13.こんなものだよ
「私はこれだけ多くの方々が集まってくださっているので…この方と結ばれることを…」
イリアの決断はロケナンド伯爵との婚姻をこのまま進めるということだった。それを受けて今村は表情を変えずに頷く。
「あ、そう。オッケー。」
「…態々来ていただいたのに申し訳ありません…」
今村とイリアの会話を呆然と聞くロケナンド伯爵とアーネスト夫人。ここまで条件が揃っているのにイリアがロケナンド伯爵を選んだことが信じられないのだ。
「い、イリア。素直になってもいいざますよ?」
「申し出はありがたいが…君には未来があるんだ。」
「え…?」
何故かイリアの結婚を決めた両者に止められることになりイリアが逆に戸惑う。その間に今村は「ワープホール」を形成していた。
「か、会長様。少々お待ちくださらないざますか…?」
「イリア、もう一度考え直すんだ。」
ロケナンドは今村―――レジェンドクエスターズにこれによって因縁をつけられるのを恐れ、アーネスト夫人はイリアには黙っていた家政の悪化を改善するためにそれぞれイリアの説得を始める。
イリアは何故自分の判断がおかしいと両者に責められているのか分からない。嫌々なのを無理に決めたのは二人だったはずだ。なのにこれでは自分がどうしても結婚したいと駄々をこねているかのような状況だ。
「い、今村さん…」
「…あ?何だ…?」
イリアは今村を頼ろうとするが今村は帰るのを待ってくれと言われて不機嫌だ。首から上だけこちらの空間に残している。
その不機嫌を察してロケナンド伯爵は本音を出す。
「イリア…いや、イリアさん。頼むからこれ以上そこの方の機嫌を悪くするようなことは止めてくれ。正直、美女は金を出せば手に入る。だがその金がなくなれば俺は終わりなんだ!」
「ヒュー。最低♪」
今村が少しテンションを上げる。見ていて面白かったのだ。対してイリアはそんなことを面と向かって言われ軽く眩暈がする。
「…こんなの…今村さんが来た時点で選択のしようがないじゃないですか…」
「ん?いや~愛情があれば大丈夫!」
楽しげに笑っている今村を見てイリアは感情が煮え始める。
「…楽しいですか…?」
「あぁとっても。」
「…私、これでも一生懸命考えたんですよ…?」
「知らんね。考えるだけなら誰でもできる。どう行動に移すかは人によりけりだ。君の場合はただ流されただけなのにさもそれが当然のような顔をして何も知ろうともせずに変化を嫌っただけだ。別に俺はそれもアリだと思うよ。」
ロケナンド伯爵とアーネスト夫人は今村の顔色を窺っている。
「昨日見てて思ったけど凄い凄い言ってる割にどうしてそうなったのか、誰がそうしたのか、何も知らない。知ろうともしないって感じだったよね。俺はソクラテスじゃないからわざわざ無知の自覚とかさせる気はないが…俺がどんな奴か全く知らないだろ?」
「…関係ないですから…」
「はっまぁ関係ないね!じゃ、俺の目的はもういいや。年長者として一つ話をさせてもらおう。君は昨日、露店に行ったよな?」
その時点でロケナンド伯爵とアーネスト夫人は顔を青くさせる。
「ま、まさか…『マジックアーケード』に…?」
「…え?あ…」
「一般向けだよ。…まぁ奥地まで梯子したがな。そんなことより…」
イリアはそこで自分が行った場所が普通じゃないことを知った。考えればわかることだ。いくら10年経ったとはいえ、全く見もしない材料。粗末とはいえ貴族の料理を食べていたイリアが何十倍もの美味しさを感じた料理。
それらが安いわけがない。目の前の料理に意識を完全に盗られていたが今村が代金として出したのは…毎回金貨だった。
「っ!」
「お、余計な茶々入れのせいで知らなくていいことに気付いた…大丈夫大丈夫。君に返済能力がないのは知ってるから特に取り立てるようなことはしないよ?」
しかし、その保護者たちは気が気ではない。奥まで梯子したというのだ。返済能力がないイリアと違って二人には返済能力がある。
「き…金額は……?」
「気にせんでいいっての。「約2000G(=2000万円)です。内、最も高いのが魔牛Lv.12のヒレ串焼き一本100Gが5本となってます。」…?何で来たんだ?」
あまりの高額にイリアが絶句している中、何故か昨日同行していたマキアが部屋に突然現れた。
「何でって…先生が帰って来ないからですよ。あ、それとスタジオ代が3000Gとなってますね。鈴音…阿桜リンさんの魔術演劇を『ぱんたしあ』がバックダンサーで踊るってコンサートでもないんですよ?」
「マキア。それは別にいいっての。」
今村はどうでもよさそうだが、マキアはいつも今村と話すときとは全く違う冷徹な目をイリアに向けた。
「…無自覚に好意をばら撒くのはちょっとアレなんですけど…それを踏み躙られるのを見るとイラッとくるんですよ。というより殺したい。」
「マキア?俺は好意とか振りまいてないし、押し売りはしたくない。本人が赤ちゃんプレイを好んでんだし仕方ないって。昼ドラ展開はもう見たし…」
帰りたい。端的にそう思っているが、周囲はそんな単純な思考で動いているとは思えない。今村はそんな周囲を見て舌打ちする。
「マキアの所為で…色々バレたし…俺は一等地を渡したのに思考停止したから売り上げが落ちて閉店した奴の話をしようと思っただけなのに…」
「依頼が失敗になるじゃないですか。せっかく先生がクルシュナイ社に対して前年比65%でまとまっていもぐっ…『契約を75%に上げる準備をして、しかも20万G(=20億円)を文化振興費としてアーネスト家を筆頭とした音楽家に寄付するために準備してたのに。』」
今村は物理的にマキアの口を封じたが、マキアはすでに念話と録音木の交信に切り替えていた。
そちらにも今村は対応しようと思ったが、咄嗟に出たマキアの口を塞ぐ手をマキアが舐めて来たので対応に遅れ結果としてすべて聞かれることになる。
ここまで来たら今村の方がイリアの結婚に賛成して反論を認めないことに決める。
「キャンセルだ。全く…これからのこいつの人生考えろ…」
「知ったことじゃないです。私的に皆殺ししたいのを我慢してるんですから!」
「『復讐法』契約通り記憶を以てその力の糧とせよ。」
混乱しているイリアに血走った目でお前が悪いと言わんばかりの憎悪の眼差しを向けているロケナンド伯爵とアーネスト夫人の記憶を奪った。
「え、あ…?」
「…でもこれ感情は取れないんだよね~んー…記憶がないのにその辺のエピソード無しで感情が残るのは不思議だよな…」
今村はイリアの記憶も剥奪にかかる。イリアは能力者なので人用のものとは別式だ。
イリアは今村の言葉を聞いてすぐに今の流れ、彼らが自分に向けた憎悪はこの後も残るという事を理解した。
悲痛な顔をするイリアに対してマキアは今村と話すときの明るい笑みを浮かべて言った。
「…良いこと聞きました。うん。これならまぁ…イリアちゃんのおかげでいいこと聞けたから殺さないであげる♪」
「人生狂わせておいて良く言えるなぁ…まぁそれが【負の神】か…」
そして、マキアはゾッとするほど妖艶な笑みを、今村は見るものが不安になる歪んだ笑みをそれぞれ浮かべてイリアの記憶も奪った。
依頼の報告を受けた兄は表面上落胆したものの、そこまで堪えた様子もなく「イリアが望むのであれば。」と心中で「馬鹿だなぁ…」と嘲りながら去って行った。
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