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幕間 騒がしき日々は、かけがえなき日常 その四

 ヤマトの中で最強最大を誇る国――アマテラス神聖王国を象徴する一つでもあり、多くの人々が憧れ、目指す神聖騎士という存在。その候補生である少年少女を養成するのがヒノカワカミ学園である。

 あくまで学園という形式を取りながら、騎士としての才を伸ばしていく事を目的とするこの場所に置いても、当然、英気を養うための休日というものは存在する。

 週に一回のその日には、普段は厳しい訓練や眠たい授業に臨む騎士候補生達も、思い思いに羽を伸ばすのである。もちろん本来なら――例え、落ちこぼれを演じているが故に、訓練や授業をサボりがちであったとしても――フウガも例外ではない。

 しかし、今の彼は大きな問題をいくつか抱えている。

 その最大にして、解決が急務なのものが、〈魔帝〉の称号をもって呼ばれる妖界最強の妖魔が一人――オロチによって掛けられた三ヵ月後に女になってしまう呪いを解く事だった。

 肝心の呪いを解くための条件は、現在の全ての騎士候補生の中でも最強であり、最高の階位であるS参を与えられたツクヨミ・ウズメに、実力で勝利する事。

 この困難にも程がある事柄を為すため、フウガは休日を犠牲にしてでも、ウズメに勝つための特訓に少しでも励まないといけないのであった。


 ――そう。

 そのはずだったのだが……。


「あの……何で俺達、こんな場所に呼ばれてるんですか? しかも、よりによって休日に……」

 明確に覚える嫌な予感をあえて無視しつつ、眼前の執務机に腰を下ろす人物にフウガは問いを投げ掛けた。

 学園長室である。

 さらに言うならば、朝である。

 当然、フウガの問い掛けた相手は、学園長であり、レナの祖母でもあるタマヨリ・シズネであった。その脇には、教頭のタワラ・ミチザネが眼鏡を指で押し上げながら佇んでいた。

 ちなみに、フウガの後ろには、ライ、ゴウタ、レナ、ミヨという、いつもの顔ぶれが揃っていたりする。一様にフウガと同じく、今の状況を訝しがっている雰囲気があった。

 さらにその後ろに居る、フウガ達を呼びにきた張本人である教官のソウゴとフヨウは、一人は申し訳なさそうに、もう一人は相変わらず何を考えているのかわからないとろんとした眠そうな目つきで、フウガ達を見ている。

「……何故、ですか。当然の疑問ですね」

 神妙な声で呟き、シズネは椅子より立ち上がる。

 そのまま背中を向け、硝子張りの壁側へと目を向けた。

「貴方達を休日にも関わらず呼び出したのは、他でもありません」

『はあ……』

 フウガ達全員が、気のない返事をする。

 もうこの時点で、どうせ下らない理由だろう、と皆が半ば予想していたのだ。

 しかし、現実は、さらにその斜め上をいく事になる。

「皆さんに、やってもらわなければいけない事があります」

「やってもらう? 何をですか?」

 皆の疑問をライが代表して訊いた。

 シズネが勢い良く振り返る。

「それは!」

『それは?』

 振り落とされた掌が丈夫な造りの執務机を叩く。

「将棋ですっ」

 数瞬の沈黙。

 その後、

『……………………………………………………は?』

 これまた一斉に全員が耳を疑い、声を漏らした。

 ……将棋?

 将棋って、どの将棋? あの将棋?

「今から貴方達は将棋を指し、このタワラ教頭を負かすのです! って言うか、負かしなさい! これは命令です!」

『は……はいいいいぃぃぃ???』

 呆れるよりも。

 怒るよりも。

 疑問の声を上げるよりも先に。

 フウガ達は、三度一斉に――脱力したのであった。


 ◇ ◇ ◇


 話を整理すると、こういう事である。

 もともとシズネとミチザネの間には、忙しい仕事の合間に息抜きを兼ねて、将棋で対戦するという習慣があったらしい。

 シズネの方は普通に指せる程度だったが、ミチザネの方は、将棋には相当に腕に覚えがあったそうで、二人が対戦を始めた当初は、ミチザネばかりが勝利を重ねていった。

 この時点では、シズネも特には何も思わなかった。

 それなりに悔しくはあったが、そもそも実力はミチザネの方が上である。ならば、こちらの方が負けが込むのは必至。それでも、対戦を続けていけば、シズネの腕も上がるし、ミチザネだって気を使って手を抜いてくれたりもするはずだ。だから、自分の方も少しずつ勝てるようになっていくだろうと……そう楽観的に思っていたのだ。

