3.ようこそ日本へ
「…ってこと!」
「…この人が元アイドルぅ…?」
一応異世界についての説明が終わった。鈴音の姉、恋華は今村の至って平々凡々な顔でアイドルとかいうのにもの凄い違和感を覚えたがとりあえずは気にしない方針で行くことにしたようだ。
尤も、今村の方は鈴音の勘違い(元はと言えば今村も少し勘違いしていたが…)に気付いており、アイドルが「崇拝される偶像」という意味で自身の「邪神」という意味ではないと気付いていたがどうせマネージャー役をやった後辞表を叩きつけてすぐにお別れだからいいか。と面倒事は避ける方針だったので黙っておいた。
「ん~…鈴音…あなた騙されてない…?」
「立派なアイドル姿だってあったんだよ!今、今村さんにおんぶされているみゅうちゃん様が持ってるから見せてもらいなよ!」
「ん~…っていうか、その子は誰なの?」
「今村さんの娘さん!龍なの!」
「む…娘ぇっ!?え?今村さんって一体いくつ!?」
「…ん~…色々別時間だからなぁ…難しいが…精神的な年齢はアレだ。爺とでも思っていてくれ。それで頼みたいことがある。」
「何ですか!?」
鈴音が嬉しそうに今村の頼みごとを訊く。今村はローブから拳大の金塊を出して話し合いの舞台になっているリビングのテーブルにおいた。
「これをこっちの世界の金に換金して欲しい。」
「ん~…今それに合うだけのお金持ってないなぁ…ですけど、ここで暮らす分のお金位ならあげますよ?私一応トップアイドルやってますからそれ位は稼いでますし…」
恋華は金塊を生で見て口をパクパクさせている。鈴音の姉とだけあって整った顔立ちをしているのに台無しになって間抜け面を晒していた。
「ふみゅぅ…パパぁ…えへへ…」
「起きたなら降りろ。」
ついでにみゅうが起きた。そしてその顔を見て恋華はまたしても起動停止する。
「か…かかかかっかか………」
「ふみゅ?パパここどこ?」
「かっわいいっ!何その不思議生命体!どこから拉致った!?うっひゃぁい!お祭りだぁっ!」
起動停止していた恋華が壊れた。鈴音は残念なものを見る目で恋華を見、今村はここで使える道具とどれくらいの範囲で何ができるか考えることで無視した。
「みゅ?むぐぇ…」
「むぐぇだって!可愛い!可愛い!可愛いぃぃぃぃぃっ!」
「鬱陶しいよぅ…パパコレ始末していい…?」
「ん~…駄目かな。お願い事があれば聞いてやるから我慢して。」
「…今日も添い寝…」
今村は了承。みゅうは仕方なくなすがままにされた。そしてしばらく経って恋華は何事もなかったかのように座っていた。
「…ごめんなさいみゅうちゃん様…この分だと多分覚えてないです…」
「…ちゃん様は嫌…もう仕方ないし様は良いよ…」
不機嫌状態に陥っていたみゅうは今村に撫でられ気持ち良さそうにしてご機嫌を取り戻してきた。恋華はちら見しつつも話を整理して溜息をついた。
「全く…本当に心配したんだからね…?」
「お姉ちゃん…」
(…なんだろう。良いやり取りを見ているはずなのにさっきの状態が頭から離れなくてちょっとどうしたらいいのか分からん。)
奴隷になりかけた辺りの話などで涙を溜めたりしていたがみゅうの髪に顔を埋めてスーハーしていたことの方がインパクトが強くて素直にいい姉だなとは思えなかった今村は気になっていたことを伝えた。
「そう言えば事務所にはもう伝えてあるのか?」
「…もう伝わってると思います。スケジュールは向こうが管理してますので…それでどうすればいいでしょうかね…異世界に行ってましたとか公表すれば大変なことになると思いますし…」
感動の再会が終わったところで現実の問題について話し合いが始まる。だが、今村は不敵に笑った。
「じゃ、簡単だ。マネージャーが一本早いバスに乗らせたのを報告し忘れてそのまま寝てさっきニュースを見ていたら事故があったことに気付く。それで慌てて電話して己の失態を恥じて辞表提出。それで終いだ。」
