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五章 心欠け、誓いは胸に宿る その三

 フウガとレナが屋上より姿を消し、しばらくして。

 すでに夜闇に支配されたその場に、一人の人影が浮かび上がった。

 褐色の肌と血の色のような紅瞳。

 長身痩躯を包んだ漆黒の衣装。

 ――以前に〈異界〉で、シラユリと会話を交わしていた男である。

 その身を構成する色も相まって、夜の屋上に立つ彼の存在は、酷く希薄に感じられた。

「どうだい、標的を直接目にした感想は?」

 笑みを湛えたまま、誰もいないはずの背後に声を掛ける。

「特にはない」

 ――誰も居ないはずなのに返事があった。

「遠目から見ただけで全てを見抜けるような慧眼は持ち合わせておらん。いかに私が、お前と違い妖魔であったとしてもな」

 声は、冷静に事実を口にする。

 男は、つまらなそうに肩を竦めた。

「そうかい。ま、あれでも夢魔は撃退したらしいからな。油断だけはしない事だ」

「この私を夢魔などと一緒にするな、カラス。お前なぞに心配されずとも、私に敗北などあるはずがない。いかにあの小僧が騎士候補生であり、ラシンの息子だとしても、所詮は、未熟な餓鬼よ。仮にも上級に属する私が膝を屈する相手ではないわ」

「そういうのが油断というんだがね」

 じわりと空気に静かな殺気が混入した。

「黙れ。人間風情が」

「おいおい。俺にそんな事を言っちゃって良いのかい? あんたの主でもある、姐さんへの侮辱にもなるぞ」

「あの方は、また別格よ。我らの〈妖術〉さえも操る、あの強き方はな」

「なんだか差別を感じるねぇ……」

 カラスと呼ばれた男は、わざとらしく項垂れて見せる。

「ふん、道化が」

 声が忌々しげに吐き捨て、さらに訝しがるように言った。

「……だが、一つ解せんな」

「何がだ?」

「シラユリ様程の方が、何故あんな人間の小僧如きに拘る? 理由があるまい。少なくとも私が知る限りではな」

 不意に。

 月光に照らされる男の顔から、おどけた表情が消失する。

 それこそ人形を思わせる無表情。無機質。仮面。

 唐突な男の様子の変化に、声の主の気配にも僅かな動揺が浮かんだ。

「俺らは種族は違えど、結局はあの人の傀儡。詮索なんざ無意味さ。訳を知った所で、抗う術など在りはしないんだからな」

「……わかっている。妖魔である私にとって、力というものは何よりも優先されるべき尊きもの。あの方の前に屈した時点で、私は何も知らず、何も求めず、ただ従うのみ。そう……例え、あの方が人間より連なる存在だとしてもな。今の問いは、傀儡なりの単なる好奇心に過ぎん」

「だったら、忘れておけ。いらない好奇心は、身を滅ぼすんだよ」

「ふん、知った風な口を利く。……まあ良い。私は命じられた事を為すだけよ」

 それを最後に、背後の気配が溶ける様に消えていく。

 後には、カラスだけが独り残された。

 ――深更が徐々に近づき、辺りの闇がより深く、より濃くなっていく。世界の全てを暗く塗り潰さんと、その領域を広げていく。

 それは、人が本能的に恐れる黒の時間。

 だが、カラスは、その訪れをむしろ歓喜するように、夜の静寂の中、口の端を愉快そうに吊り上げた。

「傀儡なりの好奇心、ね」

 くくっと喉の奥で笑う。

「己が使い捨ての存在だと知っている者と知らない者……果たして、それはどちらが幸せなのかね」

 一人ごちて、闇から生まれたような男は、踵を返した。

「――ああ、そんなものは後者に決まっているか。無知は罪。でも、その方が余計な苦痛も悩みもない。道化は道化らしく、在りもせぬ幻想を見つめ続けるべきだ」

 酷く皮肉めいた口調で呟き。

 淡く輝く月の下、彼もまた暗黒へと溶けて消えた。


 ◇ ◇ ◇


「……二五六……二五七……二五八……」

「「…………」」

「……三〇四……三〇五……三〇六……」

「「…………」」

「……三四〇……三四一…………――なぁ、そこの二人」

 いつもの特訓用の簡易舞台。

 そこで、片腕立て伏せを行っていたフウガは、自分に向けられる視線に耐えかねて動きを止めた。

 こちらを傍観していた二人――レナとミヨが首を傾げる。

「何? どうしたの?」

「えっと……どうぞ気にせず訓練を続けてください」

「いや、続けてと言われてもな……」

 困った顔で、フウガは頬を掻いた。

 例のソウゴとの特訓は、ヒナコにより、三日おきと決められてしまっている。なので、昨日、それを行ってしまった以上は、次の特訓の日までは、他に出来る事をやるしかない。

 その出来る事の一つとして始めたのが、今やっていた筋力鍛錬である。他にも剣の素振りや体力強化のための走り込みなど、本当に地味で基本的な事を間の二日間には行っていた。

