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五章 心欠け、誓いは胸に宿る その六

「……っ……はあ……はあっ……はあ……」

 熱っぽい喘ぎが、大樹にもたれかかる少女の唇から絶え間なく漏れる。

 キジムの毒は徐々に――だが確実に少女の身を侵食し、その命を奪わんとその魔性の手を伸ばしていた。

 ミヨを全身を苛む苦痛に耐えながら、集中する。

 必死に〈龍身〉を保つ事で、毒の進行を阻む。

「っ……はっ……はあ……はっ……」

 そんな孤独な戦いをしながらも、震える腕を伸ばして、ある物を掴んだ。

 弓だ。

 彼女の〈真名武具〉であるカグヤ。

 それを強く掴んで、俯き加減だった顔を上げる。

「……一つ……せめて一つくらい……私だって……」

 負けてたまるものかと。

 普段の大人しく少し臆病な彼女なら、まず表に出さない感情を支えに心と身体に力を入れる。

 それは、もしかしたら。

 いつも傍らに居た、ちょっと我がままだけど、本当は優しく、誰よりも負けん気の強い親友が与えてくれた、一つの財産なのかもしれない。

 人は人を支え、人は人を成長させる。

 レナがいつも隣に居てくれたからこそ、この苦境に挫けぬ今の自分が在り、

 フウガと出会ったからこそ、誰かを笑って許せる心の尊さを知る事が出来た。

 だから――だからこそ、せめて一つだけでも。

 今も命懸けで戦う二人を助ける事の出来る何かを。

「我が眼は、千里見通す鷹の眼……されば、見よ――!」

 なけなしの力を振り絞り。

 少女は、その願いを確かな形とした。


 ◇ ◇ ◇


 まるで、いくつもの鏡にその姿を映したかのように、全く同じ姿で立ち並ぶキジム達。

 その光景は、対峙する少年と少女の驚愕に染めるには十分過ぎた。

 レナが唖然とした表情で呻く。

「な……何よ、これ……」

「――悪趣味な奴め」

 フウガは目付きを険しくつつ、必死に思考を巡らせる。

 実を言えば、キジムの不死身ぶりの絡操りがどんなものなのか、すでに彼は気づいていた。

 これまで斬ってきたキジム達には、その全てに確かな手応えを感じた。そして、樹鬼という妖魔は、夢魔のような幻術などは使わない。その事実が示すのは、あれらは全員が実体のある本物だという事。

 だが、キジム自身は、いくら斬ったり突いたりしても、何一つ堪えた様子は見られない。つまり、今、姿を見せている無数のキジム達は、おそらくは妖術により木屑か何かで作られた分身体であり、急所というものがないのだ。だから、いくら攻撃されても痛くも痒くもないし、死ぬ事もない。キジムの本体――あるいは、妖魔にとっての心臓である核そのものを別の場所に隠し、そこから分身体を操っているのだろう。

 ならば、答えは簡単だ。その本体さえ見つけ出せれば、キジムは間違いなく倒せる。これだけ正確に分身体を操っている以上、そう遠くには隠れては居ないはずだ。

 ――そう。ここまでは比較的容易に推測出来た。

 だが、そこまでわかっていても、実行に移せない理由がある。

 その理由とはつまり、肝心の本体を探る暇を与えてもらえないという事だ。

 キジムとて、本体を発見されれば敗北が必至な事は理解している。だからこそ、分身体で休みなく攻撃を仕掛けてくる。そして、それらに対処しながら、妖気を辿って敵の本体を見つけ出すのは限りなく不可能に近い。それはレナが加勢にきてくれた現在でも変わらないだろう。

 幸い、分身体は増える度に一体一体の攻撃が雑になるので、倒す事自体は困難ではないが、それも根本的な解決には繋がらない。なにせ、相手は上級妖魔故の豊富な妖力で、キリなく分身体を作りだしてくるのだ。

(……せめて……そう、せめて本体の潜んでいる場所の手がかりさえあれば……)

 上空、地中、この樹海にある木々の全て――あるいは、分身体の中に紛れているのか。ここがキジム自身の生み出した〈異界〉である事を考慮すれば、可能性はいくらでもある。それら全てをしらみつぶしに潰していく事など出来るはずがない。

