14.呪式照符
「……? 先生……今日は帰るの遅いですね?」
いつもだったら今村はとっくに帰っている学校の最終下校時間を大幅に過ぎたころ、今日はなぜか帰らない今村に祓は疑問に思って訊いてみた。
今村は祓に言われていつもの時間を過ぎていることに気づいた。
「あー? はよ帰れって?」
「いえ……そんなことは、ないです。」
今村の言葉にいつになくはっきりと否定する祓だったが例によって今村は聞いてない。
「まぁここお前の家だしな。あんまり長居してほしくないのは当たり前だろう。さて、理科室に行くか。」
祓の迷惑になるよなーなどと言って今村は荷物をまとめ始めた。そんな彼の様子にに祓は可愛らしく小首を傾げる。
「……? 帰らないのですか?」
「あー? 俺が同じ校内にいるのがそんなにも嫌か?」
異常に自分のことを卑下して捻くれたことばかり歪んだ笑みで言う今村。祓はすぐに否定しようとするが今村の続きの言葉の方が早い。
「悪かったなぁ……だが今日は学校に泊まりだ。」
「えっ?」
今村の思いがけない言葉に驚く祓。そんな祓に今村は今回の計画を説明した。
「なんか体に入った刀がざわめくって言うかなんつーか変な感じだから一週間前から家に学校で勉強合宿があるって文書渡しといて泊まることを示唆した。んで後は刀をじっくり観察して、あと個人的に作りたいものがたくさんあるからそれも作ろうってな感じ。」
一気に言ってのけ、偽造文書を出す今村。公文書偽造になりそうなものだが、理事長の許可を貰っているので正式な物でもある。そんなことはどうでもいいと祓は話を頭の中で整理して尋ねた。
「……では、ここでやればいいのではないですか?」
「……それはちょっと。」
祓が言ったのは流石の今村にもちょっと躊躇いの出る申し出だった。だが祓は名案を思い付いたという状態で今村にここに残るように勧める。
「夕飯私が作りますし、お風呂大きいですよ? 大きな音が出ても結界があるから大丈夫ですし、被害も抑えられます。」
「あ~……でもちょっとなぁ……」
歯切れの悪い今村の返事にいつもと立場が逆になった祓が猛攻を仕掛ける。
「片付ける手間も省けますし、明日の準備もいらないです。移動、設置の時間が無くなることに加えて何かあった時に私もいればすぐに対応もできます。」
「……お前とか俺が良くても世間体が気にするから嫌なんだよ。ほら、俺って小市民だろ? 周囲の目がムカついたら破壊活動に勤しむかもしれない。」
今村は頭を掻きながら冗談を交えつつ気不味げにそう言って祓に察して貰おうとする。だが、今回の祓は譲らなかった。
「……別に私が何かをするわけじゃないですし、誰かが吹聴するわけでもないんですよ? 何で躊躇ってるんですか?」
「……お前どうしたんだよ急に……まぁいいや。」
今村の反対する理由が弱くなっていき、今村はそこで思考を止めた。
「うん。じゃあよろしく。」
「はい。では準備にかかりますので…」
今村の宿泊が決まったらすぐに祓は自室に戻って行った。その後ろ姿が実験室から消えると今村はすぐに金の装飾が施された黒い刀を出す。その刀は脈を打っているようで、今村は自然と興奮してくる。
「……あ~何か滅多切りしてぇ……っていかんなぁ……くっくっく! あっはははははは! あ~……ってん!?」
今村が刃物を持って高笑いをしていると急に黒刀が輝き、今村の目の前が真っ白になる。
そして今村の視界が取り戻された時、今村の少し前の床には刀身の全体が光り輝く反りの殆どない金色の大きな太刀と、刀身の全てが漆黒よりも黒い、反りの深い小振りの日本刀が刺さっていた。
そしていつの間にか黒刀の動きは止まっている。今村は両者を見比べて僅かに首を傾げた。
「……? 何のこっちゃって気分だな。あ、こんな時こそ使いどころだよね……『呪式照符』」
今村はそう言ってローブから一枚の幾何学文様と文字の羅列がびっしりと書かれた札を取り出した。
「ん~さてさて、ちゃんと使えるかなぁ? っと出た出た。」
今村がその札を二振りの刀にかざして十秒後、札に元々あった文様がすべて消え、代わりに普通の文字が浮かび上がってきた。
(え~と、銘は金の太刀が『絶刀』で、黒のポン刀が『絶牙』か……名は体を表すって言うぐらいでこれも強いみたいだが……名前はあんまり言いたくないな……必殺技まであるけど使わないかな……あ~使いてぇ! どこかに都合よく敵が転がっていない物か!)
そこまで考えてから今村は急に思考を切り替えてふと思う。
「意外と『連版紙』で作った『呪式照符』いけるな。…もしかしてこれもいけるんじゃ?」
今村はそう言ってローブと金の装飾が施されている黒刀をテーブルの上において呪式照符をかざした。するとこちらも先ほどと同じように文字が浮かび上がってくる。
「え~と? あ、ようやくこの黒刀の名前がわかったわ。こりゃ『呪刀』って言うのか。……うん。わかりやすくていい。んでもって、こっちのローブは『カースローブ』か。こっちも簡単でいいな。」
テンションが上がっているらしく、独り言を呟きながらニッコニコしていた今村だったが説明文の途中で頭に鋭い痛みが走り思わず蹲る。何も出来ずに今村がそこにしばらく蹲っていると祓が帰ってきた。
「先生準備が……っ!? 先生っ!?」
入ってくるなり蹲っている今村に焦って駆け寄る祓。だが今村の方はそんなことを一切気にせずに小声で何やら呟いている。
「金狐……あ~やっぱりか。いや、その前提もあることを思い出せたが……内容は全然だな。ってかこんな基本を忘れてたか……逆に何であそこだけ……中二まっしぐら部分しか……」
「先生っ! 先生っ!?」
心配する祓を今村は片手で制する。
「あー。五月蠅い。今ちょっと話しかけんな……色々やり直しだな……」
「大丈夫なんですか?」
間違っても心配してくれた相手に返す返事ではない返事をした今村。しかし祓はそんなことを気にせずに今村を気遣う。
「あー。しくったなぁ……」
しばらくすると今村は祓に軽く礼だけ言って不機嫌そうに立ち上がった。祓は今村に心配そうな目を向ける。
「……どうしたんですか?」
「あー? ちょっと『呪式照符』の情報でなー」
「……『呪式照符』?」
「知りたいことを術者の力の及ぶ範囲で表示するもの。」
今村の簡単な質問に祓はそういうものもあるのかという感じで納得する。そしてそこからどうしてこうなったのか尋ねた。
「……それで、どうしたんですか?」
「あ~? 別に何でも?」
それがどうして今村の体調を崩したのか気になった祓は続きを聞くが、今村は話をはぐらかす。その態度に祓は珍しく微かながら苛立ちを見せた。
「っ……心配したんですよ?」
「……? 別に俺が死のうがどうでもいいだろ?」
「何を言って……」
苛立ちを深めようとする祓だったが今村の不思議そうな顔を見てこれ以上の言葉が継げなかった。今村の顔は誰もが知っている常識を今更確認されたようなものだったのだ。
「……で? 祓はどうしたんだ? 飯?」
「……はい。」
「そっか。悪いな。」
今村はそう言って祓と一緒に部屋を出た。隣の歩く祓には寒々しい何かが吹き荒れていることも知らずに。