 それが甘かった。

 まず、そもそもミチザネの方には、将棋に関して容赦というものが一切合切なかったのだ。当然、手を抜くなんて事は微塵もなかった。

 さらに、二人の実力差は、シズネが想像した以上のものであり、少々シズネの腕が上がった所で、手も足も出なかったのである。

 そうこうしているうちに、シズネは負けに負け――三百五十四戦して三百五十四敗という屈辱的な数字を積み重ねていった。

 これには、シズネもさすがに頭にきたものである。

 だが、まともに正面から挑んでも勝ち目はない。とはいえ、反則で勝利した所で、そんなものに意味はなかろう。

 では、どうすれば良い? 子供じみているとは自覚してはいるが、このまま負けっぱなしは、どうしても我慢出来ない。

 ……そうだ。

 だったら、自分以外の誰かに代わりに挑ませて、この年寄りを労わる事を知らない厚顔無恥な若き教頭に辛酸を舐めさせてやろう、と、そう思ったのだ。――いや、思ってしまったと言うべきか。

 で、その結果が……


「何の関係もない俺らが呼び出されたわけですかいな。しょうもなー……」

 ゴウタにして、この反応である。他の皆の意見など言わずもがなだ。

「しょうもないとは何事ですか! これは私の矜持の問題です! 私は、タワラ教頭に勝たねばならない! 例え、それが自分以外の誰かの手によるものだったとしても!!」

 ばんばんと何度も机を叩いて、シズネは訴える。これではもはや、ただの駄々っ子だ。

「……学園長、子供達の前でみっともないですよ。負け犬の遠吠えは」

 しかも、勝者の余裕を漂わせるミチザネが、空気の読めてない余計な発言をしたりするので、火に油である。

「むぐぐぐぐ!」

「が、学園長、落ち着いてくださいっ」

「おばあちゃん、私と同じで負けず嫌いだからなぁ……」

 ミヨが慌ててシズネを宥め、レナは祖母の恥ずかしい姿に困り果てる。

 そんな混沌とした状況の中、ライだけはいつもの冷静さで問う。

「で、どうする、フウガ? 学園長の代わりに頑張ってみる?」

 フウガは、すまなそうに頭を掻く。

「いや、どうにも気が進まないって言うか……それ以前に俺、こんな事やっている時間ないんだよな。――本当に悪いとは思うんだけど、この場は皆に任せて良いか?」

 それをシズネは聞き逃さない。

「そうはいきません!」

 すかさず叫んで、逃げようとしたフウガを制止する。

「一人だけ逃げるなんて許しませんよ! ちゃんと貴方も正々堂々と戦いなさい!」

「……貴女がそれを言っちゃうんですか……学園長……」

 さすがに呆れた様子で、ソウゴがぼやく。隣の眠そうな顔のフヨウまでもが、その言葉に同意する目をしていた。

「黙らっしゃい! 教頭に勝つためには、一人でも多くの戦力が必要です! 逃げる事は許しませんよ!」

「いや、でも、学園長……俺、オロチの呪いの件が……」

 何とかして説得しようとフウガは言い募る。

 正直、こんな事で時間を割くのは、本気で遠慮したい。

「――良いんですか?」

 不意に声を落として、シズネは双眸に不穏な光を灯す。

「そんな冷たい事を言うなら、皆にバラしちゃいますよ、あれを」

「……あ、あれ? あれって何ですか?」

 途端に背筋に冷たいものを感じて、思わずフウガは訊き返す。

 なんだか半端じゃないくらいに嫌な予感がした。そして、不幸にもこういう予感ほど当たってしまうのが世の中の常である。

「つまり、あれですよ。スサノ君の初恋のひ――」

「わあああああああああっ!!!」

 刹那、フウガは力の限り絶叫して、シズネの言葉を遮る。

「な、なななな何をいきなり言おうとしてんですか、あんたはっ! そもそも何でそんな事を知ってるんです!!」

