13.倫理観
「あーあ。折角の花見なのに血しか見てねぇ……」
今村は元の世界に帰ってくるなりそう言って池に入った。そんな今村に祓は気になっていたことを聞いてみる。
「……先生は以前にも動物を殺していたんですか?」
「……ローブから血が出ない。見た目綺麗になってたから中に沁みて行ったもんだと思ってたが……どうなってるんだ? あ、池に入るために藻は除去してくれてたんだサンキュ~」
だが今村は祓の問いを聞いてなかった。ナニかと話して祓のことなど放っておいている。祓は気になったことの答えが聞きたかったので先ほどより声を大にしてもう一度尋ねた。
「あのっ! 先生は何故あんなに大量の生物を殺したのにいつもと変わらないんですか?」
「んー? 何?」
ようやく祓の声が聞こえたらしく今村が池から上がってくる。
「で? 殺戮の罪の意識も持たずに何やってんだって? 洗濯。」
「違います。私が訊きたいのは……あれだけ殺したのに何で平然としてられるのですか? という……」
「簡単。自衛と割り切るだけ。」
祓の言葉を遮って今村はそう断言した。それに対して祓が何か言う前に今村は言葉を続ける。
「……大体襲い掛かってきたのはあいつ等で、ローブは敵意に自動反撃状態。俺が気に病む必要はない。大体、俺の辞書に正当防衛の文字はあっても過剰防衛というものはない。まぁ……最後の斬撃の被害については後で謝罪と修繕に行く可能性もあるが。」
「過剰防衛は、あった方が……」
祓の呟きに今村は短く斬り捨てる。
「知るか。襲い掛かって来たやつが悪い。」
桜を見ながらそういう今村。途中で思い出したかのようにローブから冥界の土を出すとローブでそれを撒き始める。そんな今村を見ながら祓は呟いた。
「頭ではそう思っていても……実際……」
祓がまだ何か言っているのを聞きとった今村は祓の方を見て言い返す。
「……はぁ~うっさいなぁ……お前飯食ってる時もそんなこと一々考えるのか? 私のせいで殺されたのね。この牛はって考えて食うのか?」
今村の若干呆れたような疲れたような口調に祓は言い辛そうに返す。
「……テレパスが使えたときは情報として……ですからテレパスの効かない魚と野菜しか食べてなかったんです。」
「へぇ。因みに俺は今、植物とも意思疎通できるけど食うよ? 食わないと死ぬもん。文句ある?」
全く悪びれない様子の今村に祓は何となく気圧されて無意識の内に一歩下がってしまう。そんな祓に対して今村は本人的に比較的優しげな―――傍から見るといつもと変わらない歪んだ―――笑顔を向けた。
「まぁでもねぇ。木とかは分かってるよ。いつでもあるがままを受け入れてる……まぁ個体差はあるけどな。ここにいるのは精一杯生きたがってるから何もしないであって。って、話が逸れた。まぁ要するにだ。」
「……要するに?」
話が無限に広がり始める途中で今村は話を収束させる。
「木が木なりに決めてるように俺の場合も決めてるんだよ。『相手が気にしてないことは気にしない。』『恩は二倍に仇は五倍に』あとまぁ色々。」
「……わかりません。」
祓にはいまいち分からない理論だったが今村はそんな祓の状態に一つ頷いてから言った。
「まぁそうだろうな。俺には自分ルールがあるから自分が正しいと思ってるそれを守ってる限り平然と殺しもできる。ってこと。……というより正直どうでもいいからいい加減花見しよう。はい重箱開けて。」
今村がそう言ってレジャーシートを敷き、その上に重箱を載せるととそれは宙に浮いた。今村はその上に靴を脱いで上がると祓もそれに続く。
「さてさて、花をじっくり見たいところだが……まぁ、向こうもお食事中だしこっちも先に食っとくか。」
今村は何を見ているのかは知らないが若干ため息交じりの言葉だったのでおそらく精神衛生上いいものではないのだろう。しかし、そんな中でも団子を食べることを提案し、三色団子から食べ始めた。
そこで今村の目が見開かれる。
「うまっ! ……割とびっくりしたぞ……」
「……こっちの台詞ですが……」
突然大きな声を出す今村に驚く祓。そんな祓のことなど気にも留めず今村は他の種類も食べていく。
「これも……これも……すごいな~うまい。よくこんなの作れたな祓。」
「……? えっと?」
何故か困惑している祓に今村も首を傾げる。しかし、そんな状況でも今村の思考の一部は別のことをしておりローブから茶器と魔法瓶を取り出して(実際に保存の魔法がかかってる)お湯を出し、抹茶を点て始めた。
「……ん~桜の下での野点、茶請けも最高。風情じゃのう……祓は偉いな~」
一気に老けたことを言いながら茶を飲む今村。所作まできちんと行うその様子を見て祓は目を丸くする。だが、しばらく花見を続けていると今村は途中で飽きて全部適当にし始めそして団子がなくなるころ祓に言った。
「疲れたから帰るか。ん? どうしたって……お礼か。」
祓に向けて言ったお礼の途中からあらぬ方向を向いて話を始める今村。その目の前に大学ノート一冊分ぐらいの紙の束が現れる。
「え?『連版紙』って言うのかこれ? フーン……便利だな。ありがと。え? あー……どれくらいかねぇ……30分ぐらい寝るつもりかな……あぁ悪いね。」
傍から見ると浮いている紙に延々と独り言を言い続ける危ない男な今村はそこで話を切り上げると祓の方に向き直って帰り支度をして帰った。




