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一章 オロチの呪いは○転換!? その一

 アマテラス神聖王国。

 万象の創造神の名を冠すこの国は、タカアマバラ大陸の中央部に位置し、ヤマトと呼ばれるこの世界で、最強最大の王国だ。

 そして、王国軍隊の主軸でもあり、他国の追随を許さない圧倒的な王国の強さを支えるのが、アマテラス神聖騎士団だった。総勢三万人を越えるこの騎士団は、地位、民族を問わずに、実力ある者を広く採用する事で、常に優秀な人材を確保していた。

 その事を最も端的に表したのが、王立ヒノカワカミ学園の存在だろう。

 この学園は、国内に三校まで存在し、表面的には学園の体裁をとってはいるが、実際は、才能ある神聖騎士候補生を育成する、王国の騎士養成機関だ。

 十四歳の少年少女だけが入学可能で、五年制。

 その間に、一定の水準を超えた実力を身につけた候補生だけが、卒業後に騎士見習いとして王城に出向し、経験を積んだ後、正式な神聖騎士となれるのである。

 現在では、誰もが憧れる神聖騎士を目指す上で、これが最も実現の可能性が高い手段とされ、故に入学を希望する少年少女は、年々に増えていた。

 フウガが通うのは、三つある学園の中で最初に設立され、二百年以上の長い歴史を持つ、王立第一ヒノカワカミ学園である。

 彼は、現在、その学園の学園長室に居た。

 校舎の中では、最も大きい第三校舎の最上階にあるその部屋は、非常に広い。さらに床は一面が赤絨毯、外に面した壁は全て硝子張りになっており、学園の敷地内のほぼ全域が見渡せる。

 フウガは、今日初めて、この部屋に入った。

 そして、そんな事態になった理由は、唯一つ。

 今日の朝の出来事である。

 すぐに状況を察した学園長タマヨリ・シズネの命を受け、フウガのクラスの担当教官シンラン・ソウゴが、ここまで彼を連れて来たのだ。

 部屋の最奥に置かれた黒檀の執務机に腰を下ろしたシズネは、普段は温和な顔を、苦渋も含んで、厳しく強張らせていた。

 彼女は、すでに齢七十を越えているが、いつもは、それを全く思わせないほどに若々しい。ただ今は、その硬い表情もあって、年相応の思慮深さを感じさせた。

「……スサノ君。私の孫の失態で、貴方にとんだ迷惑を掛けてしまいました。本当にごめんなさいね」

 重苦しい口調で言うと、シズネは頭を深々と下げた。

「あー……」

 フウガは困った顔で、緑髪の頭を掻く。

「正直、この状況を未だに自分の中で整理出来ずにいるんで、謝られても何と返せばいいやら……」

 学園長室に来て、まずフウガが聞かされたのは――

 この学園の騎士候補生でもあるシズネの孫とその友人が、興味本位で〈極・重要宝物庫〉に忍び込み、神器である〈八尺瓊勾玉〉を誤って壊してしまった。そして、中に封じられていた魔帝オロチが解放され、自分に取り憑いたらしい――と、そんな話だけだ。

