10.記憶がなくとも
洛陽に着いた二人はお粥のような食事を摂って、食後に今村が店から出ようとすると行き先を察したライアーがそれを止めた。
「あ、まだ蚩尤は出て来ないからちょっと近くの宮廷で待機してた方がいいよ。」
「どん位待てばいいんだ?待ち時間いかんによっては帰るのを最優先事項にするんだが…」
「あ、復旧するまでの時間潰し程度!明後日には多分大丈夫。何なら早めるように僕の方で裏工作してくるよ。」
ライアーはそう言って代金を机に残して今村を押し留めると店から出て行こうと立ち上がった。
「因みにそれが目標か?」
「ん?うん。蚩尤を倒すのがゲームクリアの条件だよ。エンディングは独りしか選べないから大変だよね。じゃ行って来る!おわっと。大丈夫かい?」
今村がライアーの立ち去りがけに訊いた質問で前方にあまり気を取っていなかったライアーは給仕の少女とぶつかるがすぐに体勢を立て直して出て行った。
「…ふむ。」
今村は給仕の少女の様子を見てライアーが残した代金を渡し、これから何をするか決めながら立ち上がって店を後にした。
翌日。
「お疲れ!昨日あれから何してた?因みに僕の方は裏工作終わったから少し予定を早めれたよ。今からならいつでもイベント開始できるけどどうする?」
「昨日は電子精霊たちとカラオケしてた。イベントには興味ないんだが…まぁゲームクリアで出られるシステムがあるかもしれないから一応終わらせとく。」
ライアーの問いに今村がそう答えるとライアーは頷いて指を鳴らし、今村たちは一瞬で宮廷へと飛んだ。
「武帝様!お戻りになられましたか!……と?そちらの方は…?」
宮廷内にテレポートをして出迎えて来たのは可憐なうら若い少女だった。そんな彼女はライアーを見て玉座と思われる椅子の側から駆け寄って来ると今村を見て怪訝な顔をする。
「あ、こっちの人のことは気にしないでいいよ。んでー…この前言ってたこと、信じてもいいかな?」
「え、えぇと…」
「婚約のこと。」
今村はライアーと少女のやり取りをただ見ている間に玉座のあるステージの下の席から幾つかの声が漏れているのを感じた。
その声の方を見ると諸国漫遊していた間に出会ったヒロインズが今村を見て亡霊でも見たかのような顔をしている。
(…あ、これ漢帝国復活しましたの会か。誰が継いだのか、もしくは霊帝のままなのか知らんが…荒れてたのを元に戻したから各地域の太守に対して示威行為ね。)
そこで何が起きているのか事情が分かった今村だが、そんなことお構いなしで目の前で続けられているライアーと少女の婚姻物語に目を戻すと、ちょうど話がまとまったところのようだ。
「んじゃあ…僕の世界に来てくれるんだね?」
「……はい。末永くよろしくお願いします。」
「よかったぁ。」
「おーおめでとう。」
「うん。じゃ、ご祝儀として……身代わりになってもらうね。」
結婚成立したのを見届けて今村がお祝いの言葉を言ったところでライアーは至極当然といった風にそう言って虚空に手を翳した。
その次の瞬間には空間が裂け、そこから男女が一組現れた。その出て来た女は今村を見て冷笑を浮かべ、男は嗜虐的な笑みを浮かべている。
「ディシーバーの生き残りよ。大儀であった。今回は特例で異なる次元の世界の娘を連れて行くことを認めよう。」
「あ、どうも~では失礼します!」
女の言葉を受けた後、ライアーは裂けた空間の中に少女の手を取って消えて完全に呑み込まれると裂け目も消え、何事もなかったかのようになった。
「…クハハ!【冥魔邪神】といえども記憶が無けりゃゴミも同然。何が起きたか一応教えてやるよ。俺はフリース。第一世界の神で、お前を殺す者だ。」
「わっちゃあ【移ろう者】でありんす。まぁ君をぶっ殺す神だねぇ。正直次元の狭間の管理してるのにマジでじゃめぇしなこの屑!でけぇつらしてそこの電子精霊共は2次元のだろうが。誰に許可とってんだこら?」