 ゆっくりと包囲を狭めるキジムの分身体達を前に、フウガは強く歯を噛み合わせる。

 隣のレナも大剣を構えながらも、焦りは隠せない。

「さすがに……これはちょっと、まずそうね……」

「…………。迎え撃つしかない、か」

 湧き上がりそうになる絶望の感情を必死に抑え込む。レナと、今も毒に耐えているミヨを助けるためにも諦める事など出来るはずがない。

 そして、覚悟を決め、今にも跳び出さんと腰を落としたそのとき――


『――苦戦しているようだな、フウガ』


 久しく聞いていない声が頭に響いた。

 フウガは、大きく目を見開く。

「…………オロチっ」

『どうだ? 私が助言をしてやろうか。キジムの本体――私ならば、その場所もわかろう』

「ふざけるなっ! 誰がお前の……!」

 反射的に、フウガはその申し出を拒絶していた。

『ふむ。まあ、お前がそう言うのならば仕方ないが……』

 オロチは残念そうに唸ると、一旦、間を空けて、こう続けた。

『だが、良いのか? このままではお前だけではない。他の二人も死ぬ事になるのだぞ』

「……それ、は……」

 両の手にある剣の柄を強く握り締めて、フウガは懊悩する。

 確かに、このままでは皆、キジムの手に掛かって命を落とすだろう。

 それは自身の誓いと存在が、決して許す結果ではない。

 だが……。

 だが、それでも……妖魔であるオロチの力を借りるなど……!

 すると、誰かが嘆息する音が聞こえた。

 オロチだった。

『やれやれ。いつも理解に苦しむのだがな……』

「何がだ……っ」

『どうして――』

 そして、オロチは言ったのだ。

 今まで一度として聞いた事のなかった、憤りの響きすら宿した声で。

『どうして、妖魔が人間を助けようと思ってはいけない。どうして、人間が妖魔に助けられてはいけない。そんなものを誰が決めた」

「…………!!」

 まるで、後頭部を槌か何かで殴られたような衝撃。

 ただただ、フウガは絶句する。

『確かに、多くの妖魔は、人間に危害を加える天敵とも呼べる存在かもしれない。これまでの歴史の中で、多くの命を奪い、悲しみを生んできたのかもしれない。

 だが、それが妖魔の全てではない。決して変わる事のない真実ではない。人を羨み、人を愛し、人と共に生きようとする者も……少数とはいえ居るはず――いや、居るのだ。人の心が全て同一でないように、妖魔とて、一つとして重ならぬそれぞれの心を持っている。少なくとも、私は今、本気でお前を助けようと思っているつもりだ』

「…………」

『フウガ。お前の存在は、大切な誰かを何があろうとも守り抜く事だと言ったな。それは、かつての憎しみ、怨み、呪い、悲しみ、苦しみ――それら全ての想いを再び生み出さぬために、そういう生き方を選んだのではないのか? なのに、お前は憎むべき妖魔の示すものだからと言って、大切な者を守れる道から目を逸らすのか? それをお前の存在は……許すのか?』

「っ! わかったような事を言いやがって……!」

 胸中で渦巻く葛藤をそのまま表すように、フウガは吐き捨てる。

 頭で理解出来ていても、感情が、心が、言う事を利かない。オロチの言葉の全てを、身勝手に否定しようとしてしまう。

「スサノ……」

 レナが、そっとフウガの肩に触れる。

 だが、それ以上は何も口にしない。

 ただ、真っ直ぐとフウガを見つめ、その答えを待つ。その視線にあるのは、少年への確かな信頼だった。

 フウガは俯き、目を閉じると、自身の心を向き合う。

(……俺は……俺、は……)

 わかっている。わかっているのだ。

 今、どうすべきか。自身とオロチ、どちらが正しい事を言っているのか。

 そして、あの夜、オロチへ出て行けと罵倒したときの――あの胸の苦しみの正体も。

 きっと自分は、妖魔だとしてもオロチを憎み切れていない。

 妖魔の全ては倒すべき敵なのだという、己の中で絶対だったはずの真実が揺らいでいるのだ。

(俺は、俺は俺は俺は俺は俺は……俺は!!!)