「…成程。ですけどマネージャーさんは…」
「死んだ。俺がなりすます。ん~こんな感じの喋り方で良かったはずよ?」
その声の変化に恋華は驚き、次いで瞬きをしていた間に今村の顔と体型が完全に女性マネージャーになっていたのを見てすぐに行動に移った。
「まずは私の方から安否確認が来たと伝えます。」
「じゃ、俺はあの世界に変な影響が与えられるといけないから子供たちに回収させといたこれで…」
今村はマネージャーの携帯電話を取り出した。よく分からないがまぁおそらくこうかな?と思った感じに操作すれば行けたのでそれで電話する。
もう少しでファックスを回す所だったとめっちゃ怒られたのでその場で辞表表明。退職金がどうのこうの言っていたので相手の思うがままにすればいいと遠まわしに伝えて終了した。
「…この姿になった意味…」
電話を切ると今村は何でこんな恰好をしたのか…と軽く欝になったが、まぁいいやと切り替えることにしてここにもう用はないとばかりに立ち上がった。
「みゅ?もう行くの?」
膝の上で電話先の人物に何か嫌なことが起きろと念を送って本当に何か起きそうだったので今村に宥められて撫でまわされていたみゅうがそう訊く。…と鈴音が携帯片手にもの凄いスピードでこの場に舞い戻っていた。
「はい…迂闊でした…はい。」
そんなことを言いながら今村の袖を掴んで離さない。今村は何か用があるんだろうなぁ…と思ってその場にまた着席する。
「はい。ご迷惑をおかけしました。はい…失礼します…」
鈴音は速攻で電話を切ると今村に抗議する。
「どこかに行こうとしていましたね?」
「ん?思ったよりあっさり要件が終わったしな。で?何か用か?」
「…今村さん。行くところの当てはないですよね?」
「ないよ?」
今村はあっさりと答える。
「ここに泊っていきません?両親は共働きで殆ど帰って来ませんしいかがですか?」
「そこまで面倒かけねぇよ。じゃ、元気でな。」
鈴音はその程度で諦める人間じゃなかった。その程度で終わる少女であれば最初から今村に好意など持たないだろう。
「この世界の常識を知らないですよね?それにどこに何があるのかも。」
「ん?ある程度何となくふんわりざっくりさっき調べたよ?」
「全っ然駄目です。…少なくとも今日はここに泊っていきましょう。おっきな本屋さんに案内しますから。」
「よし。任せろ。」
速攻での変わり身だった。だが、それは電話を終えた恋華によって阻まれる。
「待って、そんなの駄目よ!鈴音!鈴音ももう17歳なんだから少しはそう言った事について考えなさい!」
「ん~…そんなこと言っても旅の間ずっと一緒に同じ屋根の下で寝泊まりしてたよ?」
夜は一回一回パラディーソに帰って寝ていた。確かに同じ城の下といえるだろう。
「む~?パパはみゅうと一緒に寝るんだけど~?」
「大丈夫。一つのベッドに3人入れば密着度が上がるから!」
「ちょい待てい。みゅうはさっきの約束があるから仕方ないとしても何でお前も一緒のベッドのつもりだぁ?」
「仕方ないよね?布団がないんです。2月の10日。まだ寒い日。そんな中毛布もなく寝ることはできないと思います。」
「鈴音…」
姉が凄く残念なものを見る目で鈴音を見ていた。今村は溜息をつく。
「…お前寝る場所ないのに俺らに泊まれとか言ってたんか…最悪みゅうは置いて行く「駄目!絶対ダメ!もう駄目なの!置いて行っちゃやだ!」…のは無理らしいな…」
涙目のみゅうに今村は若干疲れたような目をして黙った。少々置いて行かれることがトラウマになっているようだ。
「…はぁ…お父さんの部屋が空いてるからそこにお願いします。」
「…あいよ。」
とりあえず今村の今の行動に掛ける天秤は本屋の案内が勝っているので今村はその言葉に素直に従っておくことにした。
ここまでありがとうございます!