 これらを三ヶ月も続ければ、劇的ではないにしても、それなりの効果は望める。その方が付け焼刃で何かを覚えようとするよりはマシであろうというヒナコの助言だった。

 しかし――

(あんなじーっと見つめられると気になって集中出来ないんだよな……)

 フウガは、こっそりと嘆息する。

 なにせ、レナとミヨは一応は女の子である。年頃のフウガとしては、やはり彼女達の視線が気にならないわけがない。

 普段はライやゴウタが一緒に訓練に付き合ってくれたり、冷やかしていたりするので、良くも悪くも気にする暇もないのだが、今日は二人は不在だった。放課後になり、ここに向かう途中、教頭のミチザネに捕まってしまい、そのまま用事を言いつけられたのである。

 ただフウガだけは、ミチザネも事情を考慮してくれ、一人だけ見逃してくれた。

 それは確かに助かったものの、同時に今のような困った状況も生み出してしまっていた。

「二人共、別に今日はシンラン教官との特訓でもないし、無理に俺に付き合う必要はないんだぞ? 用事とかあるだろうし、そちらを優先してもらっても全然……」

「……それは、私達が居ると邪魔って意味?」

 非常に不満気な顔で、レナが言った。

 うっと、フウガは言葉に詰まる。

「……いや、そういうわけじゃないけどな」

「だったら良いでしょ。それに生憎、私達は用事なんてないし、あんたがこんな特訓をしなきゃいけない状況になった原因の一端がこちらにもある以上、知らん顔というわけにもいかないじゃないの」

「そうです。やっぱり最後まで責任を持って付き合わないと」

 大人しいミヨまでも拳を作って力説したりする。

「…………さいですか」

 非常に責任感溢れる、嬉しいお言葉である。しかしながら、今だけは素直に喜べなかった。

「それに、あんたを出来るだけ一人にしないようにって、教官達に言われてるんだから。なんかシラユリとかいう変なのに狙われてるんでしょ? 教官達はずっとついてはいられないんだから、私達が傍に居てあげてるのよ」

 したり顔で指を振って、レナは言い募ってくる。

「むむう……」

 この正論には、フウガも押し黙るしかない。

(だけど、それだったら、二人も何か自主的に訓練するとかすれば良いんじゃないのか……?)

 そうすれば、気まずい視線も感じずに済むだろう。

 実際、今までは、ただ見ているだけなのは時間の無駄だと言って、そういう事もしていたはずだった。

 だが、今日は何か思う所があるのか、二人はただフウガを見張るように訓練の様子を観察しているだけだった。

 いや――もしかしたら本当に見張られているのかもしれない。昨日の件があるだけに、それは否定出来なかった。

「――自分が招いた事なら大人しく我慢するしかないか……」

「? 何か言った?」

「いや、何でも」

 ようやく観念したフウガは、肩を竦めて誤魔化す。

 そうして、諦めて腕立て伏せを再開しようとしたとき、不意にレナが口を開いた。

「……でも、そうね。せっかくだし、手合わせでもしてみる?」

 それこそ面白い事でも思いついたような言い方だった。

 フウガは目をしばたたかせる。

「手合わせって……二人とか?」

「他に誰が居るのよ。いつもはミカヅチとフドウとやってたけど、私達とはした事ないでしょ? やってみましょうよ」

「え、えええ……でもスサノ君って強いし……」

 思わぬ展開にミヨが慌てた様子で、わたわたと手を振る。

 しかし、レナは両手を腰に当てて、反対にやる気満々といった様子で笑んだ。

「確かに一対一なら勝てないでしょうけど、ミヨと私が組めば十分過ぎるわよ。まあ、それでもシンラン教官やツクヨミ先輩とは比べられないとは思うけどね」

「…………なるほど」

 フウガは腕を組んで、考え込む。

 確かに、この二人は意外にも、学園内では実力のある候補生ではあった。

 レナはB参、ミヨはB壱。

 三年で階位Bというのは、かなりのものだ。なにせ、学園の卒業時に神聖騎士の見習いとなれる最低のラインが、そこだからである。

 そんな二人が組んでくるというのなら、レナの言う通り十分な訓練相手と言えるだろう。さらに、仮にも騎士候補生である以上は、二人が女であるからやり辛いなどという、侮辱にも当たるような言い訳が言えるはずもない。