 シズネは、ふっと悪い笑みを浮かべる。

「学園中に伸びる私の学園長情報網を舐めちゃいけませんよ? スサノ君。その気になれば、貴方達のアレやコレな事まで全部わかってしまうんですから」

「なに、そのうさんくさい情報網!? つーか、どうせ情報元は、うちのクソ親父でしょーが! あいつ以外そんな事を知ってるわけがない!」

「悪いですけど、情報源はバラせませんね」

 もはや完全に悪人の顔で、くっくっとシズネは喉を震わせる。

 その姿に、おおっとゴウタが少し後退った。

「……なんか黒いっ。さすがレナのばあちゃ……ごふぅっ!?」

 そこへ飛び込んでくる一撃。

 見事な肘の一撃は、ゴウタの脇腹を強打する。

 犯人は、もちろんレナだ。

「それは一体、どーいう意味かしら、ゴウタ? じっくりと話を聞きたいんだけど? そう、主に拳で」

「……か、堪忍して。話し終わった時点で、それ死にます……」

 崩れ落ちたゴウタが息も絶え絶えで、ギブアップを宣言する。

「わかれば良いのよ、わかれば」

 冷たくゴウタを見下ろした後、レナは改めてフウガを見据える。それにライとミヨと、さらにはソウゴとフヨウまでもが倣って、

『……で、初恋の人って誰?』

 と、訊いたのである。何気に、その問いにはオロチの声までちゃっかりと混ざっていた。

「言うかあっ!」

 当然、フウガは全力で答える事を拒否したのであった。


 * * *


「はあああ……」

 レナは面倒そうな表情を隠さず、盛大に溜息を吐いた。

 眼前には、学園長室の隣にある応接室にばっちりと準備された将棋対決の舞台がある。教頭は一人、対面の椅子に腰を下ろし、完全なる臨戦態勢であった。

「なんてゆーか……結局、将棋を指すわけね」

「まあ、逃げたくても逃がしてくれそうにないもの」

 答えるミヨは、すでに諦念を含んだ苦笑を浮かべる。そして、隣のフウガへと意味ありげな視線を向けた。

「それにフウガ君は初恋の人が――」

「……ミヨ。それ以上は言わないでくれ。頼むから」

 頭痛でもしたように――否、実際に頭痛を覚えているフウガは頭を抑えつつ、ミヨの発言を制止する。

「勝てるかどうかは別にして将棋対決には付き合いますから、絶対に話さないで下さいよ、学園長」

 じと目で訴えると、シズネは満面の笑顔で頷いた。

「ええ、もちろん。私は約束は守る女ですよ」

「だと良いんですけどね……」

 あんな脅しを掛けておいて、よく言ったものである。まあ、貴重な時間は割かれるが、将棋するだけなら、さして問題はなかろう。

 そう判断して、フウガは皆の方へと振り返る。

「じゃあ、最初は誰がいくんだ?」

「おっしゃ! じゃあ俺からいくわ」

 拳をがっと掲げて、ゴウタが前に出る。

「こう見えて、将棋には結構自信あるんやで」

 レナが感心した声を上げる。

「へえ、意外ね。頭なんて使えなさそうなのに」

「……さりげなく酷くない?」

「はいはい。戦う前からテンションを下げてどうする」

 泣きそうな顔のゴウタを宥めて、フウガは椅子に座らせる。

 初戦の相手を前にして、余裕を全く崩さずミチザネを眼鏡を指で押し上げた。

「誰が相手でも関係ないな。さあ、掛かってきなさい」

「言いましたな。そう簡単にはいかへんでっ」

 自らを奮い立たせて、ゴウタは叫んだ。


 ――五分後。


「……負けました」

『早いな、おいっ!!』

 あまりに早い敗北に、ミチザネ以外の全員が一斉に突っ込んだ。

 ゴウタが涙目で叫ぶ。

「だって、強いんやもん! 本当に容赦ないんやもん!」

「――全くとんだ役立たずね」

 必死な弁解をレナが一刀両断する。

「うわーん! 皆が苛めるーっ!」

