7.死亡フラグは喋るもの
曹操軍は大混乱に陥っていた。そんな中で先頭を切って逃がされているのは曹操だ。彼女は全体の意思を以て逃げに徹するように言われ、歯を喰いしばって逃げていた。
「あーあぁ…だから止めとけっつったのによぉ…」
その遥か前方に今村が率いる私兵300は進軍しており、その先頭部を双眼鏡で見て今村は嘆息していた。
「あーんで、君らちょっと分隊しておいて。罠まみれにするんだがちょいと卑怯なことするから。ライアーちょっと任せた。」
「ん?あぁ、さっきの話ね……まぁ速攻で終わらせて戻って来るよ。んじゃ行こうか。」
「はっ!」
今村はそう言って唯でさえ小勢であるのにもかかわらず、勢いに乗っている公孫讃と袁紹の軍を前に更に兵を分けた。そして指示を出されたライアーも何の疑問も抱かずに移動して行く。
そしてそんな友軍に気付いた曹操が今村の下へと馬を駆けさせた。
「今村か……」
「はいよ~謹慎中の今村君ですよ~?」
全力で闘争を続けていた曹操は疲れを滲ませる声で今村の名を呼ぶが、今村は軽いノリでそれに応える。曹操は苦々しげに言った。
「すまない…見ての通りだ。お前の言っていた通りにしていれば……少なくともこのようなことにはならなかったと…」
「はいはい。いいから逃げな。足止めはやっとくから話は後で。」
緊張感の欠片も見当たらないような今村の言葉に曹操は少しだけ気力を取り戻したのか苦笑しながらもう一度謝罪して―――気付いた。
「今村……お前、兵は…?」
「あ?謹慎中で急いで来たんでねぇ…ビックリするほど速攻で負けられたから私兵しか来てないよ?あ、ついでに君らを逃がすために別働隊に人数を割いてるからここに残ってんのはもう少し少ないが…」
今村の軽い言葉に曹操は馬上で完全に固まった。
「ば…なぁ?お……お前、連合軍の数を知らないのか?8000だぞ?」
「知ってるよ。道中でもきちんと狼煙見て情報集めてるしな。」
「お前、どうする気だ…?」
僅かながら震える声で尋ねてくる曹操。その間に曹操の側近である張遼と荀彧が追いつき、曹操の隣に並ぶ。
「よお、荀彧。馬に乗れるようになってなけりゃ死んでたな。」
「あ、今村様のお蔭で…いえ、今はそんなことをしている暇はございません。失礼ですが今村様の私兵は300程度。迫り来る燕軍が殺到すればひとたまりも…」
「不吉なことを申すな!下がれ!」
恐ろしい剣幕でそう言う曹操だが、張遼がすぐに窘め、平静を取り戻す。しかしそんな3人を前にして今村は眉を顰めながら曹操に言った。
「上司ってのはさぁ……上手く行ってる時は別に何にもしなくてもいいけどダメになった時に責任取るのが仕事なんだからバッドニュース聞いたら冷静に対処しないと。」
今村はそこで切って話題を戦争に戻す。
「んで、目の前の件に関しては…まぁ下手すりゃ死ぬだろうね。そりゃそうだよ戦争だもの。」
「な…お前……策があって来たんじゃ…」
あまりにも軽く言われた言葉に曹操が固まるが、今村は酷い視力でも見て取れる砂塵を見て話を切り上げさせた。
「時間だ。逃げろ。ここは俺に任せて先に行け。」
今村の言葉に何か言いたそうにしていた曹操を無視して今村は的蘆を進める動作をする。
「ま、待て!」
「ん?別にそんなに前に出るほど阿呆じゃないが…」
進もうとする今村を慌てて止める曹操だが、今村にはそこまで進む予定はなかったのですぐに止まる。そんな今村を見ながら曹操は何か言葉を探してふと思い立ったかのように言った。
「お前……そうだ、お前はまだ国に必要な人材だ。ここで失う訳にはいかない。逃げるぞ!」
「いや、逃げ切れんだろ。」
敵はもうすぐこちらに来てしまいそうだ。今村が指す戟の先には殿を務めていた夏候惇と思わしき将の姿が何となく見えてきている。
「俺は言なくなってもいいがお前は駄目だろ。君主だし。はよ行け。」
「だが!」
