7.降臨
「…これは…ふぅん…」
今村たちが現在いる世界の創造神に呼ばれて【魔神大帝】こと今村の存在を知ったミニアンの侍女。
そんな彼女は今、とんでもなく不機嫌な彼女の主の前に相対している。そんな気不味い雰囲気の中、彼女が持っていた熊のぬいぐるみが急に輝いて音声を発し始めた。
「おめでとう!目が覚めた…」
「…へぇ。君はどこまで僕を馬鹿にしてるのかな…?」
彼女に送られていた【魔神大帝】からの贈り物。そのぬいぐるみは彼がこのぬいぐるみが光り、反応を起こしたときにまた会いに来ると約束して渡されたものだ。
「これは本当の愛情を持った時に光るからね?」
という説明を聞いたとき、彼女は【魔神大帝】への思慕の念を送り続ければ良いと思っており、ずっとずっと…それはもう気が遠くなるどころか消えてなくなるほどの年月祈っていたのだが、どうやら違ったらしい。
彼女は静かにブチ切れた。そしてぬいぐるみを引き裂く。
「…繋げてくれるかい?」
「は…はい。すぐに。」
侍女はすぐに準備を始めた。そして一人になった空間で彼女は恐ろしく、そしてどこまでも美しい可憐な笑みを浮かべた。
「フフ…ここまでコケにされたのは初めてだよ…でも、僕は寛大だからね…彼にもチャンスをあげよう…」
そして感情のままに引き裂いたぬいぐるみを修理するために別室へ移動した。彼女が居なくなるとそこに誰かが入室して来る。
どうやら先程の侍女とはまた別の侍女のようだ。彼女は未だ拝謁することも出来ない自身の主の部屋に気分を落ち着かせるようにと先程の侍女―――侍女長からハーブティーを持って行くように言われてこの部屋を訪れた。
そして彼女は初めて入ったこの部屋で、机の上に飾られている豪奢な写真立ての中にある写真を見て思わず声を上げた。
「…あっ!お師匠様!」
入室して来たブロンド色の髪をした少女は驚きつつも声を上げてしまったことを反省してすぐに出て行った。
「…さて。俺は何も見ていなかったな。」
朝、今村が隣の部屋に行くとそこには紫色の触手による縛り方の展示会が行われていた。
海老責め・蟹縛り・そして昨日菱型だったものは今日亀甲縛りに変わっていた。
生き物の縛りで限定いたのだろうか。とりあえず見なかったことにしておく。
「…じゃ、お出掛けするか…」
「ちょっ…助け…」
閉めたドアの先で繭の下に吊り下げられている哀れな撒き餌の様になっている海産物の声が聞えた気がするが、気のせいだという事にして今村は宿を後にした。
「お出掛けするなら言ってくださいよ…」
「…何でついて来るんだ?ちょっと殺戮しに行くだけなのに…」
宿を出てすぐ、今村は祓と並んで歩くことになっていた。少々予定が狂ったのでご機嫌斜めだ。
そんな今村の前に突然天へと上る階段が現れた。透明なそれは今村以外には見えているわけではなさそうで、祓は急に止まった今村をじっと見ている。
「…先生?」
今村は黙って変な笑いを浮かべているだけだ。いつもの歪んだ笑みではなく、引き攣った笑みを浮かべている今村を祓はしげしげと眺める。
眺められている今村の方は祓の視線に気付くと急に踵を返した。が、階段に回り込まれてしまった。
「ちっ…こっちにゃ呪具がないからよく分からんが…なんとな~く嫌な予感がするんだよな…」
そんな感じの今村。階段が回り込むので動かないことにした。そんな今村に業を煮やしたのか、階段から人が下りて来た。
「【魔神大帝】殿。6原神が一柱、【可憐なる美】様がお呼びです。すぐに参内ください。」
「人違いです。」
今村は即断した。が、侍女の方は頭を振る。
「あのキルシュを食べたのを見ていました。ご観念ください。」
「…人違いだけど…因みに仮にその大層な名前の人がいたとして、その人に何の用ですか?会ったら伝えておきますよ?」
「…ぬいぐるみの件です。輝きになりました。」
「ぃよっしゃあ!」
今村はガッツポーズ。それを半眼で見る侍女。そして訳が分からないがとりあえず今村が喜んでいるので祝っておく祓。
「…そこの彼女。【魔神大帝】殿のお弟子さんですか?」
「…今のところは…そうですね。どうかしましたか?」
「ん?おぉ、そろそろ卒業してどっか行くべきって自分でも感じてたか!感心感心!」
とりあえず安堵する侍女。祓は卒業という言葉にとても反対しているが、今村は何やら大きな荷物から解放された気分のようでお座成りにしか聞いてない。
「…いえ、あまり祝わない方が…と思いまして、ご忠告させていただいただけです。」
「いや、祝い事だろ。ようやく目が覚め…」
そこまで言ったところで階段の一番上からこの世のものではない極上の美しさを纏った銀髪の少女が舞い降りてきた。
「…いい加減に泣くよ?君、ふざけてるよね?」
「おめでどぅっ!」
「…とりあえず言い訳は中で聞くよ。」
今村にボディブロウを入れて強制的に黙らせた彼女は侍女を見て階段と神殿を消した。
取り残された祓は何が起きたか、今何をしていたのかを少女の顔を見ただけで全てすっかり忘れて宿に戻って行った。
「…で、言い訳を聞こうじゃないか。」
「あ?これ?…ってかお前の部屋まだこんなのが…燃やしていい?」
ミニアンの部屋に案内された今村は部屋の色んな所に飾られている自身の前世の写真を見て燃やすことを提案。それにまたミニアンが小さな拳で今村にボディを入れようとする。
しかし、今度は避けられた。
「さっきのは時間返せとのことでもらっておくけど、今度はちょっとね。魔王倒しに行かねぇといけねぇし。」
「じゃあ代わりだ。」
そう言うとミニアンは今村に飛びついた。そして思いっきり抱きつく。きつく、きつく離れないように思いっきりだ。
「…こんなん見られたら【勇敢なる者】に消されるんだけど?何したいの?」
「…いきなり出て行って、黙って消えて、そして死んで…君こそ何がしたいんだ?今度は許さないからね…?」
「…あれぇ?おっかしいなぁ?ぬいぐるみが光ったって聞いてんだが…」
「…君が浮気をしたと聞いてね。その時に光ったよ。今は元通りだけど…」
そして今村は早まったことに気付いた。
「え、あれぇ?真実の…」
「これ以上言ったら流石の僕でも怒るよ?だ・ん・な・さ・ま?」
「契った覚えがない!」
今村は隔絶空間であるのを確認して『αモード』をとった。そしてミニアンを弾き飛ばす。
「…君は…僕にこんなことするのって君くらいだからね?」
「上等だ。…あり?出られん…」
「そりゃそうだよ。君、今弱ってるし。【呪い】をかいう訳の分からない領域に手を染める代わりに僕と会った時より弱くなってるからね。…まぁそれはさておきとりあえずは愛し合おうじゃないか。」
「俺は愛情も好意も持ってないっての。」
今村は逃れられないということで『αモード』を解除した。
黒目・黒髪・どこにでも居そうでどこにも居ない顔、それに死んだ目をプラスした青年。
それに対して身長を優に超して特殊な力で常にたなびかせている銀髪、惹きこまれるような深い碧色の目。直視するのが恐れ多い程の美貌の顔、それに少し低めの身長。そんな体に相応しく、しかし完全なるプロポーションを誇る滅世の美少女。
そんな彼らの対談が始まった。
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