 だだーっとゴウタは部屋の端っこまで駆けて座り込むと、指で床を突いていじけだす。

「さあ、あんなアホは放っておいて、今度はミヨよ!」

 レナが、そう言ってミヨの背中を押した。

「え、ええ、私ぃっ!?」


 ――五分後。


「……負けました」

『やっぱりかよっ!!』

 これまた一斉に突っ込んだ。

「うわーん! 皆が苛めるーっ!!」

 だだーっとミヨは部屋の端っこまで……以下省略。

「二人共、役に立たないんだから! 次は私がいくわ!」

 腕まくりをして、レナが挑み掛かった。


 ――十五分後。


「くっ、負けました」

 フウガとライの冷めた視線が、敗北を喫したレナへと集まる。

「それなりには頑張ってたけど…………なんか凄い普通に負けたな」

「うん、普通に負けた」

「な、何よ! 私、頑張ったじゃない! 粘ったじゃない!」

「でも、負けたよな」

「うん、負けた」

「むぐうううう……」

 レナは悔しさで顔を真っ赤にして、地団駄を踏む。

「じゃあ、次は僕が行こうかな」

 ライは、普段通りの冷静な物腰で言った。


 ――三十分後。


「――ああ、負けちゃったね。残念」

 ライは、その結果を特に気にした風もなく、いつもの調子で言った。

「ふむ。思ったより手こずったかな」

 今までとは違い、感心した様子でミチザネが呟く。

 確かに今までの三人に比べれば、ライは善戦していたが、しかし……

「なあ、気のせいか?」

 戻ってきたライに、フウガがどうにも釈然としない心持ちで訊く。

「なんとなくお前が、ワザと負けたような気がしたんだが」

「うん。本気でやれば、五分五分ぐらいで勝てたんじゃないかな」

「って、どうして本気でやらないんだよっ」

「いや、今後の学園生活の事を考えたら、タワラ教頭の機嫌を損ねるのって良くないじゃない? 僕って世渡り上手だから」

「……ああ、そうですか」

 吹き抜ける様な爽やかな笑顔で計算高い事をのたまいやがるので、なんだかもう怒る気にもなれない。

 なんにせよ、一時間も掛からず、五人中四人が敗北という散々な結果である。

「もう! 皆さん、何をやってるんですか! もうちょっと頑張って下さい!」

 もはや他力本願を完璧なまでに体現したシズネが、腕を組んで不満を表す。その鋭い視線が、フウガへと向いた。

「最後はスサノ君ですか」

「はあ。そういう事になりますね」

「……勝って下さい。何としても。絶対に。必ず。何が何でも。ええもう死ぬ気で」

「……どんだけプレッシャー掛ける気ですか」

 げんなりと項垂れる。

 正直言って、フウガにはミチザネに勝てる自信などなかった。

 将棋なんて、やり方を知っているだけ、程度の腕しかしない。明らかに指し慣れたミチザネ相手になんて、まず勝ち目はないだろう。

「ツクヨミ先輩なら、こんなのでも強そうなんだけどな……」

 今、この場にいない少女への期待を口にして、

「呼んだか、フウガ?」

 まさかの返事が横から届いた。

 フウガはぎょっとなって、声の主へと振り返る。

「ええ!? 何で先輩がここに!」

「いや、学園長に少し用があって、学園長室を訊ねたんだが姿が見えなくてな。で、隣の応接室が騒がしいので見にきたんだが……これは一体、何の騒ぎだ?」

「え……ええと、それは……」

 フウガは言い淀む。

 こんな馬鹿馬鹿しい状況を、わざわざ説明するべきなのか。

 と、そのときフウガの脳裏に光明が射した。

「そ、そうだ! 先輩って、将棋は強いですか?」

「将棋? うーん……それなりだと思うが」

 その答えを聞いた瞬間、フウガは切り出していた。

「――先輩。今は何も訊かずに、とにかく教頭と指してくれませんか」