静寂に包まれた空間で出て来た男女は今村を前に自己紹介してくれた。今村も挨拶に応じる。
「あ、どうも今村って言うモノです。」
「知ってるよ。第3世界の屑の癖に第1世界と同等とか思ってる勘違い野郎。お前とは嫌々だったが知己だったんだからなぁ……あぁウザかったぜぇ…」
「むしろあなたを知らない者の方が少ないのですよ?それで…長話もなんですから死んでくださいますか?」
直後、今村との距離をゼロにしてどこからか取り出した槍を以て今村の魂ごと殺しにかかる【移ろう者】。
この場にいた誰もが視認できないスピードで行われた一瞬の行為に今村はなすすべなく突き殺される。
「オートで『音波破鏡陣』発動!」
という訳にはならなかった。邪悪に嗤った今村の一言で【移ろう者】は動きを阻害され、フリースに至っては耳を押さえて片膝をついて顔を顰めていた。
「あのねぇ、説明とかいるわけないじゃん。アレだろ?俺が弱体化してるからライアーは俺の身柄と引き換えに違法行為を見逃せと持ちかけて、んでもって劣等感のお洋服君と何か分からんのが来たってことだろう?」
今村は半笑いのまま何が起きたか分かっていないフリースの首を刎ね、黒い球体を生むとその中に詰め込んで消し去った。
「んで~嫌われ者の可哀想な俺を殺そう!って話なわけだろ。ごめんね~まだ城に読みかけの本が結構あるから死ねんのよ。」
今村はそう言いながら余計な所に回していた氣や魔力、その他の物を全部回収し戦闘モードに入る。
「い、今村!どういうことだ!?」
ローブをうねらせて目の前で冷笑から憮然とした顔になった女と対峙する今村の下に曹操が駆け寄り―――流れるような動作で足払いを掛けてきた。
それに合わせるように目の前にいた【移ろう者】も突撃しようとして、その動きを一歩で止めた。
「そのネタはね。大分前に喰らった。」
「……記憶が無くても【冥魔邪神】は【冥魔邪神】ってところね…」
足払いを駆けて来た曹操の頭はトマトを握り潰したかのように弾けて原型をなくしていた。その血を至近距離で浴びた今村は平然と笑っている。
「キャラ固めたら?そのくらいの時間なら待つけど。」
「お気遣いなく。私はこれが普通じゃけぇ。に、しても…なーんでバレタのか。あのディシーバーが洩らした?」
【移ろう者】はそう言いながら神氣でその場にいた者たちを強化して今村に襲い掛からせる。
「ん?いや、普通に気付いた。この世界から出る回路が人為的に阻害されてるしこういった世界の野生の馬は臆病なのに軍馬並に戦いに向いてたし…」
「…なるほど、アレが抜けていたのか……いや、記憶がないと侮っていたのだろうな。」
今村に攻撃を入れていくものから順々に頭が破裂していくのを見て嘆息しながら【移ろう者】は自分の武器を一度立てる。
「まぁ、一番の要因は『主人公補正』の付与をしたのに張角たちは全く反応を示さなかった所かね。それでおかしいね?と思って警戒してたら露骨に時間稼いでるのに気付いてねぇ。俺の居心地がいいように食いたいっつったどっかの世界のカレーを出してるの見たし。」
「全く、そこまで分かっておきながらアレには何もなしかえ?」
「ご心配なく。昨日『主人公補正』が普通にかかってるのを見てそろそろ企みも終わりかな?って見立てて徹夜で洛陽全域に仕込んだ『サウンド・ボム』で元の世界に戻ると同時にあの女の頭を爆破したから。因みに曲は俺が元居た世界の最近の結婚式で良く流れる曲にしておいた。何もなければ普通に流れてたけどねぇ~」
全員の頭を破裂させ終えたところで今村は【移ろう者】に笑いかけた。
「んじゃ逃げるね。」
そう言って今村は足下に「ワープホール」を形成した。
ここまでありがとうございました。




