7.目覚めし者と眠りし者
「っと、…最低限の回復を済ませた所で頼まれごとを済ませますか…」
この状態の今村は本体の今村が消え行く意識の中で変わる時に頼んだことを実行することにした。
「…白髪白髪…いたいた。」
今村は祓を髪で包んで持ち上げた。その際に傷や色んなところを治しておく。そうすれば祓も起きるわけで今村の方を見た。
「う…ぅ。せん…せい…?」
「…ま、抵抗は無意味だ。大人しくしてろ。え~と流石本体。この『スレイバーアンデッド』を解くには2分はかかりそうだね。」
軽く言った言葉に祓は身を強張らせる。
「…え…や、やめてください!まだ…まだずっと一緒にいたいんです!」
「却下。『本体』こと俺は消える気満々だ。…本体に時間軸を弄る力は一切残ってないし特異点故に色々な制限がかかるから楽に行ける自世界に引き籠るつもりだね。」
祓は必死で止めるが今村は特に気にした風もなく解呪を進める。しばらくして初めて祓は今村の異変に気付いた。
「…せんせ…聞こえてますよね…?」
「あ?聞こえてるけど聴く気はないな…」
「な…んで…?」
そこで今村の方も解呪の手を一端止めた。
「何でって…俺は…いや、俺らは『憎禍僻嫌』かかってんの知ってるしな。いや、ってかお前らの感情も知ってる。」
今村のあっさりとした告白に祓は呆気にとられた。
「まぁ、本体は知らないがな。知ってても意味ないし。一応この後記憶を奪うけど喋りたいから喋るわ。俺らは他者を信用しないからお前らの感情は無理。受け入れられない。ついでに本体が最も嫌うものは束縛。別に死んでもいいと思っている本隊が唯一嫌っているのが自由を失う事だ。」
「死んでもって…」
「俺らは勿論それを良しと思ってない。俺が死んだら俺らも死ぬし。何より俺は俺が大事だ。無限の世界を滅ぼして、原初の世界に戻したとしても俺らは俺を残したいと思ってるんだよ。…さて、君の新たなる旅立ちを無意味に飾り立てた所で記憶を貰おうか。…俺と関わった記憶を全て。」
「嫌です!!!!!」
自分でも出したことのない大声で拒否する祓。泣きながら今村を押し留めようとする。
「お願いします!私の世界はあなたなんです!私から世界を奪わないでください!お願いします!」
「え、そんなん知ったこっちゃない。大体無理だよ。君の恋は叶わないものだし、記憶ってかなりいい回復薬なんだよね。俺を含む俺らにとって。どうせなら有効活用しようぜ?」
「嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です…」
「…ふざけるなよ?」
恐怖の入り混じった目で今村から逃れようとする祓を低い声で圧殺するかのように今村は鋭い目線と声を送った。
「…大体、貴様らが結界に侵入しなければ俺はこんな目に遭っていなかった。怪我一つなく儀式を終えていただろう。回復もこれほど必要になっていなかったはずだ。これは貴様らの所為で…」
「そ…れは…」
「虫がいいんだよ。何でも欲しいものを得られると思うな下級神の力を得ただけの人間風情が…」
今村は吐き捨てるようにそう言った。それに対して祓は何か逡巡していたが何かを振り切ったかのように今村を見据えて言った。
「…じゃあ、もういいです。先に『スレイバーアンデッド』から…」
「断る。記憶から奪う。理由は簡単。自殺されると面倒だからな。」
「何で…もうどうしろって言うんですか…!?」
「諦めろ。受け入れろ。…あぁ、記憶を奪わないことも出来るな。そう言えば。」
「それを…」
「簡単だ。俺の娯楽の糧になれ。」
祓は救いの手を出されたと思った途端に打ちのめされた。今村の言いたいことは要するに今村以外の誰かとの恋愛沙汰を見せろと言っているのだ。
(そんなの…そんなの出来るわけないじゃないですか…)
心が捻じ切れて悲鳴を上げている。そんな祓を相手にしている今の今村は嗤っていた。
「酷い…」
「こんなのに間違った感情を抱いた方が悪かったんだな。ご愁傷様。次はもっと良い奴…」
「嫌です…何があっても…どうなっても…私は…私はあなたが…」
嗤っていた今村の顔が憮然となる。
「…何がここまでこいつをねぇ…」
「あなたは先生の一部なんですよね…?」
突然話を変えた祓。今村は首肯する。
「そうだな。」
「なら…全ての先生と話をさせてください…」
「却下。面倒だ。だっだだだだっだだだ…我らが主…お早いお目覚めで…」
急に壊れた今村。その目が閉じると生えていた羽がいきなり消え失せる。
「あー…今年の誕生日はアレだな…折角の年に一回の解放日だったのに無駄に…」
「先生ぇっ!」
何かが本能的に変わったと感じた祓が今村に飛びつく。今村は普通に躱したがその後祓を見て顔を顰める。
「…『スレイバーアンデッド』解けてねぇ…やっぱフルオートだと言うこと聞かねぇか…セミオートじゃなきゃな…」
「先生!先生…」
今度は縋り付いて逃がさなかった。今村は別のことを考えて全く気にしていない。
「全て…全部先生に私は…すべて先生のものですから…お願いです…捨てないで…」
「ん~…何言ってるか聞こえねぇや。そんなことより今世の記念すべき俺の家第一号がもの凄く荒れてる事について俺は引っ越しを考える必要がありそうだな。セキュリティをもっとキツく…何で抱き締めをきつくしてんだテメェは…」
嫌そうな声でも払われないことに安心感を覚えながら祓の意識は自然と薄れていった。しがみ付かれた今村の方はふと何か思い出す。
「あ、あの緑髪のムカつく男に嫌がらせしてねぇ。て?」
そんな中で今村のリビングにあった観葉植物に見覚えのない真っ赤な実が生っていた。
「…え?この植物そういうんじゃないんだが…」
とりあえず鑑定。するとあの青年に効く毒薬であることが判明した。
「…へぇ~、後で指と爪の間に串を刺してその串に沿うようにゆっくり酸を流してその串に呪炎を灯して肉を焼いて串をへし折って中に残るようにした後に飲ませてみよ♪」
そう言って祓をローブで抱えながら観葉植物に近付いてその実をもぎ取る。それが終わると自分の体がガタガタなのでほぼ動けなくなった。
「…あ~…とっておきの自世界に帰るか~…回復用だけに特化したあの世界に…」
隣に居て寝息を立てている祓を見て苦笑する。
「こいつは『ウラガイホーマ』で、最悪『ドルミール』を使って眠らせたままにしておこう。俺の世界が複数あることに気付かれると面倒なことになるし…」
今村はかなり自分の体に鞭打って「ワープホール」とは別の空間術式を解放する。
「はぁ…本来ならこのまま死んだ方がいいんだろうけど…まぁ俺も俺で生きたいし…出来るだけ関わりを無くして行くから生きてていいかねぇ…?まぁ生きたいだけ生きるけど。」
誰に聞かせるでもなくそう言って今村はその世界の中に消えていった。
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