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五章 心欠け、誓いは胸に宿る その四

「水流、逆巻けっ!」

 〈龍身〉により強化された身体能力を存分に生かして、レナが大剣を豪快に振るう。

 蒼の軌跡より生まれたのは、荒れ狂い、渦巻く水塊。

 これに巻き込まれた樹鬼達は、次々と上空へと吹き飛ばされる。

 そこに、静かな〈具言〉が紡がれた。

「光矢――」

 声の主は、光の矢をつがえた弓を引き絞ったミヨ。

「――異形の悉くを射抜け!」

 そして、指が離される。

 放たれた矢は一直線に妖魔達の舞う上空へと突き進み、途中で拡散。分かれ、数を増やした光矢は、導かれるように空中で無防備となった敵の核を的確に打ち抜いていき、命を絶つ。

 後には、屍となった樹鬼達が一体一体と落下してくる。

「――やるな」

 フウガは微笑と共に呟く。

 伊達に騎士候補生――そして、階位Bではないという事らしい。

 レナとミヨの二人は、見事な連携であっという間に樹鬼達の数を減らしていく。

「これは……俺も負けられないな!」

 無造作に横に突き出された刃が、迫っていた樹鬼の顔面を貫く。さらに腕に力を込め、

「烈風、研ぎ澄ませ!」

 〈言力〉の発動と共に、妖魔を一気に縦に分かつ!

 綺麗に左右対称に立たれた樹鬼は断末魔も上げられず、崩れ落ちた。そんな光景には目もくれず、風を纏った小剣二刀を手に、フウガは地を蹴る。

「有象無象はとっとと退場してろ!」

 少年と少女達により、強烈な水流が渦巻き、正確無比な光矢が翔け、激しい烈風が唸る。この怒涛の攻勢を前に、樹鬼の群れは、十分も掛からず全滅の憂き目を迎えた。

 樹海が再び仮初めの静寂を取り戻して。

「……これで終わり? なんか楽勝じゃない」

 最後の樹鬼に止めを刺したレナは、鼻を鳴らしながら、その場で大剣を振る。

 周囲には、もう動かなくなった妖魔達の残骸が散乱していた。

「油断するなよ、タマヨリ。まだ本命が出てきていない。あっちは、こんなに簡単にいく相手じゃないだろう」

 緊張を一切緩めず、フウガは、猛る少女を諌める。

 この程度の相手は、キジムと名乗った妖魔に比べれば、本当に雑魚以外の何者でもない。中級と上級の壁は、下級と中級のそれとは格が違うのだ。

 上級妖魔は、その力、知性、存在――全てが凡庸な人間など軽く凌駕し得る。まともに対抗出来るのは、本当に数少ない実力者のみだ。フウガ達の学園の候補生に限れば、おそらくは個人でそれに値するのは、ウズメぐらいのものだろう。

 “普段”のフウガでは、とてもその領域には及ばない。

「そうだよ、レナちゃん。私達はあくまで候補生……もしも相手が上級妖魔なら、とてもじゃないけど勝てる相手じゃないんだよ。出来る事といったら、助けが来るまで力を合わせて生き延びる事ぐらいなんだから」

 ミヨもまた冷静に現実を口にする。

 これに、レナがむくれる様にそっぽを向いた。

「わ、わかってるわよ。そんな二人で責めなくても……」

「いや、ふてくされなくても」

「ふてくされてなんてないっ!」

「はいはい……」

 例の如く、ががーっと怒鳴ってくるレナをフウガは適当に宥める。

 そこに、乾いた拍手が響き渡った。

 ざわざわとやかましく、風も吹いていないのに樹海が震えた。

「…………出たな」

 振り向いた先の木々の間から静かに姿を見せたのは、キジム。この〈異界〉の創造者にして、おそらくは上級に属する妖魔。

 先ほど樹海がざわついたのは、抑え込まれながらも、なお溢れるキジムの強大な妖気によるものだ。レナとミヨもそれを感じ取ったのか、僅かに残っていた余裕も、すでにその顔からは消え失せていた。