 しばらく熟考した後、フウガは納得して頷く。

「――まあ、断る理由もないし、むしろそれは自然な流れかな。やってみるか」

「そうこなくっちゃっ」

 何が嬉しいのか、レナは妙に機嫌良く言った。

 ミヨが、横目でそれをうらめしそうに見る。

「……もう、役に立てるのが嬉しいからって……」

「ミ、ミヨ!」

「わ、もがっ――」

 いきなりレナに口を塞がれて、ミヨが目を白黒させた。

「もがもがもが!?」

「へ、変な事言わないでよね! そんなんじゃないんだからっ!」

「もがもが、もっがぁっ!」

「だから違うって言ってるでしょっ!」

 ……不思議と会話が成立しているらしい。

 二人の妙なやり取りに、フウガは怪訝な顔で眉根を寄せる。

「……一体、何の話だ?」

「な、何でもない! 本当に何でもない!」

「そうなのか?」

「そうなの! そ、そんな事より、手合わせの準備しないとね!」

「ぷはぁっ! し、死ぬかと思った……」

 ようやく解放されたミヨは、青い顔で必死に酸素を肺に送り込む。

「ほら、ミヨっ」

「わ、わかってるってば。レナちゃん、横暴なんだから……」

 レナと未だ不満そうなミヨが、地面に血文字を描き、自身の〈真名武具〉を召喚する。

 二人の〈真名武具〉の紹介だけは、フウガも以前にされていた。

 まず、レナが手にしたのは、彼女の細腕には似合わぬ大剣――オトヒメだ。まるで水晶のように蒼く透き通る刀身は美しく、戦うための武器というより、観賞用と言う方が納得出来そうな代物である。

