26.花火
「さて……ガニアン。殺り合うか?」
九行が消え去った後、いつものふざけた状態でなく絶対零度の視線を向けてガニアンを見据える今村。その視線はガニアンに死の恐怖を抱かせるには十分過ぎるものだった。
「ひっ……ひぃぃ……た……っ助けてくれぇっ」
その場に崩れ落ち、命乞いを始めるガニアン。そんなガニアンに今村は今度は侮蔑の視線を向けた。
「……勝手に殺そうとしておいて自分が死にそうになった瞬間身勝手に命乞いか。くだらんなぁ……まぁいい。『呪具招来』:契制約書」
今村はそう言って手元に一枚の紙切れを出すとローブの先をガニアンに突き刺した。苦痛に呻くガニアンを無視して今村はガニアンの血で紙切れに何か書いて行く。
「……これを守れ。断ったら一日一個、命にかかわらない骨からどんどん骨が消えて行く呪いをかけたからな。」
今村は紙をガニアンに渡しながらそう言った。恐る恐るガニアンがその紙に書いてあることを見ると拍子抜けした。
「材料の無料提供と売上の2割の上納でいいんですか?」
「……いやならもっときついのにしてもいいが?」
「い……いえっ! 申し訳ありません! ではとりあえず今月分として10万G(1億円)を……」
思ったより大きい金額を受け取ることになって内心動揺する今村だったがそれをおくびにも出さず貨幣袋を出してガニアンから金貨を受け取る。
「……よし、じゃ、また来月。祓大丈夫……? じゃないな。ちっ! 往生際の悪いジ様だことで……」
交渉を終えて祓を見ると彼女は息を荒くして倒れていた。今村はすぐに祓の中に呪いの力を感知すると「ドレインキューブ」を使い引き剥がす。
「ほっとくのもアレだし……俺の中に流しとくか。」
呪いの力の処理を少しだけ考えた今村はドレインキューブから自分の方に呪いの力を移動させ、飲み込んだ。
(ん~……微妙。一応、タナトスにちょっとお仕置きするぐらいの力は溜まったかな?)
「死神の大鎌」の命名について根に持っていた今村は九行の呪力を吸収した後そう評価を下す。呪いが抜けた祓は回復し、喋ることが出来るようになって今村に警告する。
「う……先生……それは……危険です……」
「気にすんな。祭り大丈夫か? 帰るか?」
「……行きます。」
「無理はすんなよ?」
二人はこちらを静かに窺っているガニアンを置いて森から出て行きマジックアーケードに戻った。
「さて……思ったより今世における直接的な初殺人は何も感じなかった。もっと楽しいか自己嫌悪するかと思ってたが……ん~まぁ前世じゃ敵は殺しまくってたし、現世でも間接的には殺してたし今更か。」
今村はガニアンから貰った金貨で聞いたことのない動物の肉を食べながら呟いた。祓はその後を無言で付いて行く。
「……大丈夫かホントに……?」
「えぇ……はい……」
「帰ってもいいんだぞ?」
(もしかして人の死を見るの初めてだったか……? それはなさそうだと思ったんだが……)
そう思っていると何かを決めた祓は意を決して今村に訊いて来た。
「……先生は人を殺しましたよね……?」
「あぁうん。だから?」
「……私も殺してるんですよ。」
「で?」
勇気を振り絞ったであろう祓の言葉にだから何? といった答えしか返さない今村に祓は一度躊躇うも今村の目をしっかり見て訊き直した。
「……こんな私でも大丈夫ですか?」
「まぁ無抵抗の民をいきなりぶっ殺すとかしてなきゃ大丈夫じゃね? 俺の倫理観的には。この国の法律的には微妙かな。」
「……そうですか。」
いつも通りの顔で答える今村に祓は何となく心のつっかえのようなものが退いた気がする。その時後方で空から轟音が鳴り響く。
「……花火か。」
「……綺麗ですね。」
「へぇ。炎色反応見て楽しいですか? とか言わないんだ。」
今村は揶揄するような口調でいつものように祓を茶化す。が、その後少し顎に手をやってから言った。
「そういえば花火は鎮魂の風習から来てたな……よし! なら九行とか言った爺の魂が安らかに眠るようにっと。」
今村は目を閉じ手を合わせて黙祷を花火に捧げた。その間今村の耳から喧騒が遠くなる。
ひとしきり祈ったところで今村は祓に言った。
「じゃ、祭りを回ろう。」
「はい。」
そして二人は雑踏の中に消えて行った。
 