「たいしたものだ。あれだけの樹鬼の群れを片付けるのに、五分も掛からないか。騎士候補生などと言うだけあって、それなりの実力はあるようだな。褒めておこう」

 上級妖魔の威圧に身体を強張らせながらも、レナがむっとなって、キジムを睨みつける。

「……また上から目線で言ってくれるじゃない」

「当然だ。私は妖魔。人間とは、そもそも生命として格が違う。比べる事すらもおこがましい」

「こ、この……!」

 激昂し、いきなり飛び出しそうなレナを、フウガは肩に手を置いて押し止める。

「落ち着け。挑発に乗るな」

「ほう……。冷静ではないか」

 キジムが感心したように言った。

「お前は、我々妖魔に対し、心穏やかではいられない過去があると聞いていたのだがな。思ったよりは大人だったか」

「……冷静?」

 フウガは、真っ直ぐとキジムを見据えた。

「そうでもないさ」

 本当に自然に。

 まるで世間話のようなその一言が力在る言葉――〈具言〉。

 唐突に少年の姿は掻き消え、まさに疾風の如き速度でキジムの脇を駆け抜け、背後に到達。同時に交差するように振り抜かれていた刃は、完璧にキジムの体躯を断ち切っている。

「っ、がっ――」

 その上級として力を存分に感じさせていた妖魔は、前のめりに崩れ落ち――

「いきなりだな。少々驚いたぞ?」

 ――たはずなのに、呆然と立ち竦んだままのレナとミヨの背後に立っていた。

「なっ――!?」

 愕然とフウガは振り向いた。

 未だに自身の斬ったキジムは、すぐ傍に倒れている。

 なのに、“もう一人のキジム”は、二人の背後に居たのだ。

「こうなっては私もお返しをせねばいかんな」

 ゆらりとキジムの腕が持ち上がる。

 その肌が樹鬼と同じく、木肌そのものへと変化していく。

 この男もまた、樹鬼だったのだ。しかも、おそらくは数百年は軽く生き、上級の力と知性を得た存在――!

「っ! 逃げろ!」

 細かい警告など出来ず、咄嗟にフウガは叫ぶ。

「「――――っ!」」

 硬直していたレナとミヨも金縛りが解けたように、その場を跳び離れようとする。

 キジムの掌より放たれたのは、無数の小さな棘だった。

 それらは、地面や木肌に音も立てずに突き刺さっていく。

 かろうじてその攻撃範囲より逃れた二人は、しかし、体勢を崩してしまい、無様に地面を転がる。

「大丈夫か! 二人共!」

「な、なんとか……」

 肩を強く打ったのか、痛みで顔をしかめながらレナが身を起こす。

 どうやら他に怪我らしい怪我はないらしい。

 ほっと安堵しながら、今度はミヨに目を向ける。

「ナスノ、お前は……」

 そこまで口にして、はっと息を呑んだ。

 倒れた少女は、身体を起こす事も出来ず、信じらないほど顔を蒼白にしていた。その細い二の腕には、小さな棘が一本だけ刺さっている。

「……ごめん、なさい……。避け切れなかったみたい、です……」

「喋るな!」

 咄嗟にミヨを黙らせ、傷口を確かめる。

 棘が刺さった部分の肌は、不気味な紫に変色していた。

 彼女の尋常ではない様子の原因。その細かい概要はわからずとも、簡潔な答えはすぐに脳裏に浮かんだ。

「毒か……!」

「そんな……ミヨっ」

 レナは血相を変えて、倒れた親友に駆け寄る。

 フウガは、無駄とわかりつつも棘を指で抜き取った。

 その様子に、さも愉快そうにキジムが笑った。

「死期を早めたくなければ、下手に動かさぬ事だ。その毒は即効性こそないが、じわじわと体力を奪い、存分に苦痛を与え、最後にはその命を確実に奪う。貴様ら程度では解毒など決して叶わぬよ」

「……………」

 どくん、と。

 フウガの内で心臓が大きく脈打つ。

 何か抗いがたい感情が溢れ出してくる。


 ――守れ。


「あん……たぁっ……!!」

 その隣で、完全に怒りで我を失ったレナが立ち上がる。

 フウガが止める暇もなかった。

「絶対に――許さないっ!!!」

 大剣を振りかぶり、少女が疾駆する。その刀身を大量の水が取り巻き、さらに巨大な刃を形成した。

「水斧、叩き斬れっ!」

 技も計算もなく、まさに怒りのままの力任せの一撃が振り下ろされる。

 地面が爆砕。余波で周囲の木々が根元から数本ほど倒れた。

 だが。

 キジムは容易く一撃を避け、レナの真横に立っていた。

「そんな鈍重な攻撃が当たるとでも思ったか?」

「っ……!」

 レナが再び剣を振るよりも、キジムの動く方が速い。

 瞬時に鋭い木槍に変化した腕が突き出され――

「――刃風、断ち斬れ」

 刹那、真空の刃が唸った。

 キジムの腕が、すっぱりと両断される。そして、レナの身体は、キジムの腕を斬った人物により、片腕で抱えられたまま後方に退避させられていた。

「……スサノ」

 レナは、唖然と自分を抱える少年を見上げる。

 それも当然だった。

 今の一瞬の動きは、以前までの少年のものとは、まるで別物だったのだ。

 フウガはレナを優しく地面に下ろすと、一歩前に出た。


 ――敵を排除しろ。


「――怪我はないな、タマヨリ」

「え、ええ」

「そうか。なら良い」

「スサ、ノ……?」

 レナが何かを訝しがる様に、少年の名を口にした。だが、彼女自身、その理由を掴めていないようにも見えた。

 しかし、佇む少年の気配には、紛れもなく異変が現れ始めている。

 少年のまま、別の何かに変貌していく様な。

 少年のまま、何かが大きく欠けている様な。


 ――盲目に。一途に。感情を殺して。


「……キジム」

 フウガは、静かに妖魔の名を口にする。

 ――限界だった。

 ミヨが毒で苦しむ姿を見るのも。

 レナが妖魔の手で傷つきそうになるのも耐えられない。

 だから、あの夢魔のときには辛うじて抑え込まれたものが面に出る。


 ――大切な誰かを守り、それを傷つけようとする敵を排除しろ。


 次の瞬間。

 その変化は、明確なものとなってレナの瞳に映った。

 少年の顔左半分から首に掛けて――亀裂が走っていた。

 否。

 まるで亀裂のような漆黒の痣が浮かび上がってきていたのだ。


 ――お前は、そういうソンザイだ。


「奪うぞ。お前の――命をな」


 * * *


 ――……覚悟はあるか?