 次いで、ミヨが握ったのは、流れるような曲線を描いた、カグヤという名の一張の弓。しなやかさと力強さを併せ持つこの弓もまた、不思議と惹きつけられる魅力を備えていた。

 二人が武器を召喚し終わったのを見て、フウガも舞台の端に置いてあったイザナギとイザナミを拾い上げた。

「じゃあ、〈錬守結界〉は俺が張るな」

「わかったわ。じゃ、さっそく始めましょうか」

「うう、本当にやるんだね……」

 まずフウガとレナが舞台へと上がった後、渋々とミヨが後に続き、


「――悪いが、その手合わせは中止してもらおう」


 突然の呼びかけに、三人がはっと振り返る。

 こちらに歩み寄って来ていた声の主は、一人の壮年の男だった。

 整った顔と服装に、丁寧な身のこなしを感じさせる、一見、紳士然とした風貌。だが、普通の人間と呼ぶには、纏う空気が明らかに異質だった。

「……あんた、誰だ?」

 あからさまに不審がった響きを声に乗せて、フウガは問う。

 二年以上も学園に居て、まるで見覚えのない男だ。現在の自分を取り巻く状況を除いたとしても、警戒をしない方がおかしかった。

 いや、それ以前に、この男が近づく気配を、この場に居る誰も気づかなかったのは、どう考えても普通ではないだろう。

「失礼。名乗るのが遅れたな」

 男は、どこか慇懃無礼な仕草で頭を下げる。

「……私の名は、キジム。シラユリ様の命で参った者だ」

「っ! シラユリだと……!」

 驚愕するフウガの隣で、二人の少女も表情を変えた。

「レ、レナちゃんっ」

「ええ!」

 あの白の少女の名が出た事で、その場に一気に緊張感が満ち満ちていく。

 彼女に関わる者ならば、もはや敵以外の何者でもない。フウガ達は、すかさずそれぞれの武器を構え――

「遅い」

 それより速く、キジムと名乗った男が指を鳴らした。

 刹那、フウガ達の周りの石板が一斉に砕け散る。そこから生え出すのは、無数の蠢く木の根だ。

「な――!」

 予想外の方向からの襲撃に、全員の反応が遅れる。

 木の根の群れは、フウガ達を丸く囲むように次々と飛び出し、凄まじい速さで増殖。あっという間に逃げ道が塞がれていく。

「まずいっ! 逃げろっ!」

「スサノ?!」

 咄嗟にレナとミヨの二人だけでも、突き飛ばして逃れさせようとする。

 しかし、遅かった。

 魔根は瞬く間にフウガ達を覆い尽くし、完全に飲み込む。

 そして、三人の視界と意識は一瞬にして暗黒に閉ざされ――途絶えた。


 * * *


「――――ん」

 ゆっくりと目を開く。

 未だぼんやりした視界と意識の中で、フウガは辺りを見回した。

 妙に薄暗い。同時に、植物と湿った土の匂いが、やたらと鼻についた。

 森……のようだった。いや、背の高い木々や草が遥か彼方まで鬱蒼と茂る光景は、むしろ樹海と呼ぶべきか。

 どうやら自分は、一本の大樹に背を預けて座り込んでいるようだった。

 天を仰ぐと、無数に茂る葉の隙間から僅かに覗く空は、桃色の靄に覆われている。間違いなく〈異界〉の中だ。

 しかも、ただの〈異界〉とは違う。

 ここは、以前のようにその場の空間をそっくりそのまま模倣したものではなく、術者の意志によって改変されたもの。つまりこの空間を創り上げた者が、それだけの実力を伴っている証拠であった。

(……そうか……俺は……)

 そこまで認識して、ようやくこんな場所に居る理由を思い出す。

 あの簡易舞台に姿を見せた男――いや、妖魔の仕業。

 おそらくは、レナとミヨもこの〈異界〉に居るはずだった。

「とにかく急いで探さないと……危険だ」

 〈異界〉を見る限り、先ほどの妖魔は上級に属している。いかにあの二人が騎士候補生といえど、実戦経験を多くはなく、個々で相手をさせるのは危険過ぎる。

 それでもフウガは、取り乱したりする事だけはしないよう心を静めた。焦っても状況は改善しない事は昨日に思い知ったばかりだし、単に〈異界〉に放り込まれる事だけなら慣れたものだ。

「よし……」

 ひとまず冷静になった所で、まず自身の状態を確認する。幸い武器はちゃんと手元にあり、どこも負傷はしていなかった。

 次に、静かに立ち上がると、研ぎ澄ました意識の網を周囲に伸ばす。いつ、あの妖魔が再び姿を見せるともわからない以上、一瞬たりとも警戒は怠れない。

 と、そのとき。

 少し離れた場所の茂みが、がさりと揺れた。

「…………!」

 素早く身構え、音のした方向を注視する。また足元からの奇襲の可能性もあるので、そちらへ注意を払うのも当然忘れない。

「……誰か、来る……」

 間違いなく、何者かが近づく気配が感じられる。

 高まる緊張感に、汗が一筋、頬を流れた。

 そして、茂みの中から二つの影が飛び出して――

「…………あ!」

「スサノ!」

「無事だったんですね、スサノ君!」

 現れたのは、ポニーテールの少女と眼鏡におさげ髪の少女の二人。

 今まさに探そうとしていた、レナとミヨだったのである。

 拍子抜けしたフウガは、緊張が解けて脱力する身体と共に、構えていた剣を下げた。そして、はあ……と長い息を吐く。

「脅かさないでくれ……。心臓に悪い」

「べ、別に脅かすつもりなんてなかったわよ。まさか、こんな近くに居るなんて思わなかったし……」

「まあ、そうだろうな。俺もそう思った」

 てっきり〈異界〉に引き摺り込まれるときに、意図的に離されたのだと思ったのだ。あちらの狙いはそもそも自分のはずだし、わざわざ多数の敵を相手をする必要もない。各個で始末出来るのなら、その方が楽なはずだ。

 だが、どうやら向こうにはそんな考えはないらしい。

(よほど自分の力に自信があるか……そもそも人間なんて見下しているかのどちらかだろうな)

 そう思うと、強い苛立ちが湧き上がってくるが、すぐに抑え込む。相手の領域である〈異界〉で冷静さを失ってしまっては致命的だ。

 レナは、きょろきょろと辺りを見回した後、足元に指を向けた。

「で、あんまり考えたくはないんだけど……ここって〈異界〉よね?」

「…………。ああ、そうだ」

 レナの問いに、フウガは複雑な思いで首を縦に振る。自然と表情が曇った。

 すると何故かレナは、ちょっと睨むような目つきでこちらを見てきた。

「その顔……『また巻き込んでしまった』とか考えてるわね?」

「え……」

 いきなり図星を突かれてしまい、フウガは絶句する。

 呆れたように頭を振って、レナは溜息を吐いた。

「あの夢魔の件の後、ミカヅチとフドウが言ってたのよ。もしも私達がシラユリの件に関わってしまうようなら、絶対にフウガは責任を感じるってね」

「…………それは」

 まさにその通りだったので、何も返す言葉が見つからない。

 そんなフウガに、レナは初めて見るような、少しだけ優しげな笑みを見せて言った。

「だけどね。あんたはそんなもの感じる必要はないの。昨日も言ったでしょ。私達は仮だろうが何だろうが仲間なんだから、余計は気遣いは無用よ。それに、これでも私達だって神聖騎士の候補生だもの。もしものときは戦う覚悟ぐらいちゃんとある」

