8.引き取り人
「祓~!」
「……五月蠅いですね。出来れば物言わぬ体になって欲しいです。」
「お、相馬。」
今村と祓が職員室で仕事の話をしていると相馬が職員室に入って来るなり大きな声で祓を呼んだ。祓はその瞬間暴言を吐き、今村は用件を切り上げた。
相馬は今村のことを認識していなかったのか近くに来てから今村の方を見た。
「あ、校長先生。」
「俺は邪魔だな。じゃあな祓。」
「邪魔なのはこれの方です。少し待っていてください…」
祓はいかにも不機嫌といった顔つきで相馬と相対する。そしていつもの数倍低い声で口を開いた。
「…何ですか…?」
「今度さ、ちょっと二人で有給取って「嫌です。まず同じ行動をとりたくないのでその前提が嫌です。」」
祓は相馬を冷徹な目で見ながら斬り捨てた。今村はニヤニヤしながら成り行きを見守る。祓はそれが非常に嫌だった。
しかも相手はこの程度の拒絶であればもう慣れっこなので多少強引にでも続けて来る。
「じゃあ半休で…「嫌です。黙ってどこかに行ってください。私はあなたが大っ嫌いなんです。できれば近付かないでほしいのですが?」」
今村は祓がよく喋るのは相馬だけだよなぁ…と思いながら眺めている。
「それに先生に誤解を招くことを一切しないでほしいんですが?仕事関連以外で本当に声をかけないでほしいんです。具体的に言うなら『館町』で偶然を装って私に付きまとうのをやめてください。」
「館町」は「幻夜の館」の子どもたちや卒業生たちが作った商店街のような町だ。主に文化祭で売上高がよかった店や今村が必要としている店などが並んでいる。
「オッケー。じゃ偶然見かけても近付かないどく。」
「ちがっ…せ、先生は来て…」
因みに今村の件に関しては祓がいないかな…?と探している。しかし、相馬と違って職員室でシフトを見て、前に何を買ったか考えてからどこに行くのか予想して待ったりはしていない。
今村は基本的に本屋とゲームショップしか行かないので気付いていないが。
「…また変なことに…」
相馬の所為で今村に避けられる確率が上昇して不機嫌度が跳ね上がる祓。
ここまでされても相馬は今村から「恋愛視」で一度…いや、何度か祓の感情を見せてもらっているので祓が今村のことを好きだという認識はない。
「消えてくれませんか…?本当に、切実に。」
祓はそんなのを知らない。どうしてこんなに分かりやすい行動をしているのに目の前にいる人物は諦めないのか全く分からないのだ。
最早ストーカーの域に達しているのではないのか?と今村に相談しても警察と同じような対応しかしてくれない。
要するに実害が出てないから動きません。ということだ。むしろ面白がっているのでその件だけはいかに今村が大好きとはいえ受け入れられない。
「…ごめん。じゃあ…何かあったら「ありません。」うん…」
「クックック…おっと失敬。」
そんな二人を見ていて飽きもせずに良くやるなぁ…と忍び笑いを漏らしてしまう今村。祓はアピールの為に今村の腕を両手で取って胸に挟み込むとそのまま今村を連れて職員室から出て行った。
「…んー…そろそろ祓と相馬の方にも決着をつけたいところだが…まぁその前に案件が入ってるしな~」
「…唐突になんですか…?」
今村は拾ってきた子ども。茉優の所にいた。
「いや、お前の方の案件をそろそろやらないと結構押して来てんのよ。何かイリス…?かイリアか知らんがその件やら、そろそろ体育祭して欲しいって要件やら色々あるからなぁ…」
「ぼ…茉優の案件って…記憶喪失ですよね?どうするんですか?」
「叩いて治す。…そんな顔すんなよ冗談だ。」
基本的に息を吐くように嘘やら冗談、それに適当なことを言うので周りはどれが本音か分からない。
ましてや茉優など最近今村の所に来たので本気でやる可能性が極めて高いと判断してその力を考えるにトマトを握り潰すように頭部が破裂するのではないかと心配した。
因みに、ボクと名乗るので茉優と一人称を改めさせた。色々試したが彼女的にボクの次にしっくりくるのはこれだったようだ。
「え…と、じゃあホントは…?」
「ん?そろそろ来るよ。お前の記憶喪失前のお仲間さんが。」
「どういう…」
今村が薄く笑ってその後すぐにしまったという顔になると急いでコントロール室へと飛んだ。
そして数秒後に茉優の部屋に戻ってくる。
「…今のは何だったんですか…?」
「いや、学生証無しでここに来るの忘れてたからさ、あとちょっとで来てすぐ死んでた。あっぶね。」
今村は笑うが茉優は引き攣った笑いしか出ない。
「えーと…茉優は結構この暮らしに慣れて来たんですけど…正直言いますと今更昔がどうこうって言われても結構どうでも…」
「まぁまぁ、ちょっと待ってよう。良いことあるかもしれないよ?」
待つこと30分。今村の持って来たクッキーに舌鼓を打っていた二人の下に男が飛んできた。
「茉優!」
「…今村さんこちらですか?」
「……あ、うん。」
目の前で優雅にティータイムを取っていた二人の前に現れた男はまだ青年で、黒髪黒目で、中の上といったいかにもライトノベルに出て来そうな主人公の面立ちだった。
「茉優…もしかして…やっぱり…」
「あ、すみません…私今記憶喪失なん…きゃっ!」
いきなり男は茉優を抱き締めると茉優は軽く悲鳴を上げ、今村を見た。今村は携帯でムービーを撮っている最中だった。
「…何してるんですか?」
「あ…そうか、今の君にとっては僕は唯の知らない人か…ごめん。混乱させるようなことをして…」
男は申し訳なさそうに茉優から離れたが、茉優の関心はそこではない。
「あ、いえ…それより今村さんは何してるんですか?」
「撮ってる。」
「いや、それは見ればわかるんですけど…何でですか?」
「ある馬鹿の後学の為に。あ、お構いなく。続けて続けて。」
因みにこの携帯カメラは今村の声を自動で削除するというカスタマイズ済みだ。
「…ところで茉優。そこの人は…?」
「……何て言ったらいいのかよく分かりませんけど…まぁ、命の恩人で変人です。ついでにもの凄く慕われてますけど意味が分かりません。あ、今村さんって言います。」
「超常識人だ。俺のことは気にしないでいいよ。俺を慕うってのは狂ってる奴だけだから安心しな。」
今村はこの前異世界に出張したある元ホテルのコックさんたちのことを思い出しながらそう言った。
色々おかしいが、この主人公君は基本的に茉優…というより綺麗目な女性にしか興味がないので今村の発言は捨て置くことにしたようだ。
「さぁ帰ろう。大丈夫、君は僕が守るから。」
「…えー…ちょっと強引すぎるので少し待ってくれませんか…?今村さん。この人で本当に合ってるんですか?」
「うん。」
「…ちょっと性格が合わない気がするんですけど…」
「強引に神としての役目を忘れさせたらしいよ。確か。ね?」
「あれはこんなに可愛い女の子がやるようなことじゃない≪後略≫」
話はどうでもいいので今村は聞き流す。システムとして考えるとその辺は色々あって当然だ。もし、最高のシステムが出来たのであれば全世界が統一される。
尤も、そんな状況に陥ったら今村は知り合いを引き連れて反旗を翻すが。
「…正直この世界で大分楽に楽しく生きていけるのに…というより、ここの食事以上の世界じゃないと行きたくないなぁ…」
そんな茉優の心情を男は理解しないままとりあえず信用を作る事から始めることにした。
ここまでありがとうございます。