 顔を上げ、目を開く。

 選択は為される。

 今もまとわりつき、縛ろうとする全てのしがらみを振り払って、フウガは叫んだ。

「言え、オロチ! 今は――お前に助けられてやるっ!」

 その答えが正しいかどうかなんてわからない。

 今だって、心のどこかに迷いはあるかもしれない。

 でも、そんな事よりも何よりも。

 何も出来ず、目の前で守りたい誰かが死んでいく事を許してしまう方が嫌だったのだ。

『ぬはは! そうこなくては面白くないっ!』

 途端、愉快そうにオロチは大笑した。

 そして、告げる。

 倒すべき敵――キジムの本体の場所を。

 それを聞いたフウガは、意外そうに目を瞬かせる。

「……本当に、そんな単純な場所なのか?」

『真実というのは、大概は単純明快なものだ。それを不必要に複雑なものと思い込んでしまうのは、人の愚かな性の一つだな。

 そして、何より奴の正体は、樹鬼。その性質を考えれば、本体の潜む場所が、そこになるのも当然の帰結だろうさ。木々を支え、命を育む養分を吸い上げるものが在る場所になるのはな』

「なんにせよ、本体の場所がわかれば、こっちのものだ」

『だが、どうする? 奴の本体は容易く正確な位置を特定されぬよう、常に移動を繰り返しているだろう。潜んでいる場所がわかっても、それだけでは解決にはならんぞ』

「それこそ単純な話だ。手当たり次第にひっくり返してやれば良い」

 フウガは不敵に笑った。そして、二本の小剣を逆手に握ると、切っ先を下に向ける。

「タマヨリ、俺の傍から離れないでくれ」

「――ええ、あんたに任せる。信じてるからね」

 レナは何も訊く事なく、力強く頷いた。

「……さて、最後の会話は終わったか?」

 そこに割り込んでくる嘲りの声。

「終わったのならば、今度こそ死んでもらおう。いいかげん、この〈異界〉にも邪魔者が侵入してきかねんからな」

 周囲を取り囲むキジムの一人が冷笑する。

 その表情からは、自身の勝利への疑いは一片として見受けられない。

「ああ、もう会話の必要はない。ただし――」

 今、汲み上げられるだけのありったけのプラナ。フウガは、それを一気に〈龍脈〉より自身の身体へと汲み上げ、集わせる。そして、そのほとんどを一つの〈言力〉へと改変していく。

「死ぬのは、お前の方だ! キジム!」

 真下に向けられた二振りの刃の切っ先が、深々と地面へと突き立てられた。

「――――鳥よ!」

 次いで、紡がれる〈具言〉は、詠うが如く流れる。

「誇り高き、碧の鳥よ! 我が願いのまま、果てを忘れ、終わり捨てた、その翼を広げよ!」

 世界の息吹を代償に、その願いは具現化される。

 強大かつ、偉大な風が生まれ落ちる。

「こ、これは……?!」

 咄嗟にフウガの身体にしがみついたレナが驚愕に呻く。

 フウガを中心として凄まじい風が走り、網目状に広がる。それは地面を引き裂き、切り裂き、急速にその範囲を拡大していった。

 そして。

「――吹け!」

 再度、乞われた願いを合図に一気に地中より噴き上げる!

 まるで地下より巨人の吐息にでも吹かれたかのような光景。これに地上は破壊しつくされ、土塊は宙を舞い、木々は根元より引き抜かれる。樹海が――“めくられていく”。

(このまま奴の本体を引き摺り出す……!)

 だが、この強力な〈言力〉の代償は、確実に少年の身に刻まれていた。

 肉体が軋んで悲鳴を上げる。全身の至る所が自然に裂け、鮮血が噴出する。

「ぐうっ……!」

「ス、スサノ!」

「大丈夫だ……! この程度っ!」

 身体のあちこちに針をねじ込まれるような痛みを捻じ伏せ、薄れそうになる意識を繋ぎ止める。

 強靭な意志で、さらなるプラナを〈言力〉へと注いでいく。

 蠢く亀裂の痣は、今にも全身へと広がろうとしていた。


 ◇ ◇ ◇


「馬鹿な……っ!」

 キジムの分身体達は、張り巡らせた木根で荒れ狂う風を防いでいた。

 彼ら自体には、風は何の被害も及ぼしていない。しかし、その表情は驚愕と疑念に染まっている。

「まさか……私の本体の場所に気づいたのか?!」

 すでに、先ほどまでの余裕は、顔からは消え失せている。

 あんな後の事など考えない行動は、こちらの本体がどこにあるのか、確信でもしていないと出来ないはずだ。だが、今の今まであの少年には、それを察する情報を与えてなどいない。