 かつて。

 少年の父は、未だ幼かった彼にこう問うた。


 ――お前に、大切な誰かを守り抜く覚悟はあるか?


 すかさず頷こうとする少年。

 だが、それを制し、父をさらに続ける。


 ――誰かを守るという事は、他者から奪うという事だ。そして、自身もまた失うという事だ。


 少年の前に、二本の小剣が突き立てられた。

 特別、鋭い切れ味を感じさせるわけでもなく。

 特別、美しさに魅せられるわけでもなく。

 だけど、何故か。

 酷く神々しさを漂わせる、少年をどうしようもなく惹きつける剣だった。

 父は言った。


 ――もう一度訊く。お前に……その覚悟はあるか?


 今度こそ、少年は答えを示した。

 その手に。

 己の誓いを体現する、二本の刃を握る事で。

 ――守る。

 そのためだけに。


 * * *


「奪うぞ。お前の――命をな」

 殺意の宣告をした少年の身体が激しく発光した。

 同時に〈異界〉が、何かを恐れるように静かな鳴動を始める。

「……何よ……この大量のプラナ……普通じゃない……」

 レナは、有り得ないものを見たように呻く。

 フウガが纏う白光は、あまりに高密度なために視覚化したプラナだった。その力に共鳴して、〈異界〉すらもが震えているのだ。

「吹け」

 不意に、フウガが呟く。

 そして、無造作に振るわれた刃から、強烈な風がキジムに向けて疾った。

「っ! ぬおおおおおおおおおっ!?」

 奇襲に、キジムは回避も防御も出来ない。彼の身体は、木々を薙ぎ倒しながら遥か後方へと吹っ飛んでいく。

「タマヨリ。ナスノを頼む」

 吹いた風によって、緑葉が雨のように降り注ぐ中。

 それだけを告げて、フウガは、キジムの後を追おうとする。

「ま、待ちなさいよ!」

 レナが慌てて呼び止めた。

「一人で行く気!? 相手は仮にも上級妖魔なのよ!」

「…………」

「しかも、あんた……その痣、一体……」

「……俺が、学園に来た理由」

 レナの言葉を遮って、フウガは真っ直ぐに前を見たまま言った。

「え……」

「俺が、ヒノカワカミ学園に来た理由を知っているか?」

「し、知るわけないでしょう! あんた何を言って……!」

「それはな。俺のある行為を、親父がやめさせようとしたからだ」

 その台詞に、不吉な響きを感じたのか。

 レナが問い詰める言葉を止める。そして、未だこちらを見ようとしないフウガを不安そうに見つめた。

「……ある、行為……?」


「――妖魔狩りだ」


「…………!」

 レナは絶句する。

 言葉など何一つ出なかった。

 当然だろう。

 学園に入れるのは、その年に十四歳になる少年少女のみ。

 つまり学園に入る前となれば、フウガは間違いなくそれ以下の年齢だった事になる。そんな子供が妖魔狩りを行うなど常識的な人間なら、想像出来るものではない。

「俺は母さんとセツナを失ってからずっと、ひたすらに、無我夢中で妖魔を狩り続けてきた。憎しみのままに剣を振るい、この手を血に染め、命を奪い続けてきた。その中には下級だけじゃなく、中級妖魔や――上級妖魔だって居た」

 一歩、少年は踏み出す。

「だから、大丈夫だ。俺は負けない。お前もナスノも守ってみせるから。助けて見せるから。だから……」

 一回だけ、レナを振り返って、

「だから……信じて待っていてくれ」

 祈るように、そう言った。

 ……そう。

 守るという行為こそが、スサノ・フウガという存在の意味。

 ――いや、違う。

 自分は、スサノ・フウガに限りなく近く、決してスサノ・フウガでは在り得ない者。

 母と、これから生まれるはずだった家族を失った、あの日。

 少年は、心を欠けさせ。

 固き誓いを胸に宿し。

 守護の刃を握る事を決意した。

 欠けて、継ぎ接ぎとなった心と酷く強固な想いは、その存在すらも歪ませ、変質させていった。

 つまりは、心欠けし守護者。

 大切な誰かを守るためだけに存在する――欠落の騎士。

「ナスノの事、頼む」

 言い残して。

 今度こそ、フウガは駆け出した。

「あ……ま、待って!」

 少女の必死の制止にも足を止めない。

 〈龍身〉で強化された脚力は、普段の彼のそれを大きく凌駕し、あっという間にその身を樹海の奥へと進めて行く。

 そして、ほんの僅か。

 まるで侵食するかのように、彼の亀裂の如き痣がざわりと広がっていた。

お読み頂きありがとうございました。

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