19.歓迎勇者御一行
「…いらっしゃい。」
はぐれ勇者御一行がこの町に入って初めて見た大人の姿がそこにはあった。だが、不思議なことに普通の町では賑わっているはずのギルドの中もこの町では水を打ったかのように静まり返っている。
「…えぇと…情報を…買いに来たんだが…」
静かな状態で声を出しづらそうにはぐれ勇者はそう言ってSランクのギルドカードをギルドの職員に見せる。ギルド職員はそれを確認して水晶に通すと返却して勇者の顔を真正面から見た。
「…何の情報だ?」
ここで一度はぐれ勇者は驚いた。この人はまだ若い自分が勇者であることを何の違和感もなく受け止めたばかりかテンションを低いままに応対して来たのだ。
「お…驚かないんだな…」
「…何がだ?」
「俺がSランクってことに…」
「…そんなんどうでもいい。」
初めての体験だった。Sランクであるのにギルド職員からどうでもいいという扱いを受けたのだ。普通であれば恐れたり諂ったりする所を…しかし、これにはハーレム要員1が噛み付いた。
「ご主人様にどうでもいいとは何事ですか?」
「…あ?」
ギルド職員が眉を跳ね上げただけで勇者御一行は少し身構える。しかし、ギルド職員はつまらなさそうに身を引いた。
「…そんなことより情報だろ?何の情報だ?」
「…ここの領主。今村について…」
今村に…と言った直後、凄まじい殺気が勇者御一行を後ろから包む。目の前のギルド職員が顔を引き攣らせるぐらいのものだ。ギルド職員が引き攣る顔で勇者に告げる。
「悪いことは言わん。撤回しろ。今村様と言え。」
「い…今村様の情報を…」
慌てて訂正したことによって殺気は少しだけ緩められた。…が、ハーレム要員2、3が失禁してしまうくらいの恐怖は続いている。
ギルド職員は音を聞いて顔を顰めると言った。
「…掃除はそっちでやれよ。領主様ねぇ…謎に包まれてる。見た目は普通。黒髪黒目で性格は変わり者。この町にいる殆どの子供たちを救出した方だな。で、こっちの方が重要だが、あの人は何故かモテる。理不尽な位に美少女にモテる。」
後半部分も真剣な顔で告げるギルド職員に対して勇者御一行はぽかんとした顔になる。ギルド職員は自身で納得するように話を続けた。
「…まぁ奴隷になって世の中に絶望したところを救ってくれた上に美味しい食事が毎日食べられる生活。生きる術まで与えてくれたんだからしょうがないと言えば仕様がないんだが…」
ギルド職員が何を言いたいのか分からない勇者御一行。ギルド職員は溜息交じりに声のトーンを落としてはぐれ勇者に伝えた。
「お前らが領主様に用があって来てるのは分かってるがあの人は今のところ会うつもりがないらしい。」
「…いや、俺は会えば多分向こうが興味を…」
「持たない。勇者君。俺は領主様の命令で君が死なないように説明する義務があるんだが、領主様の命令で今の所誰も君たちに手を出さないがこの町は領主様と最悪戦闘しそうな君たちを排除したい奴らで溢れてる。…この辺は実はバラしちゃいけないんだがな…」
声を潜めるギルド職員。対してはぐれ勇者君は自分が勇者と知られていることに驚いている。
「…だが、自衛のために手を出すのは仕方がないとの仰せでもあるから君らがボロを出すのを待ち望んでいるんだよ皆が…」
「住民程度にご主人様に手出しをさせるとでも?」
ハーレム要員1が胸を張ってギルド職員にそう言うが鼻で笑われた。
「この町の住民は全員冒険者登録をしてる。最低ランクがAだ。…実力はその程度じゃないがな…俺の威圧でビビるぐらいじゃ瞬殺だ。っと…」
彼はこれ以上喋ると勇者御一行に張り付いているアンに殺されるかもしれないと黙る。
