16.忘れてた
外にいる面々と辺りに散らかっている面々を見て今村はすぐに何を忘れていたのか思い出した。
(あ~そう言えば居たね。)
「つ、着いたぁ……こ、これで、許して……?」
先頭を歩いていたアリスが今村を視認するや安堵の声を漏らし目を潤ませて今村の言葉を待つ。それでもどこか不安げなアリスの様子を見ながら今村は思う。
(忘れてたっつったらどういう顔をするだろうか……)
取り敢えず、手に持っていた蟹の爪を食べて思案する。殻はそこに転がっていたスライム娘のリンの上に投げて消化させた。その間に続々と後続者が広間に現れて正座して今村の言葉を待つ。
「ん~思ったより早かったな…まぁここは浅めに創ってあるし、ボスキャラがここで気絶してるしそんなもんかな…いや、そう言えば各フロアで時間の流れを変えてたっけ?」
今村は時間を確認しながらそう言った。ここでは入って来てから約半日が経っているようだ。今村的には色々と空間を跨いだり隔絶した空間にいたりしたのでそこまで時間は経っていない気がしたがそんなものらしい。
「ん~罠の作動とか一切してないけどまぁいっか。試練クリアで。」
不安と緊張の入り混じっていた空気が弛緩し、安堵の声が漏れると歓声が上がった。一体何がそんなに嬉しいのか全く分からないが一先ず拍手はしておく。
「ぅにゃ……?あれ…?何かクロノ寝てた…?」
そんな感じで周囲が騒がしくなっていたのでクロノが目を覚ました。次いでスライム娘のリンや吸血鬼の紅。元スケルトンのシャーレも起き上がる。
「……あれ?久々のボス直々のご命令のお仕事が…」
「終わってる……」
呆気にとられる元モンスター娘たちは恐る恐るといった態で今村の方を見たが拍手を終えて蟹ミソを食べるのに忙しそうにしているだけで今村は何もしていなかった。
そんな中クロノが今村の方にテクテク歩いて行き、裾を引いて質問する。
「お兄ちゃんホントにあの人たち許すの?あの人たちお兄ちゃんを殺そうとしたんだよ?」
今村は一応蟹ミソを食べる手を止めてクロノの質問に答える。
「別にいいよ。元に戻すってだけの話だし、また殺しに来たとすれば殺すか何かする。それだけの話じゃん。」
「クロノあの人たちまた裏切りそうだから信用できない…」
今村の答えにクロノは不満そうだが今村は邪悪な笑顔を浮かべてクロノの目を見てから言った。
「誰も信用するとか言ってないぞ?俺は俺以外の知的生命体を基本的に信じてないし、信じられない。極々稀に頭おかしい奴がいるが、それは別として移ろう中で変わるのが当然のことなんだから信じるという思考停止なんかするわけがない。疑って疑って現状を事実だと受け止めてそれに対処する。当たり前のことだ。」
「く、クロノは裏切らないよ…?」
「ちょっと何言ってるか分からんね。お前も裏切る時は裏切るんだよ。当たり前のことじゃん。……どうかしたか?」
気付くと辺りの空気が重くなっており、静かになっていた。
「?急に冷めたか?じゃあお疲れ。俺は何もしてないんだから責められる筋合いはないぞ。ウザいことしたら殺す。……んで、まぁ何か落ち込んでるけど所詮愛だの恋だのそんなもんだって。俺じゃない奴となら真実の愛とやらを見つけれるかもしれないけど【負】で【世界の敵】で【呪】で存在が間違ってる奴なんかとじゃ無理に決まってるよ。んじゃ、真実の愛とやらを見つけたらその時はよろしく。観察しに行くから。」
今村は手をひらひらさせて黒い結界の中に戻って行こうと踵を返す。それに付いて行こうとクロノが動いたのを感じて今村は止まった。
「死ぬぞ?下級【神核】じゃこれに触れると死ぬ。中級で何とか。名前を呼ぶこともはばかられるレベルの上級【神核】でもお呼びじゃないと重傷を負いかねない程度に危険な代物だ。」
「お、お兄ちゃん……どこ行くの…?」
何となく不安を感じるクロノは今村のすぐ後ろで尋ねる。今村は別段普通と変わらない口調で答えた。
「え?ピザを取りに。蟹の身を散らして焼いた奴がそろそろ焼きあがるし…」
「……真面目に危険な代物の中でピザ焼いてるの…?」
「それが何か?食べる?」
「食べるけど……」
クロノは何だかいろいろよく分からなくなって来たが、今村が抱きかかえてくれたので小難しいことはすべて頭の中から放り投げて甘えることに専念した。
今村が黒い結界の中に消えて行った後、残された面々は集まって会議を始める。
「マズイの……色々と反論できない状態じゃ…」
「それでも、離れたくないんですよ……なんっで、あの時……あの時の私を八つ裂きにしたい……」
ワインレッドの長髪をした美女と白髪の美少女が沈痛な面持ちで呟くのを皮切りに周囲の面々も口を開く。
「好きになって自分の行為を伝える以前の問題ですよ……救われた恩も仕事をくれた義理も、何も果たしてない上、ご主人様が困っている時にすら手を貸せずに牙だけ向いて……本気で最悪な害悪じゃないですか…」
「ずっと、ずぅっと傍に居たのに……」
色々な人物たちが嘆く中、今村はひょいっと顔を出して大きく息を吸い込んでまた中に戻って行った。
「……でも、まぁ過ぎたことより…」
「次、何とか挽回を図るしかないですね……」
すると嘆きの雰囲気が次第に明るくなり、多少ながらも全員が気を取り直し始めた。
「一度の失敗をいつまでも嘆いてたらダメだよね。ひとくんをその程度じゃ諦められないもん。お姉ちゃん頑張るよ。」
この場にいた20名ほどの面々は口々にポジティブなことを言いながら集まり、次回からの挽回策を話し始めた。
「…お兄ちゃん今外に首伸ばして何したの?」
「お前喰い過ぎ。」
黒い結界の中でクロノはピザを食べる手を止めて今村に質問する。今村はクロノの近くに腰を下ろすと蟹の方のピザを手に取って答えた。
「外の嘆きとかそう言うのを採ってた。ちょっと落ち着いたら【神核】を作るから材料は取れる時に採っとかないとな。結構いい質だったから思わず集めた。」
「ん~……でも、それいいの?」
クロノの質問に今村はクロノの頬に付いたトマトソースを拭ってから言った。
「どうでもいいし。別にいいんじゃね?この場でどうこうして落ち込まれても鬱陶しいし。それに嘆きのレベルが高くて個人的に良かった。」
クロノが微妙な顔をしていたので今村は嘆きの感覚を例を挙げて教えてみることにした。
「そうだな……集まった嘆き分を例えるなら大地の様に広い愛国心と海の様に深い忠義と底の見えない穴の様な愛妻感を持っている天を突き抜けるほど家庭想いで高潔な騎士団長が操られて祖国を滅ぼし、自らが仕える王家を直々に惨殺し、愛した妻を配下の慰み者にされて子どもたちを奴隷に売り飛ばして家庭を崩壊させた後に自害を禁止されて、祖国を滅ぼした犯人を探させてようやくそれらしき人物を見つけた瞬間操られていた記憶を取り戻した―――的な嘆き感を20人分くらい。」
「……何か、すっごいね…」
「うん。良い収穫だった。」
今村は満足気に言ってピザを食べ終えたら地上に戻ることにした。
ここまでありがとうございます。