いい加減しつこいなぁ…と思い始めた今村と引き下がる気のなさそうな曹操の間に張遼が割って入った。
「殿。微力、非才の身ながら、この張文遠が今村殿を必ず「いや、いいから行けっての。」なっ…?」
説得に入った張遼すら今村的には邪魔なのでさっさと行くように言おうとして曹操の言葉を借りることにした。
「お前はまだ国に必要な人材だから曹操と逃げてんだろ?行けよ。」
「今村殿…その言いようですと…」
苦りきった顔をしている張遼を見て今村はにやりと笑う。
「なぁに…あいつらを倒してしまっても問題ないだろう?」
「ふざけている暇は…」
「孟徳!こんな所で何をしている!」
そうこうしている内に夏候惇がこちらに気付いて大声を張り上げた。だが、それは悪手極まりない。敵に曹操がいることを伝えたようなものだ。
「おら、敵さんら気付いたぜ。逃げろ。」
「だが…」
「いいからさっさと行け!」
しつこいのでちょうど手近にいた張遼の馬の尻を叩いて城へと暴走させた。その直後に今村が戟を掲げると一斉に矢が降り注ぎ、燕軍の先鋒が混乱状態に陥る。その隙に言った。
「あんまりもたんから先に行け。夏候惇。分かってるな?」
「………すまん。俺の所為だ。」
「はっは気にすんな。まぁ戻ったら酒の一つは奢ってもらおうかな。」
今村の意識は半分以上が前を向いており、そう言った軽口を向ける相手には今の表情は一切わからない。
だからだろうか。眼前にいる敵意と悪意の塊を前にして戦闘意欲を高めている間に悪意も敵意もない接近に全く気付かず頬に何か柔らかい物が当たった。驚いてそちらを向くと曹操が俯き加減で、そして周りが驚愕の表情で馬に乗っていた。
「ちょ……殿?」
「……だからな?」
迫り来る敵軍の喚声に負けないように曹操ははっきりと言った。
「約束だからな。必ず…必ず生きて帰って来るんだぞ?」
「……まぁその辺は善処するが…」
「いいか?絶対の絶対だ!死んだら絶対に許さないからな!行くぞ惇!」
曹操はそう言って去って行った。遠ざかりながら戦争とは別な騒音が続いている気がしたが今村はもうそのことは忘れることにして前を向く。
その瞬間、目の前の土からライアーが生えて来た。
「いいな~曹操ちゃんからのほっぺにちゅー」
「…んなことする暇あったらガチで逃げろって感じだけどな。てかその前に人の話を聞けば無様な敗走して全部奪われる可能性だってなかったのにねぇ?」
今村の現実的で冷め切った言葉にライアーは溜息をつく。
「嬉しいとか思いなよ。あ、因みに罠は掛け終わったよ。」
「嬉しいって…これは多分違うぞ?まぁそれはいいとして、」
今村は獰猛な笑みを浮かべて燕軍を見た。
「落とし穴最強伝説の始まりだな。」
「…縛りって言ってたのはどうなったん?」
「俺が使ってないからオーケー!っつーか次終わった辺りで多分帰れる時間だろうからこういうのはもうしない。」
矢の雨が降った間を通り抜けようとしてライアーが仕掛けておいた不思議素材のワイヤーブレードに自分の進む勢いだけで脚を切り裂かれそのままの勢いで味方から踏み潰される燕軍。
そしてその屍を越えて果てしない深さの落とし穴に落ちて行く者が量産されていく。
「次~火矢!斉射!」
そんな中で大混乱を起こしている燕軍に対して今村は射掛ける。進軍しまくっていた燕軍は応射も出来ず、後から迫ってくる者たちと押し合い、落とし穴にはまったりと大混乱に陥った。
「そんでもって。」
そんな先鋒の混乱に気付いた中軍辺りでは迂回を模索し始めた。どうやら燕軍には散々進攻してきた曹操の首を挙げるまで帰るという意識はなさそうだ。
「燕軍!化物が来たぜぇ!はぁっはぁ!逃げるか死ぬか選びなぁ!」
今村はそう言って敵軍を恫喝して戟を掲げた。
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