「…で、君らは待つしか選択肢はない。城門付近がお勧めだな。すぐ逃げれるし。それじゃ話はこれまでだ。」
勇者御一行を追い出すようにギルドの職員はそう言うと勇者御一行は大人しく出て行った。
そしてその後ろに残っていた影が揺らめきそこからアンが現れる。
「…喋りすぎじゃないんですか?ダクソンさん。」
「怖い目すんなよ…命令だから仕方ないだろ…」
「…本当にご主人様の命令なんですか?」
アンは凍てつく視線をダクソンに向ける。
「…あの方は私たちがどれだけご主人様を大切に思っているか気付いてないんですよ?この状況下で勇者一行を気に掛ける…」
「斜め上の考えだ。」
ダクソンはアンの言葉が終わるのを待たずに断言した。
「奴隷たちが外の奴らに恨みを持ってるかもしれないからそれを下手につつかないように教えておく役ってよ…」
「…成程。」
それならありそうだ。とアンは納得した。ダクソンは苦労人が浮かべる味のある苦笑を浮かべた。
「どちらかって言うとあの人に失礼が無いようにしておくように言う方が大事だと思ったのは俺のアドリブだが…」
「わかりました。…それでは。」
アンは消えた。残されたダクソンは呟く。
「…全く…新しい恋を見つけたんだから下手な真似はしねぇっての…待ってろよ~キャサリンちゃん。」
地味目な女の子。この町では少数派のまだ恋を知らない少女に魔の手が忍び寄りつつあった。
「…とりあえず…空き家に入ってみたけど…」
「広いお風呂だね~」
「ご主人様と一緒に入れますね。」
「キッチンの手入れも万全みたいですぅ~」
勇者御一行はダクソンの勧めの通り城門付近の空き家に入った。外には誰もいないはずだし、気配探知にも誰も引っ掛からなかったのだが何となく危険な感じがする。
「…この中を突っ切って城に行くのは無理か…?あのギルド職員曰く俺たちを殺したい奴らがいっぱいいるらしいし…ただ…一つ分かったのはあの王が言ってることとこの町の在り方は矛盾してるってことだな…」
勇者一行に王はパラディーソでは少年少女の奴隷たちが酷使されていて領主はそれをペットの様に扱ったりしていると言っていたが、まず首輪をしている人がいなかった。
それに亜人でも住民は気にしてなかった。…まぁ自分たちへのヘイトが半端なく洗脳されているのではないかとは少々思ったが…
「…もしかしてあの王から迫害を受けた者たちが集まっているんじゃないか…?だから領主も…」
どこからか殺気が家に飛び込んできた。はぐれ勇者は慌てて言い直す。
「領主様も俺を王の手先だと思って…そう考えれば辻褄が合う。」
子供たちは王家の紋章を見て嫌ったのではないか。領主が出て来ないのも警戒しているのではないか。排除というのも折角見つけた安住の地を奪われることへの恐怖から来るものではないのか…
「…殺気が消えたが…まぁ勝ち目はなさそうだな。大人しく待っていよう…」
「ご主人様ぁ~何かキッチンに見たことないしょっぱいのがあるんですけど…」
「この匂いは…味噌!」
その辺のことは措いておいて、勇者御一行はこの町にしばらく逗留することにした。
「ん~やっぱり外への不信感が強いな…」
(パパを盗られまいとしてるんだけどね…)
その光景を全て見ていた今村は見当違いなことを言っていた。その場に残っていたみゅうは溜息をついた後今村のベッドに入って枕の匂いを嗅ぎながら眠る。
「…『雲の欠片』、後…とうとう本隊が動き出したなぁ…しかも王の言う事結構無視してるパーティーもあるっぽいし…さぁてどうなるかね…」
この世界にいるのも多分あと少しにしておくか…と思いながら今村も眠りについた。
ここまでありがとうございます!




