18.はぐれ勇者
あの階段が終わってしばらくした時のある日。
「さてさて、どうしたもんか…」
今村は領主としての仕事の大半を月美に教え切っていた。つまり、ぶっちゃければ暇になったのだ。
だが、じっとしていればみゅうと祓が現れて何かしたそうにじっとこちらを見て来るし、子供たちの一部がじゃれついてくるし、一人で行動したいのに邪魔が入るので困っている。
彼女たちの言いたいことは分かる。
祓は少年たちを煽るのは止めてくれ。みゅうは暇、遊べ。子供たちは親の代わりに甘えさせろ。
といったものだろう。だが、今村はそれを断る。
少年を煽るのはもう面白くて止められない。趣味だ。人の恋路は蜜の味。
みゅうと遊ぶには今村の方が弱くて無理だ。殺すのであれば勝てるし、半死半生の戦闘不能にするのでも勝てるが、お互いが五体満足のままでいられるように遊ぶには弱体化した今村では無理がある。
子供たちに関しては…奴隷から救ったんだからもういいだろ。
という具合だ。実際は完全に異性としてロックオンされているのだがそんなことは関係ない。
それはさておき今のところ今村が関心を持っているのは勇者たちだ。流石異世界人とでもいうべきか、もの凄いスピードで力をつけ、初殺しも済ませて準備も進めている。
「ん~そろそろ旅を始めるんじゃないかねぇ…まぁ最初は知らん顔しておこうと思うが…」
今村のスタンス。自分しか助けられない物にしか手を出さない。また、自身からその手を取りに向かう者しか助けない。ついでに助けたくない時も助けない。
今回は別に自身じゃなくても旅の途中で誰かが助けられるだろうし、将来敵になるだろうから助けないつもりだ。
王は今村のことを大魔王と言っており、魔王を倒した後今村から地球に帰る手段を聞き出せと勇者に伝えている。
これは、帰還できる魔法がないと王が知っているから出た命令だ。勇者が何も知らない今村を術を聞こうと死ぬまで追い詰めてうっかり殺してしまえば帰れないのは勇者の自己責任で王は悪くないと言え、勇者たちの責任にできる。
また、当初の今村を排除する目的も達成できる。王の思惑通りいけば一挙両得なのだ。
…まぁ今村は普通に世界間の壁を越せるので一緒に地球に行くつもりだが。その為、敵で助けたくないとはいえ勇者には全滅してもらっては困る。魂が異世界への道として薄くでも繋がっているからだ。
(死なれちゃ困るが…魔王とかいうのが誰なのか知らんからねぇ…下手に手ぇ出すと面倒なことになる…あいつがばら撒いた奴なら大したことないか?うちの子で古参連中だったら終いだな。会った瞬間消し炭にされるかもしれない…)
この世界は今村の元々研究世界。その古参となれば今身近にいる所であればドライアド。
後はサラマンドラ、オンディーヌ、シルフィード、ノーメ、ぺガスス、それに死竜、エンゲル…そんなところだ。
それが魔王だったら今村単体でも殺さずに戦うのは少々面倒だ。
「…後偶々来たっていうエンシェントドラゴン。それに訳分からん突然変異を遂げたとか言う現剣聖…こっちだったら殺し合いなら楽しそうっちゃ楽しそう。」
そんな感じでぼけっとしながら研究室で適当に仕事を装って何かを作っていると月美が現れた。
「何?」
「…勇者の一人と奴隷グループがこちらに向かってきています。抜け出し組の第3グループですね。」
「…あぁ、勘違いしてない方の奴か。第4グループは?」
「全滅しました。」
「ふぅん。これで勇者組は9人死亡か。残り33人っと…」
先程も述べた通り最悪でも一人は生き残らせるつもりなので勇者たちの動向には注意している。それはそれとして今村は少々困ることもある。
「…普通に知ってるし簡単に帰れるって知ったらそいつどうするかねぇ…」
送るのであれば全員まとめて送りたいので今来られると待ての命令を下すしかない。月美はそんな今村の考えをくみ取って自身の考察を述べる。