「レナちゃんの言う通りです。その……怖くないって言ったらもちろん嘘になりますけど……やっぱりスサノ君を見捨てて逃げたりなんて出来ませんから。何も気にしないで下さいね」

 面に出そうになる不安を押し隠して、ミヨも気丈に笑って見せる。

「――――タマヨリ、ナスノ……」

 フウガは呆然と呟く。

 そして、こうもあっさりと内心を見抜かれた気恥ずかしさと、また同じ事で叱責されてしまった情けなさが相まって、気づけば苦笑いを浮かべていた。

「そうだな……わかったよ。今更、起きてしまった事を嘆いても仕方ないもんな」

 二人の目を真っ直ぐに見返す。

 そして、はっきりと告げた。

「一緒にここを脱出しよう、二人共」


 ――そして。

 もしものときは、何があろうとも自分が彼女達を守る――


「当然でしょ」

「頑張りましょう!」

 二人が頼もしくも、そう返してくれる。

 それに思わずフウガが微笑を見せて――

「え、何……きゃあ!」

 突然、ミヨが悲鳴を上げて、その場を飛び退く。

「どうした!?」

 フウガとレナが何事かと彼女の視線の先を追うと、地面から、普通ならば有り得ないものが伸びていた。

「腕……?」

 そう、それは間違いなく腕であった。

 しかし、普通の人間の腕ではなく、すぐ傍に無数に立ち並ぶ木々の表面に似た、凸凹のくすんだ茶色の肌をしている。いや、むしろそのものと言って良い。

「な、何よ、これ!?」

 腕の数は次々と数を増やし、後を追うようにその先の本体が土を割りながら這い出してくる。

 全身が腕と同じ肌をしたそれは、当然のように人の形をしていた。だが、衣服などは一切身に着けず、目や口に当たる部分は単なる空洞で、渦巻く黒い闇だけが詰まっている。

「……樹鬼」

 軽く二十を越える異形が取り囲む中、フウガはぼそりと呟く。

 それは、文字通り妖術により木々を操る妖魔。

 この妖魔は、生まれた当初は、たいした力も知能も持たない下級妖魔でしかない。だが、木々が長い年月を掛けて大樹となるように、この妖魔も生きた時間の分だけ力を高めていく。そして、数百年を重ねれば、上級妖魔と比べても遜色ない程となるのだ。

「……オオオゥ……ク、ラエエェェェ……」

「……コロオォォォォセェェ……」

「……スベテェェ……クラァァイ、コォロォセェェェェ……」

 樹鬼達が、不気味に唸り声のような合唱をする。

 片言とはいえ口を利けるという事は、この場に居るのは全て、生まれてから百年近くは経ているのだろう。とはいえ、それはせいぜい中級妖魔一歩手前程度の力だ。数は多いとはいえ、三人も居れば対処出来ないような相手ではない。

 フウガ達は背中合わせになって、自分達を包囲する樹鬼達と対峙する。

 レナは自身の〈真名武具〉――オトヒメの蒼の切っ先を敵に向け、不敵に笑った。

「これはまた……いきなり熱烈な歓迎じゃない」

「今回は、前までと違って、夜を待っての人気を避けた襲撃じゃなかったからな。あんまり時間を掛けられないのをあっちもわかってるんだろうさ」

 自分達が意識を失っていたのがそんなに長い時間でないのならば、今はまだ授業が終わってすぐの放課後である。近くを出歩く人間も多いだろうし、教官達も確実に異変に気づいているはずだ。ならば、そう遅くないうちに〈異界〉を見つけ出し、自分達を助け出すために侵入するだろう。

 そして、そうなればキジムと名乗った妖魔は、不利を承知で迎え撃つか、やられる前に逃げ出す以外にはない。つまり向こうは、出来るだけ早いうちに蹴りをつけようとするはずだった。

 再び二本の小剣を構えたフウガは、数秒も待たずに始まるだろう戦いに備え、〈龍脈〉からプラナを汲み上げる。己の内に満ちていく世界の息吹を感じながら、眼前の敵を見据えた。

「さて、雑魚に時間を掛けても仕方ない。さっさと片付けるぞ」

「ええ。――ミヨ、こいつらに私達の実力見せてつけてやるわよ」

「う、うん!」

 樹鬼達が獲物の血肉を求め、不気味に唸りながら迫って来る。

 フウガ達はそれに怯む事なく、果敢に立ち向かっていった。

お読み頂きありがとうございました。

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