「私がか? まあ、別に構わないが」

「じゃあ、お願いします!」

 自分が挑んだ所で結果は見えているのだ。だったら、ここはこの少女の天下無敵っぷりに掛けるしかない――

 そんな思いで、フウガはウズメへと託したのだった。


 ――そして、三分後。


「王手」

「ぐううう……ま、待ったは……」

「なし、と最初に決めたと思いますが」

「ぐっ……ば、馬鹿な。この私が……負けるなんて……」

 ミチザネは、これまで見た事ない程に取り乱していた。どう考えてもやり過ぎなくらい、眼鏡をすちゃすちゃと何度も指で押し上げる。

「では、終局ですね」

 対して、見事に勝利を飾ったウズメは平然している。

 勝負内容は、圧倒的だった。半ば苛めじゃないかというくらいの強さで、ウズメがミチザネを瞬殺したのだ。

「……何でしょうか。ツクヨミさんが勝ってくれて嬉しいはずなのに、なんかタワラ教頭に同情したい気分に……」

 シズネの笑顔は引きつっていた。

 それも当然だ。あれだけ一方的では、さっきまで余裕綽々だったミチザネには立つ瀬がなさ過ぎると言うものだった。

「ふ、ふふふふ……負けた。私が負けた……」

「タ、タワラ教頭! 元気を出して下さい! 一回負けただけじゃないですか! ですよね、ミカヅチ教官!?」

「…………明日には明日の風が吹く」

 敗北のショックで放心状態のミチザネを、必死にソウゴとフヨウが励ます(フヨウの方は怪しいものだが)。だが、あのミチザネの様子では、しばらくは再起不能かと思われた。

「あの……先輩。将棋って、どこでどうやって覚えたんですか?」

 フウガは、率直な疑問をウズメにぶつけた。

「ん? ああ、将棋は、父に習ったんだ。幼い頃は、毎日のように相手をしてもらったものだが、当然、最初は負け続きだったよ。それでも、半年ぐらいして初めて父に勝てたんだ。しかし、それ以後、何故か父は私と将棋を指してくれなくなってな。今回は、あれ以来の一局だよ」

「……さすが実の父親。危険を察知したのね」

 話を聞いていたレナが悟った様子で言った。

「……だろうな」

 フウガも頷く。

 おそらくウズメの父親は、最初の敗北にして、このまま指し続けてたら、いずれ娘に勝てなくなり、父の威厳がぼろぼろになるという、あまりに切ない未来の訪れを察したのだろう。さすがは血の繋がった父親――そして、常識外れの天才少女である。幼い頃から、その片鱗を見せていたらしい。

「……それで、結局、これは何の騒ぎだったんだ?」

 未だ事態を飲み込めないウズメは、困惑気味に訊く。

「後で話しますよ。聞いても呆れるだけだとは思いますけど」

 言って、フウガは改めて混沌とした室内を見回す。

 すぐ脇では放心状態のミチザネをソウゴとフヨウが励まし、それをシズネが複雑な表情で眺めている。さらに端の方では、ゴウタとミヨがどんよりした空気を纏って落ち込んでいた。

「ともかく、俺の秘密は守られて、学園長の目的も果たされたわけだけど……『めでたし、めでたし』とはいきそうもないか……」

 フウガは、漏れる嘆息を抑える事など出来なかったのだった。


 で。

 ミチザネはもちろん、ゴウタとミヨが再起不能から復活したのは、この日から一週間も後の事だった。そして、その間にフウガは、特に落ち込んでいないライにレナ、さらにはウズメから、事ある事に「初恋の人って誰?」と訊かれ続けて、辟易するはめになったのである。

 ちなみに、この出来事をきっかけに、ミチザネは将棋を引退し、候補生の間では、彼の前での将棋の話題は禁句となったという。

お読み頂きありがとうございました。

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