「おそらく元の世界ではクラス内で虐められていたのでこちらの世界に残る可能性が高いかと。」
「そうか?」
今村としてはすぐに帰らせろと言って元の世界で復讐するのではないかと思っている。しかし月美の方は違う考えらしい。
「奴隷たちとは恋愛感情で結ばれています。また、一線を越しているので置いて行くという考えは取らないことかと。」
「むぅ…そうか。まぁ種の保存の欲求と帰巣本能どっちが強いかって所か。…俺には両方ないから知らんけど。」
月美は最後の点が不服だが口には出さない。実際呪具の概念になって分かったのだが、今村は最悪唾を吐けばそこから子供を創り出すことも可能なのだ。
体液変換で唾液を培養液に、「バイタルコントロール」を神レベルで行い口内細胞を変化して生殖細胞に。今村は男にも女にもなれる為自家受精が可能。それに自分の魂の欠片とは別の魂の一部を入れてしまえば完了となる。
帰巣本能に関しては自分で世界を創れるのにそんなものはいらない。
ということで今村には両方とも不要のものとなる。別に普通の人間と同じようにすることもできるし、名残りもあるが基本は要らないという事になる。
「…おーい。帰って来~い。」
長考していた月美を元に戻すと今村は話を元に戻す。
「…さぁて、じゃあ一応俺の城の警戒度を上げて、チートくん達でも入れないようにしておいてくれ。それとみゅうとミーシャが代わる代わる城の門兵になるように伝えておいてくれ。」
「はい。」
「それと…後誰がいいかな。祓は教師で忙しいし…俺は出るわけにはいかん。月美は領主の仕事…じゃあまぁセラフィム辺りにしておくか。Sランカーの何人かで巡回。アンに勇者の見張りだな。」
「…会わないという事にするんですね?」
「そういうことだな。」
今村は頷いた。このご時世魔王も引き籠りなら俺も引き籠っていいだろう。言うなればこの世界の創造神だって引き籠りだ。
「まぁ最悪勇者の方が子供たちより強かったら遠出するよ。『ワープホール』で。」
「…そうですね。城の中に入ったと同時に領土内全員が消えた時の勇者の顔は見てみたいですね。」
「ん。狼狽えるだろうけどまぁ俺らより王を信頼した奴らだし仕方ないと思ってくれ。」
「では伝えてきます。…効果的に。」
「?効果的ねぇ…まぁやってくれればなんでもいい。」
今村がそう言って見送ると月美は音もなく消えていった。今村はそれを見送って呪具の製造に手掛け始める。
「…アレ。もう少し完成度上げとくか…」
「ここが今村って奴が居る所か…」
「労働してるのが子供ばかりで不気味な町…」
「悪徳領主に違いない!」
はぐれ勇者一行が今村の治める町。パラディーソにやって来た。淡いグリーンの穂を実らせる周りの田園風景を見て思わずはぐれ勇者は呟く。
「米…それに今村って名前…この人はやっぱり転移者だな…さて、帰らなかったのか、それとも帰れなかったのか…あの胡散臭い王の言葉の真偽が分かる時が来た…」
そして街を覆う城壁に着いたところで冒険者ギルドのカードを見せる。
「…どうぞ。」
もの凄い低いテンションで美少女がそう言ったのを訝しげに受け取りながら勇者一行は街中へ入った。
「ね…ねぇ…何か視線が刺さって来ない…?」
「…重苦しい殺気のようなものが町全体を覆ってるような…」
勇者のハーレムパーティーの中の二人が怯え、勇者の腕に絡みつく。それを見て他のパーティーメンバーがじゃれ合うが、いつもなら舌打ちが聞えたり、微笑ましい目で見られるのにこの町ではただ空気の温度が下がる一方だ。
「な…何かおかしくない…?」
「…とりあえずギルドに行こう…話は通じてるはずだし…」
勇者一行はもの凄い不親切な町の美少年、美少女達から頑張って話をかき集めてギルドに向かった。
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