらしい今村は珍しくテンパっていた。祓はようやく我に返ると今村を追って部屋に入る。中では今村が色んな道具を出し、椅子に座って何やら唸って考えていた。
「ど…どうしたんですか…?」
「呪力吸収装置作ってねぇっ!この世…いや、この地域じゃ滅茶苦茶呪いが集まる一大イベントなのにっ!」
忙しそうな今村に若干引き気味な祓は恐る恐る尋ねてみる。すると今村は祓の方を一切見ずに答え、ローブで図面を引いた。
「…あの…クリスマスの時のじゃ…」
「量が足りん!プールの水をマグカップに入れられんだろ!それと同じ!」
(どれだけ負の力が集まって…)
祓がそう思っていると今村は図面を書き終えたらしく席を立った。
「悪いがここ泊りがけで借りるぞ?で、危ないから明日の夜まで立ち入り禁止!」
「…え?あの…」
「悪いけどって!ホント今回は時間との戦いなんだよ!」
「わ…わかりました。」
「サンキュー!愛してるぜ!迷惑料は後で払うよ!」
今村はそう言って半透明の結晶を大量に出してローブで形を整えだした。祓は夢遊病者の様にこの場から出て行った。
(愛してるって…先生が私を愛してるって…はわ…チョコレート…作んなきゃ…)
祓の方は祓の方でキッチンに向かった。
翌日。朝から今村の実験室は元気に爆発していた。
「うおっ!朝か!…予備のクリスマス時の装置がぶっ壊れてるっ!」
爆発に気をとられ、外を見るといつの間にか朝だった。そんな朝からの刺激的な展開に不眠不休の今村のテンションは鰻登りだ。
「はっは!愛してるぜてめーらぁっ!最高だ!」
破壊されたと同時に予備の方を復元し、半分位がドレインキューブの本丸の方を起動。ものすごい勢いで空気中の何かを吸い上げる。
「さいっこうのヴァレンタインのプレゼントだな!ヒャッハー!」
テンション爆上げの今村。力が少したまったところで久しぶりの技をやってみる。
「ん~今の状態でできるのはっと…『呪炎』と『呪水』ぐらいかな。まぁいいや!いってみよう!『呪水炎』!」
部屋の周りに黒炎と黒水が現れる。今村はそれを自在に操ると満足気に頷いた。
「フ~ム操作感は鈍ってないな。まぁゲーム感覚だしそうだろうが…これはセミオートだからなぁ…って祓がこっちに来てる。危ないっつったのに…」
今村は声を送ることにした。
―――あー聞こえるか?―――
「えっ!?」
突然聞こえた今村の声に朝起きると隣の部屋付近が火事になっていて驚いて現場の確認に向かっていた祓は更に驚く羽目になった。今村はそんなことお構いなしに続ける。
―――うん久し振りに使ったけど大丈夫だな。で、危ないのでそっから立ち入り禁止!炎の周りにある水に触れんなよ?本気の毒だから。冥界の時みたいに薄いやつじゃあない。―――
「何でそんなものを…」
呆れる祓に今村は楽しそうに言い返した。
―――はは玩具が手に入ったら遊ぶだろ!―――
「…じゃあそれはそれでいいですけど…あの…チョコレート…」
今村のことは諦めて、祓は昨日作った力作のチョコレートケーキを渡すことにした。今村はまさかもらえるとは思っていなかったので驚きつつも礼を述べる。
―――あ!悪いね!…でもよく義理チョコの存在知ってたな…世界規模で広めてたとはアーラムの奴やるなぁ…―――
「え?あの…そうじゃなくてですね…あ…でも…そうですね…と…とにかく出て来てください!直接渡したいので…」
義理チョコとはつまりお世話になった人に渡すものと調べて思っていた祓は曖昧で否定もできずにとりあえず思いの丈を面と向かって伝えようと今村に部屋から出て来てもらおうとする。
―――あ、無理。部屋が装置で埋まってる。―――
「えぇっ!?」
が、今村はあっさりとそれを拒否。そしておそらくしたり顔で説明をし始めた。
―――壊したら泣く。壊さずに出るのは不可能に近い。ということで出れない。…まぁ気持ちは受け取りました。ありがとうございます。―――
「…いつ出てきますか?」
―――んー…多分このままだと…明日…かな…?―――
「そんな!今日渡さないと…」
それでも諦めない祓に今村は現状を伝える。
―――えーとまず今の俺のドレインキューブじゃ概念を吸い取ることができないから装置を使うことが必要なんだよ。あと有効範囲も狭い。…折角のヴァレンタインだから無駄にしたくないんで…義理とはいえチョコをくれるお前には悪いけど出れな…ってぇっ!?嘘ぉっ!マジか!?悪い切るっ!チョコありがと!―――
「先生っ!?どうしたんですか!?」
祓が突然慌てだした今村に返事を求めるが通信は切られてしまった。祓はなす術もなくその場に立ち尽くし、できることは部屋に帰るだけだった。
「…まさか…こんなことになるとは…」
今村は壊れた装置二台を前に苦笑いを浮かべた。慌てて通信を切ったもののその時にはもう手遅れで「呪力」を吸い過ぎて装置は壊れてしまっていたのだ。
「どんだけ面白いことになってんだよ…これでも足りねぇって…こうなったら二台合成してやったらぁっ!『αモード』っ!」
強力な戦闘モードを惜しみなく使い、普段からは全く考えられない絶世の美男子の状態になる今村。
(…これは今の俺じゃ連続してもって十分…その間にけりをつけるっ!)
無駄に格好いい台詞を無駄に格好いい状態で決めて今村は全力で装置の改造に勤しんだ。3分で終わった。
「あっけな。…さて、お楽しみタ~イム…あいつらのヴァレンタイン覗くか。」
「αモード」を解くと満面の歪んだ笑みで今村は下っ種いことを始めた。
「さてさて?まずはイグニス…おうベッタベタな攻撃に遭ってるね。…これはあんまり覗くべきじゃない…」
自身にチョコレートをかけてイグニスに群がる裸の美女たちを見て今村はそっとその場面から目を離した。後でアーラムに報告して姉に伝えようと思いながら…
「さて、次!タナトス!…これはこれでキッツいな…」
こちらはチョコレートを彼自身の体を模した像にして贈られていた。そのチョコレートの像はルネサンス全盛期―――要するに全裸の状態でタナトスに贈られ、タナトスは引き攣った笑みしか浮かべられない。
「…そっくりな自分を食うって…何か精神にきそう…お大事に。さぁて次!トーイ!」
気の毒だとは思ったが報告だけはしようと決めて今村は次を見た。
「おっ!いいね!正統派の修羅場だ!これ見て今日は時間潰すか~」
最後に当たりを引いた今村は「呪具招来」で食べ物を出して時間を潰した。
ここまでありがとうございます!
今村君は忙しいとテンションが上がって感情が動きやすくなります。それであんなことを言ったのでしょう。




