8.お誕生日会での陰謀
「…先生…先生…」
「鬱陶しいなぁ…」
1週間が経って、今村は誕生月が変わったというのに今更ながら「幻夜の館」の一室で今村の誕生日会が開かれていた。
今村はパーティーの熱気に中てられたのと連日の勤務の疲れから多くの子供たちが寝ている状態の中で酔いつぶれているのにそれでも特定人物から凄くべったりくっつかれて辟易している状態だ。
「ご主人様ぁ…えへへへ…」
「今村さん…」
因みに出来上がっているのは祓だけじゃなく、安善とミーシャも完全に出来上がっていて今村の両手を塞いでいる。ポジショニングとしては祓は今村の前面。芽衣が後ろを取って反射的に投げ捨てられていた。
そんな状態で唯一、酒を飲んだものの未だに正常な思考をしている今村が溜息をつく。
「…はぁ、『冷棄却法』っと。…封印式が微妙な出来だから意志薄弱さに拍車がかかってるなぁ…」
そう言って猪口を睨み、浮かせて口に運ぶ。手酒をしたいが両手はしっかり手と足でホールドされていて動かすと変な声を出されるからだ。
酒を飲むと今回は愚痴っぽくなって目の前の美少女達を見た。
「こいつら…俺がイカレた化物って記憶がないからってよくこんな事出来るなぁ…というよりこんなことやってたら俺じゃなきゃ喰ってるだろうな…」
これじゃ異性に大変な目に遭わされるであろうのに、何度過度なスキンシップをするのを控えるように言っても一向に改善する気がない少女たちに今村は複雑な心境の顔を作る。
それはそうとして今村は安善を見て視線を止めると少し考えることがあった。
「…にしてもだよ。それはそれとして安善に関しては少し面白いことに出来そうだよな…」
安善がボロボロになった時、今村に詰め寄って来た男のことを思い出して今村は口の端を吊り上げながら酒をまた口に含む。
相手が自分で恐ろしいものと知っているあの男が今村に必死な形相で詰め寄って来たのだから。
「キャロラインちゃんに何があったんだ!」と。その後の今村の「…それ、誰?」という言葉にぽかんとした顔は今村のこの一ヶ月の中でもかなりの上位に入る面白いものだったので一年は忘れないだろう。
尤も、その事件は今村が偽名を教えた上で恋愛感情が向いている方向を考えて誰のことか分かっていた上でのことだったのだが。
「…さて、安善もそいつのことあんまり悪くは思っていないみたいだし、少なくとも行き場がある奴なんだし、こんな化物からは早いところ遠いどっかに解放してやらないといけないな…」
自嘲の笑みを深めて猪口に酒を注ぎ燗を空にする。
(…まぁ、こいつの生い立ちから考えて生半可な気持ちじゃ厳しそうだから親代わりのようなものとして見極めはするがな…)
それで更に瓶から新しい酒を出して燗に入れて温めると鈴音が現れた。
「いっまっむっらさん!収録終わりました!」
「ん。あぁ…お疲れ。」
「はぁ~…日本語ですねぇ…やっぱり日本語がいいですねぇ…」
ここ最近、この世界の共通語のエスペラント語でずっと生活していた鈴音が今村の短い言葉に感動して向かいのソファに座る。
「そんなに日本語がいいなら帰るか?」
「いや~今の所帰る予定はないですよ~あっちは偽物の私でもできますし。あ、これいただきますね~」
鈴音はそう言ってリキュールを飲んだ。
「甘い…ふぅ。それにしても今村さん。訊きたいことがあったんですけど。」
「あいよ?」
裂きイカを食べながら今村は鈴音の言葉を聞く。
「…何で言葉が違うのにこの辺の人たちは日本語の名前っぽい発音が多いんですか?」
「…あぁ、そりゃアーラムって言うこの世界の創造神が俺の望むイメージの世界を創ったらしいんだけど、あいつ『失われし言語』の『日本語』を使えねぇから日本語モドキのエスペラント語に仕上がったみたい。」
今村が口でイカを咀嚼しながら別の所で地声を出して説明すると鈴音は感心したように頷く。
「へ~…私てっきり全部日本から転移して来た人たちの子孫なのかと…」
「転移は最近だ。そんな昔からはやってねぇ。」
「そうなんですか…ところで昔で思い出したんですけど、この世界の歴史って日本にそっくりなんですよね。」
「…そうなのか?」
鈴音は頷いた。
「細部がいろいろ違いますけど…大まかに、登場する歴史人物だけは。」
「…それは…おかしいな。」
この話を聞いて今村は首を傾げる。
日本にはこの前初めて行ったはずだ。それにその国に少しの間滞在することになったがそこまで深くは文化、歴史など知らない。
だが、そこで不思議と自分の常識が通じることは『呪式照符』で最初に世界を検索した時に気付いた。
(行ったことがあった…?なわけない。だが…どっかで懐かしいとか思った気も…あ゛~っ!わからん。長生きしすぎてボケたか?めんどいしもういいや。)
今村は別に知らなくても生きていけるしいいやと思考放棄した。思い出すのを諦めるのがボケを進めることにつながるという事を思い出しても面倒臭さが勝った。
「まぁいいですね!」
鈴音の方も今村が難しい顔をしていたことから空気を呼んで話題を変えることにした。
「あ、そうそう。色んな子供たちからももう貰ってると思いますけど私からも誕生日プレゼントです。」
鈴音がそう言って出したのは手作りお菓子の詰め合わせだった。
「いっぱい物を貰ってると思うので、すぐに消費出来る物をってことで。」
「へ~…食っていい?」
「どうぞどうぞ。」
可愛らしくラッピングされたそれを開けて香ばしい香りのするクッキーを食べる。その一口で今村は感心した。
「美味いな…かなり。」
「よかったです。」
鼻がほころぶ様な笑みを咲かせる鈴音。今村はふと先ほど貰った媚薬入りクッキーやら昔貰った痺れ薬入りクッキーなどを思い出して普通に手作りクッキーを食べたのはいつごろかなぁ…?と遠い目をした。
「どうしたんですか?」
「…いや、何でもない…」
普通の食べ物は毒も薬も入ってないというのに何故こんなに普通のクッキーで感心しているのか少々不安になっただけだ。
「…そうだ。ちょっと面白いこと考えたんだが…」
今村は鈴音にこの前起こったことについて話をしてみる。すると鈴音は顔をピクッとさせて苦い顔をして言った。
「…安善さんの方が可哀想すぎます…」
「む…確かにな…満更でもないみたいだが、確実にゴールインとまではいかないしな…」
(…どう考えても今村さんのことが好きで仕方ないのに、本人から別の人に嫁に追いやられるなんて酷すぎますよ…)
今村の呟きとは違う考えを思う鈴音。しかし、それは言ったとしても聞こえないので言わない。
「…じゃ、両方を試してみるか。」
「そんなに急がなくてもいいんじゃないですかね?」
「あ~…」
(…いつ俺が起きるかわかんねぇんだよ…元の世界の人から見捨てられ、元の世界の神から迫害され、頼る相手が俺しかいない奴らならまだ俺と居るしかないから俺と居てもいいんだが…別の場所があるなら逃がして生きさせてやった方がいいだろ…)
だが、今村の中に大罪たちが居ることは言わない。存在していると知られるだけで混乱を招く者だからだ。
この後は当たり障りのない話だけでその日は終わって行った。
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