6.善処いたします
「さて、お茶を飲んだところで落ち着いて話をしようじゃないか。君は何でそんなに俺から離れようとしないんだ?」
今村は本を片手にそう言って表情が暗いクロノに問いを投げかける。その口の端には大人げなく論破してやろうという意思が見え切っている。
「……クロノ…はね?親不孝で要らない子で……それで、それで危なくてすぐに死なないといけないって……でも、クロノだって……」
「待て。前提が色々わけ分からん。ちょっと順序立って……あ、こっちの方が早いわ。『ペッツスチューピッド』『トラウマシーカー』」
今村はそう言って藍色の小瓶などの呪具を取り出すとクロノに散布したり自分に使う。
「これなぁに…?」
クロノが訝しげに訊いてきたので今村は端的に効能と意図を教え、その間の注意事項について述べておく。
「あ……み、見ても変わんない…?」
「まぁ基本的に大丈夫だと思うよ。知らんけど。てか、どうせ今から死ぬんだし見ないでもいいっちゃあいいが…」
「や、やぁ!死んじゃうのだけは止めて!」
「前向きに検討して善処するよ。」
「絶対だよ!約束したからね!最後まで諦めちゃ駄目なんだからね!」
言い回しが通じなかったので今村は微妙な表情をしたがそれはそれとしてさっくりクロノの過去を見に行く準備を終える。
「んじゃ、触れたら起きるから基本的に触んなよ?」
そして、勝手にソファに横になると今村はダイジェスト版クロノの過去話へと飛んで行った。
「んふっ…」
今村は最初のクロノの辛い過去を見たと同時に噴き出し掛けた。
(やべぇ……ここまで王様っぽさを出せるものなんだ……基本的に偉そうな奴ら嫌いだけどこれはピエロ感があって面白い。)
目の前では今村のノリと異なり、クロノが先祖がえりだの何だの言われて平和な世の中を乱すとして実の父親らしき凄まじき王様感を出した王から呪いを喰らっている所だった。
「ほうほう……あーこりゃ珍しい術だな……成長阻害と、精神感応系……敵意悪意の減退ってところか。ん~一見すると保護術でもあるからなぁ…面倒だ。」
激痛に泣き叫び、謝罪の言葉を繰り返すクロノを囲んでいる魔法陣を見て今村はそう判断を下し呪いとして解くのは出来ないと分析し終えた。
そして舞台はまた先へと進む。今度のクロノは鎖に繋がれ、十字架に張り付けられているようだ。
「精神退行…か。ん~…で、今度は何かなぁ?見た所封印術式より実力が上回ったから処刑?それとも脱走かな?」
そんなことを考えていると今村の頭の中にその時のクロノが考えていたことが流れ込んで来た。
(クロノが、何か悪いことしたんだ……お母さんたちが何もしてないのにクロノにこんな酷いことするわけないもん…皆自分のことを私って言ってるのにクロノ自分のこと私って言わないからダメだったのかな…?マジメにお勉強しなかったからかな…?)
「あ、そっちか。これは脱獄からの親子対面で酷い事言われるってオチだな。」
案の定、今村の予想は当たった。クロノは何が駄目だったのか、どうすれば許してくれるのか訊くために本人的にはさして大変なことではない脱獄をすると王族の宮殿へ向かい、化物と罵られ逃げ出すところまで流れ、場面はまた暗転する。
「おー。避けられてる避けられてる。」
クロノは宮殿から出た後、化物と言われて折れそうになる心を何とか立て直してまずは誰かと一緒になれないか声をかけて回っていた。
しかし、すぐその周りには王族の手が回っており基本的に受け入れてもらえない上、仮に受け入れられても身柄を売り小金とするためだけの偽善しかない。
それが何年か進み、痛いのが嫌なクロノがその尽くを跳ね除け、誤って傷をつけてしまって治療をすれば更に怯えられを続けると世界全体から関わり合いを持たないように避けられることになった。
「んで~現在革命軍に目を付けられております。どーぞー?…ってか嫌なことばっかりで飽きて来たんだけど。」
クロノに大量の金を出して自軍に引き込もうとする革命軍幹部。クロノはそんな男に対してこれがあれば友達が出来るのか訊いて下衆な笑顔で頷かれて男に付いて行く。
「おーおーよく殺すこと。これがみんなが喜ぶことで君に出来ることだよ~?だってさ。はぁ。自分で戦えや。あ、死んだ。」
今村の飽きに対応するかのように過去の話の流れが急速に早くなり、ダイジェストがコマ送りになって進む。
「犯罪者入りして、犯罪者からも引かれて、完全に誰からも関わり合いを持たれなくなってから偶然スラムの酔っ払いに怪我をさせてしまいキレられて……あー可哀想に。酔ってふらついてた相手の不注意での出来事でぶち切れられてるのに久し振りに人と話せるってだけで喜んでる。」
ここからの転落ぶりが驚きだった。怪我をさせれば誰かに構ってもらえる。それは自分に出来て皆が喜ぶこと。あまり怪我をさせるのは良い気分ではないが自分は【時刻の神】であるため、重症でも即座に完治させることも、死んでも蘇らせることも可能。
これらが混ざり合った彼女は精神を壊して笑いながら涙を流し、誰かとの会話を求めて暴れる。そして、心が摩耗して来たところで―――
「あ、俺の顔だ。気持ち悪っ。死ねばいいのに。っと…ん?」
今村とその一行が現れ、クロノのトラウマ群は終わりを告げた。
「……ふぅ。中々のお点前でした。よし、んじゃ行くか。」
「ど、どこに?」
クロノは心配そうに今村の周りをうろうろしていた。それに対して今村は歪んだ笑みを浮かべると普通に答える。
「受け入れ先を探しに。」
今村の言葉にクロノは速攻で泣いて拒絶した。
「嫌だよぉ!クロノ死んじゃってもいいからお兄ちゃんと最後まで一緒に居たいもん!もう嫌なの!」
「いやいや、善処するためには周囲に誰もいない方がいいんだよね。」
「さっき月美さんに聞いたもん!善処するっていうのはする気がないときに言うんだって!」
今村は月美を睨んだが、月美は僅かに表情を苦い物に変えた後はすぐに元通りの顔に戻って優雅に佇んでいる。
「はぁ……まぁその論争は後でにすることにして、高見東志の新刊が出てるからそれは流石に死ぬ前に読んどかないと後で後悔しそうだし…」
「……マスター。気付いてますよね?」
手にラノベのような本を持って読書を開始しようとする今村に月美が問いかけると今村は首を傾げる。
「どのことに?結構遠巻きに囲まれてること?すでに何名かこの家の中に侵入者がいること?新刊って言っても結構前から読んでないから時間がかかる事?」
「最後の以外全部です……気付いておられるのであれば、対策が……」
「もう済んでるからいいよ。」
家の中にいた気配が若干揺らいだ。今村はその気配を感じた後多少の時間はありそうだな。と判断して周りのことを無視して読書に入った。
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