「何故、急に……っ」

『申し訳ないが、私が少々手助けさせてもらった』

「っ!」

 頭上から落ちる声に、弾かれるように天を仰ぐ。

 そこに居たのは、長い灰色の髪と紅い瞳を持つ、長身で大柄の男。幻体故に、風の影響も受けず、泰然と浮くオロチであった。

「お前は……オロチ……なのか?!」

『いかにも。確かに私は〈六魔天〉の一柱――魔帝オロチだ。まだまだ妖魔間での私の知名度も捨てたものではないな』

「そんな……そんな話は聞いていない! この件にオロチが関わっているなどと、そんな事は……!」

 キジムは腕を振って、激昂する。

 これにオロチは、意外そうに片眉を持ち上げた。

『おや、知らなかったのか。それは可哀想にな』

「どういう……意味だ!」

『それほどの重要な話を聞かされていなかったという事は、つまり――お前は、シラユリにとってその程度の存在でしかなかったという事だろうさ』

「っ……! だ、黙れ! 仮にも〈妖界〉の頂点に立つ一人でありながら、人間如きに封印された愚か者めが!」

『これは辛辣だな。耳が痛い』

 オロチは、いかにもわざとらしく悲しそうな顔をする。

 だが、すぐに何でもなかったように微笑へと表情を変えた。

『だが、まあ、安心すると良い。私は、これ以上は何も介入はせんよ。これは――フウガの戦いだからな』

 肩を竦め、もう用はないと言わんばかりに身を翻す。

 そして、次に口にされた言葉は、言い知れない重さが含まれていた。

『……人であろうと妖魔であろうと、己に奢った者は、その時点であらゆる真実を見失う。他者にではなく、何よりも己の心に敗北する。

 キジム。お前はここで滅びるだろう。その奢り故に――人間を侮るが故に、な』

 言い残し、風の中へと溶けるように消えていく。

 キジムは、もはや誰も居なくなった空間を、それでも睨み殺さんばかり凝視する。

「戯言を! 私があんな小僧に敗れるだと。たかが子供! たかが人間に……! 有り得ぬ! そんな事があって良いはずがない!」

 そして、勢い良く振り返る。

 視線の先には、樹海を蹂躙し続ける少年。

 こうも広範囲に影響が及んでは、本体の避難は間に合わない。その姿が露になるのは時間の問題だった。

「こんな風……本体が見つかる前に小僧を殺してしまえば良いだけの事よ!」


 ◇ ◇ ◇


 噴き上げる風などものとのせず、二十人を越えるキジム達が一斉に、フウガへと向けて駆け出す。

 直後、そこを渦巻く水塊が襲い、数人のキジムが巻き込まれて吹っ飛んでいった。

 フウガの隣で、必死に踏ん張りながら剣を構えるレナが叫ぶ。

「スサノの邪魔はさせない!」

「ちぃっ! 小娘が!」

 苛立ちのまま舌打ちしながら、キジム達は構わず跳躍する。

「そんなもので、私が止められるものかっ!」

「それでも止める! ――水斧、叩き斬れぇっ!」

 瞬時に形作られた水斧の一撃が、再び幾人かのキジムを撃退する。

 しかし、あれだけの数は、少女一人では抑えきれない。十人余りの妖魔達がレナの脇を抜け、フウガへと殺到した。

「スサノッ!」

「死ねっ!」

 葉刃が、木剣が、木槍が、次々と少年へと襲い掛かる。

 転瞬、

「――魔風、喰らい尽くせ」

 碧き鳥の風は収まり、代わりに黒風が荒れ狂った。

 全ての攻撃が風の顎に飲まれ、キジム達もまたその餌食となる。

 フウガはゆっくりと立ち上がった。

「――――悪いが、キジム。もう遅い」

「何っ!」

 ただ一人残ったキジムの分身体が背後を振り返る。

 木々が土ごと根こそぎ引き抜かれたせいで、広ける視界の向こう。大きく割れた地面の陰に隠れるように、脈打つ一つの巨大な赤黒い肉塊があった。それこそフウガの渾身の風を前に逃れきれず、その姿を露にする事になったキジムの本体だった。

 そして、それは、唐突に姿を見せたオロチに、キジムが気を取られた時間があったからこそ得られた結果でもある。あの何気ないオロチの行動は、僅かでも本体を見つけ出すための時間を稼ぐためのものでもあったのだ。

