2.目覚め
今村は森を一度殴って起こし椅子の方に移動させた。そして、彼が座ってから眠りに落ちたのを確認して今度は自分の番だと今村は中に入る。
教室の中では天明 祓が2つの机を向い合せにしている場所に座っていた。
一先ず今村は教室の入り口付近で目の前で何も言わずにこちらを見上げている白髪の美少女に尋ねる。
「……で、俺は何をすればいいのかな?」
「特に何も……」
(……じゃあ帰らせろよ……)
そう思いつつも理事長の指名でバックレるのも問題かと考えて仕方がなく今村は自分の席に向かった。そんな今村をしばらく無言で見ていた祓は自身の前の席を指して今村に言う。
「……こっち。」
「何が悲しくてそんな近距離に行かにゃならんのじゃ……読みづらい……」
今村はめんどくさそうにそう言う。彼の今持っている本は一昔前の小説を漫画家がイラストを描いてリメイクした物なので変な目で見られるのが面倒だということで近付かれるのが嫌だった。
しかし拒絶を受けた祓はこれまで通りの無表情からでも分かるほどに目を丸くした。それを見て何かまずいことをしたのか気になって今村は祓に尋ねる。
「……何か?」
「断られたの?」
キョトンとした顔の祓に今村はイラッと来て底意地の悪い顔で答える。
「悪かったですねぇ……普通こんな不細工があなたのような美人の頼みが断るわけないですからねぇ。」
「……違う。」
何か納得いかなさそうに下を向いて首を振る目の前の美少女。はかなげに移る彼女を前にして今村は頭を掻いて気不味そうに尋ねる。
「……で、何するんだ?」
「……私を見て。」
先程の返答に困る言葉を言った罪悪感からの話題転換。その対応が今村の思考の範囲外であることを受けて今村は加えて尋ねる。
「何で?」
「テスト」
それでも意味が分からない。何のテストだろうか? 今村は続けて、直接尋ねる。
「何の?」
「適性」
「何の適性なんだよ? ……ん?」
そこまでの問答をしても今村は意味が分からない。やってられないとばかりに適当に時間が経つのを待つことにした今村は深く椅子に腰かける。
そこで今村は初めて違和感に気付いた。そして祓の目が今村の頭上に向けられる。
「何か髪が変だな……」
「あなた……こっち側の人間だったの?」
「は?」
何言ってんだこいつ。頭おかしいのか? そう思った次の瞬間。今村は自分の髪の毛を自在に動かせることに気づいた。次いで鰻登りになって勢いよく立ち上がる。
「! 飛髪操衣じゃんこれ! やった! 俺は中二じゃなかったぞ! やっほう!」
「え?」
戸惑う祓のことなど一切無視して今村はその場に急に座って腕を組み、右手の肘を立てて手を顎に当て、歪んだ笑顔で考察を行う。
「はーよかった。これで前世の記憶も本物だったってことで安心するわー。痛い子じゃなかった……ん? 何かこの辺り『魅了』が……あぁ、天明さんのか。あぁ成程……だから言うこと聞かない奴がいて驚いてたんだなぁ。」
勝手に思考を言葉にして垂れ流す今村の言葉に祓は食いついた。
「『魅了』?」
「あ、無意識ね。わっかりましたーうーん今の俺ならあれ作れるな。いやでも別に作ってやる義理はねぇかな……んー余計なお世話かな?」
黙って考えればいいのに今村は途中経過まで全部独り言で言う。気になった祓は顔の表情を一切変えずに尋ねる。
「……何が?」
「『魅了』の影響を弱めようってやつ。要る?」
「別に……」
愉しげな今村の言葉に祓がそっけなくそう返すと急に教室の扉が開いた。そこから理事長が現れて今村と祓を見て満足気に頷く。
「はい今村君!」
「なんすか理事長先生」
「君、急に元気になったね……」
「何か問題でも? 子どもは元気な方が良いでしょうに……あ、ところで先生も何か人間じゃなかったんですね。」
呆れ気味の理事長に対して今村は悪魔のような笑みを見せてそう告げる。一瞬のブリザードが開けて理事長も人間とは思えない悪意を込めた笑顔で今村に答えた。
「それこそ何か問題でも?」
「ないですよ? それじゃあ俺も先生が人外ってこと黙っておくので先生も俺が異常ってことは黙っておいてくださいね!」
問題ありまくりの台詞に何の突っ込みも入れずに今村は元気よく言った。肩透かしを食らったように理事長は頷く。
「……えぇいいですとも。それはそれとして明日の朝、七時五十分に理事長室に来てください。」
「いいですよ。じゃあ失礼します。」
今村はそう言うと足取り軽く教室から出ていった。その後ろ姿を見送って理事長―――白水は呟く。
「あれは……一体なんだ? 自分の学校の教師が人外でも当たり前のように振舞うとは……」
怪訝な顔をした白水だったが、後の仕事があるので祓を伴ってその場を後にした。