 全く持って自分には関わりない所で起きた事である上、いきなりオロチに取り憑かれましたと言われても、「はい、そうですか」と容易く受け入れられるはずがない。

 まあ、憑かれたといっても、とりあえずは身体に異変などはなかっ――

『何を言う、少年。我を中に住まわせられるなど、最高の栄誉だろう。泣いて喜べ。そして、この幸運をすぐにでも両親に手紙で報告するのだ。ぬはははは!』

 ……いや、あった。

「人の身体を使って勝手に喋るな! 気色悪い!」

『心が狭いな、少年。それでは女子にはモテないぞ』

「ほっとけ! つうか、なんでお前に心配されるんだ、そんなもん!」

「ええと、スサノ君」

 シズネの脇に控えていた、ソウゴが申し訳なさそうに口を挟んだ。

 長いボサボサの髪に、分厚い眼鏡。

 無駄に背が高い所を除けば、見るからに頼りなさそうな男だったが、これでも学園の教官の中では、かなりの実力者だ。フウガも、それ相応の信頼をしている。

「悪いとは思うんだけど、少しオロチに話があるんだ。彼に身体を貸してやってくれないかな? たぶん危害を加えるような真似はしないから」

「ですけど、シンラン教官! なんかムカツクんですよ、こいつ!」

 相手が歴史の授業にも出てくる強力な妖魔である事も忘れて、フウガは不満を口にする。

 こんな悪人面ではあったが、フウガは決して気性の激しい方ではない。

 なのに、なぜかオロチに対しては、無性に苛立ちを覚えた。

 無駄に偉そうな態度の事もあるが、たぶん、相性が致命的に悪いのだろう。

『全く困った少年だ。思考の柔軟さが足りんな』

 またもやフウガの身体を使って嘆息交じりに言うと、オロチは指を鳴らした。

 すると、フウガの真横に突然、大柄の男が出現する。

「お、おおう!?」

 フウガは思わず後退る。

 灰色の長髪に、宝石のような紅の瞳。精悍な顔つきは、大人の渋みを感じさせる。しかし、その身体は何故か半透明だ。

 どうやら、これがオロチの姿らしい。

 とは言っても、彼が妖魔である以上、本当の姿とは限らないが。

『これなら文句あるまい、少年』

 オロチらしい男が、そう言ってにやりと笑う。

「なるほど。〈妖術〉で作った幻体ですか。さすがに安易にスサノ君の中から本体を出すほど、馬鹿ではないようね、オロチ」

 シズネが得心した様子で言った。

『当然だ。また封印などされては敵わんからな。この少年の中に居る限り、お前達もそうそう手は出せまい?』

「…………」

 シズネは無言で目を伏せた。

 どうやら図星らしい。

 しばらく何か考え込むような様子を見せた後、シズネは再び口を開いた。

「……オロチ。私達と取引をしませんか?」

『ほう』

 楽しげに、オロチが口の端を吊り上げた。

(取引……だって?)

 この状況にあっては、なんとも不穏な響きな言葉だ。

 だが、なんとなく口を出しづらくてフウガは沈黙を守る。

 シズネは、さらに続ける。

「貴方は長い封印によって、著しく妖力を低下させているはずです。それを完全に取り戻すには、〈妖界〉に一度、戻る必要があるのではない?」

『なかなか聡明だな、タマヨリ・シズネ。五十年前は、もう少し血気盛んで、頭の足らん所があったものだったがな』

 今のシズネの印象とは繋がらぬ事を、オロチは言う。

(そういえば学園長、若い頃は神聖騎士で、オロチの封印にも参加してたんだったっけ……)

 フウガは、候補生内で聞いた噂を記憶から掘り出す。

 それにしても、オロチが当時の学園長の事を覚えているのは意外だった。

 正直、妖魔は人間など鼻にもかけていないというイメージを持っていたのだ。

 シズネは厳しい表情を僅かに崩して、苦笑いする。

「もう五十年よ。人間ならば変わるのには十分過ぎる時間でしょう」

『まあ、そうだな。それで?』

 オロチが続きを促す。

 シズネも表情を引き締め直した。

「本来、私達のすべき行動は一刻も早く〈八尺瓊勾玉〉を修復し、貴方を再封印する事でしょう。ですが、それには時間も手間もかかりますし、何より封印が成功しても、今回のような事がまた起きる可能性はゼロではない……だから」

 シズネは一拍を間を空けて、こう口にした。

「オロチ、もしも貴方が大人しくスサノ君の中から出て行き、〈妖界〉に帰るというのなら、私達は、貴方には手を出さずに置きましょう」

「ちょ! ちょっと待ってくださいよ!」

 さすがに黙っては居られず、フウガは声を上げた。

 執務机に歩み寄り、両手を叩きつけるように上に乗せる。

「魔帝オロチって言ったら、五十年前、突如としてヤマトに現れたと思えば、暴虐の限りを尽くして、王国を地獄絵図へと変えたっていう最凶最悪の妖魔じゃないですか! そんな奴が、こんな取引を受けるわけが……!」

『ぬははははははははは!』

 フウガの台詞は、突然のオロチの大笑で遮られた。

 勢い良く振り返ったフウガは、オロチを睨みつける。

「何が可笑しいんだ!」

『いや、すまんすまん。そうか、私はそんな風に今の人間達の間では言われているのか。これは愉快』

「?」

 オロチが何を言っている意味が掴めず、フウガは眉根を寄せる。

「……ええとね、スサノ君。非常に言いにくいんだけど……」

 気まずそうに口を挟んだのは、ソウゴだ。

 ずれた眼鏡の位置を直しながら、彼は言った。

「その話はね、間違いではないんだけど……正確でもないんだよ」

お読み頂きありがとうございました。

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