 核そのものと思われるキジムの本体は、不気味に蠢き、土の中に戻ろうとする。だが、地中に押し出されたせいか、その動作はあまりに鈍い。

「逃がしはしない!」

 言うが早いか、フウガは満身創痍の身体を押して地を蹴った。

「疾く、駆けよ!」

 風の後押しを受けて、少年は加速。愕然と立ち竦んでいたキジムの分身体を一刀の下に切り伏せ、一直線に本体を目指して疾駆する。

「「「「スサノ・フウガアアアアアアアアアアっ!」」」」

 それを妨害せんと頭上から襲ってくる、新たな四人の分身体。

 だが、フウガはそれに目もくれない。

 確信がある。この攻撃は自分には届かないと。

「水人の巨腕よ、その御手を開け!」

 少年の確信を証明するように、レナの〈具言〉と共に、中空に巨大な水掌が生まれ、キジム達を弾き飛ばし、撃砕する。

「だから、邪魔はさせないって言ってるでしょ!」

「くっ! おのれぇっ!!」

 少年はさらに走る。

 今度は、十三人のキジムが立ちはだかった。

 しかし、七人が一瞬でフウガに斬られ、六人がレナの水に押し潰された。

 所詮は、闇雲に生み出される分身体。目の前にある勝利へと邁進する二人の勢いを止めるには到底至らない。

 ここにきて、戦況は完全にフウガ達の方に傾いていた。

『お、おのれ、おのれ、おのれええええええっ!』

 数で押した戦法がまるで通用せず、分身体ではなく、喋る口を持たぬキジムの本体自体が念話で絶叫する。

 どうやら、あらゆる行動を分身体に委ねた代償に、キジム本体は著しく動作を制限されるらしい。つまり、本体自体には、攻撃や防御をする能力は、ほぼないに等しいという事。

(なら、あそこに辿り着けさえすれば……!)

 なおも邪魔に入る分身体をひたすらに斬り捨てながら、フウガは、キジムの本体へと迫る。

 形勢は逆転したが、決して余裕があるわけではない。

 先ほどの強力な〈言力〉な発動も含めて、体力も精神も極限近くまで磨り減っている。

 だが、踏み出す足は止まらない。

 振るわれる剣は、敵を斬り続ける。

 その誓い故に。

 その存在故に。

 少年は、ただ剣を振るい、走り続ける。

 そして、本体に後一歩で剣が届く所にまで迫る――!

「これで!」

 最後の〈言力〉を発動しようと集中する寸前。

 本体の脇の地中から、一つの影が飛び出す。

「!」

 咄嗟に身を捌くが、間に合わない。

「かっ――――!?」

 視界が真っ赤に染まる。

 肉の裂ける嫌な音と共に、異物が体内に侵入する。

 その腹部に、深々とキジムの分身体の木剣が突き刺さっていた。

 キジムは、最後の最後に、分身体を一人だけ本体の守護に隠していたのだ。

「ぐっ、つうぅあ……っ」

 かろうじて急所は外したものの、傷は深い。激痛が脳髄を焼き、どす黒い鮮血が、ぼたぼたと地面に落ちて跳ねた。

 レナが悲鳴にも近い声で叫ぶ。

「ス、スサノッ!! そんな――!」

「そうだ! これが現実だ! お前のような人間が! 欠けた存在が! 私に勝つなど有り得んのだっ!!!」

 キジムの分身体が、少年の身を引き裂かんと腕に力を込める。

 だが、その寸前。


 ――樹海の奥より一条の閃光が迸った。


「――――あ?」

 光は――光矢は、キジムの分身体の額を貫通。そのまま彼方へと消えていった。

 妖魔は言葉もなく背中から倒れ、刃が少年の身体から抜ける。

「っ……」

「あの光は……まさか!」

 レナは、光の飛んできた樹海の奥を振り返った。

 体内からせり上がる血を口の端より流しながら、フウガは微笑む。

「ありがとう……ナスノ……」

 毒の苦しみに屈する事なく、最後の手助けをしてくれた少女への礼を口にする。両手の剣を改めて強く握った。

 剣が抜けた事で、さらに大量の血が傷より溢れ、少年の足元に溜まる。

 しかし、今は体力の限界も、傷の痛みも、その全てを忘却した。

「今度こそ……終わりだ、キジム!」

『ま、待て! 待て待て待て待て! 待てえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!』

 妖魔の制止など届かない。

 欠落の騎士の証たる亀裂の痣が、ついに完全に全身へと広がる。

「閃風――」

 紡がれる願い――〈具言〉に従い、光の風が二本の刃を取り巻いていく。

 そして、終焉の一撃が振り下ろされる!

「――染め上げろ!!!!」

 その叫びのままに。

 世界は、白き光へと染め上げられた。

お読み頂きありがとうございました。

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